クロストーク! 始まりのドロップキック。
「愛美のやつ、ちゃっかり財布だけは持っていきやがって……。おかげで何もできねぇじゃねぇか!」
いきなり大声を出したせいで、祭りの客たちの視線がオレに向く。が、そんなことはどうだっていい。ワタルと違って、オレは目立つのが嫌いじゃねぇからな。今、最優先で解決すべきは、迷子になりやがった愛美を見つけることだ。金さえあれば、あんなやつは無視して祭りを楽しんでたさ。それをあの女、オレを荷物持ちにして、スマホまで預けておいて、ちゃっかり財布だけは持っていきやがった。スマホぐらい肌見離さず持っておけよ!
愛美のスマホはオレが持ってるし、こんだけ人が多いと歩いて捜すのもダルいし……。あー、こんな時ワタルがいれば、お面と焼きそば買う金くらいは借りれただろーにな。どうせ家でゴロゴロしてるだけで、何の予定もないんだろ? 祭りに行くより家にいたいなんて、ほんとワタルのやつ人生損してるわー。昔から、捨て猫買う許可でなくて家出したり、迷子の親捜し手伝って自分まで迷子になったり、マジでアホなんだよな。まぁ、家出した先がオレんちで、帰るまでの二日間の様子は逐一オフクロがワタルママに報告してたし、迷子騒動はオレが愛美呼んで解決したし、結果含めて憎めないアホなんだよなー。
って、違ぇ! オレは愛美を捜してんだ。食欲大魔人のアイツのことだし、食べ物出してる屋台をしらみつぶしに回れば見つかるだろ。財布見つけねぇと祭りに来た意味がねぇ。メンドーだけど、さっさと見つけて金を回収しねーとな。ほんと、人騒がせな姉だぜ。
三十分……。三十分歩いても見つかんねぇって、どこほっつき歩いてんだよ、クソ姉貴! 通りが人だらけってのを抜きにしても、こんだけ歩いても会えねぇっておかしいだろっ! あー、愛美は見つかんねぇし腹減ったしでイライラしてきた。この際ワタルじゃなくてもいいからさ、見知った顔のどいつかにでも会えたら金借りるか……。ダチも知り合いも、片手で数えられるくらいしかいねぇけど。
そんなこんなで知ってるやつを捜してたら、少し後ろの方にいた女子二人の会話が耳に付いた。
「ねぇ、みーちゃん。そろそろ食べるのやめよう? 浴衣の帯、苦しくなっちゃうよ?」
「大丈夫大丈夫。まだまだ余裕で入るから。苦しくなったら帯ゆるめるし。それに、夏祭りに来てるのに、何にも食べようとしないはまなすの方がおかしいって」
「そんなに食べても体型が変わらない、みーちゃんの方がおかしいんだよ……」
「うちは食べてる以上に走ってるからね。体重が気になんなら、はまなすも一緒に朝のランニングする?」
「みーちゃんと一緒は絶対にイヤ」
はぁ? 人が空腹で死にそうだってのに、何楽しそうに食べ歩きしてやがんだ? こちとら食べようとしないんじゃなくて、金がなくて食べらんねぇんだよ! クソッ、オレに当てつけるみてぇに騒いでた罰だ。ビシッと文句言ってやる!
「おいっ! そこの――」
オレは振り返って、ビシッと――言えなかった。女子の片割れ・黒髪ポニテ女子がオレの言葉を遮ったせいだ。
「あん? うちらに何か用でも?」
あと、すんごい睨んでくる。顔立ちがまあまあ良いのと、着てる浴衣がピンクの花柄のせいか、睨みの迫力がやべぇ。大事にしてた最後のプリンを食われた時の愛美と、おんなじくらいの凄みを感じる。つーか、その両手に抱えてるたこ焼き、まさか全部食う気か? 一皿くらいオレに寄越せよ。
「もぉ、みーちゃん? 知らない人にけんか売らないの。道に迷った迷子さんかもしれないでしょ。優しくしてあげないと」
もう一人のアジサイ模様の浴衣を着たゆるふわ系女子が、オレにごめんねとほほえんでくれた。やばい。超かわいい。
「男が一人で、こんなお祭りの日に、ふらふらと迷子になる? んなわけないでしょ。どーせ、はまなすみたいに、お祭りでふわふわ浮かれてる女子を狩ろうとしてる、暇をもてあましたナンパ野郎でしょ?」
全っ然違ぇ。それに頭にゆるキャラのお面まで乗っけて、綿あめみてーにふわふわ浮かれてんのはお前の方だろっ! まぁ、こんなところでケンカふっかけるほどオレもバカじゃねぇし? 言いたいことは山ほどあっけど、オレは愛美のおかげで身に付いた、愛想笑いとご機嫌取りのスキルを発動する。
「はまなすちゃん? だっけ? かわいい名前だね。実はさー、オレの姉貴が迷子になっちゃってさ? どっかで会ったりしてないかなーって。たぶん、はまなすちゃんのお友達みたいに、お面付けて食べ物いっぱい抱えてると思うんだけど……」
「うちらが知るわけないでしょ」
オレ、はまなすちゃんに訊いたんだけど……。いやいや、こいつはアレだ。愛美の劣化版みてーなもんだ。下手に刺激するより、無視するのが正解。いちいち反応してちゃダメだな。
「はまなすちゃんは? 見てないかな?」
「だーかーらー、うちらが知ってるわけないでしょ」
お前には訊いてねぇんだよっ! ダメだ。こいつと話してっと(つーか、オレは話してるつもりもねぇんだけど)祭りどころじゃなくなっちまう。愛美を捜すのはもちろんだが、腹に何か入れておかねぇと倒れちまいそうだ。
「はまなすちゃんさ、悪いんだけどお金貸してもらえないかな? 姉貴が財布を持ってっちゃってさ、何も食べれてないんだよねー。三百円でいいからさ、お願い!」
愛美と同じことをするのはしゃくだが、背に腹は替えられないしな。ちなみに愛美のやつは、デートに誘われた時は財布を持っていかないらしい。「私の時間を貸したげてるのに、お金を払う理由が分からない」というのが愛美の持論だ。頭おかしいんじゃねぇか? って思うけど、あんな姉貴に奢りたがる物好きも割といるんだよ。性格はドブスでも、オレに似て顔だけは良いし。
「えーっとね、そろそろやめといた方がいいんじゃないかな」
やっとはまなすちゃんから返事がもらえたと思ったら、望んでた答えじゃない。そりゃないよ、はまなすちゃん。ここを逃せば、愛美を捕獲するまで何も食えねぇんだよ。
「そこを何とか! お友達のそのたこ焼き二、三個でもいいから! ね?」
オレはここで、はまなすちゃんの忠告に従うべきだった。はまなすちゃんの心遣いを無視しちまったせいで、オレのこの先の人生は別のルートを進み始めた――のだが、そんなことをこの時のオレが知るわけねぇよな。とにかく、ただのナンパレベルで終わるはずだった出会いが、オレとワタルよろしく長々と続く腐れ縁になる、まさに衝撃的な出会いへと変わったってことだよ。
「さっきから黙って聞いていたけれど、あんた、はまなすに馴れ馴れしすぎ。名前も名乗らず一方的にまくし立てて、失礼なんじゃない? それに、うちらが夏祭りを楽しんでるのを邪魔して、ちっとも悪いとは思わないわけ?」
そういや、そうだった。文句を言うつもりでからんでったから、名前を教えてなかったな。こいつの名前も知らねぇし。
「ごめんごめん。オレは緑枝愛斗。緑枝くんでも愛斗くんでも、好きな方で呼んでくれていいや。まぁ、ダチからはミドリって呼ばれたりもするけど。えっと、そっちの子がはまなすちゃんで、キミは? 何て呼べばいい?」
「名前なんてねえ――」
黒髪ポニテ女子が突然大声を出した。やっぱりこいつどっかおかしいんじゃねぇか? って思ったら、次の瞬間にはそいつの身体が宙を待っていた。乱れた浴衣のすそからチラ見えた生足に数秒見惚れたオレは、胸をぶち抜く衝撃で現実に戻された。
「訊いてないのよっ‼」
下駄を装備したドロップキックは、女子といえどバカにならねぇ威力だった。例えるなら、ボーリングの球でドッジボールした感じ。ジェットコースターに乗せられたのかって勘違いするほどの勢いで、オレは後方にふっ飛ばされた。蹴りをガードする暇もなかったせいで息はつまるし、呼吸することでいっぱいいっぱいになって受け身を取るとかの問題じゃねぇ。オレは生まれてはじめて「死んだな」って思った。
オレが死んだら愛美は何て言うんだろーな。もとはと言えば、愛美が財布持って迷子になんなきゃこんな目に遭ってねぇんだし、たった一人の弟を失った悲しみで、自分を責めたり泣いたりしてな。――いや、ないな。愛美のやつはキレ散らかして、棺桶のオレに考え得る限りの罵詈雑言を浴びせてくるに決まってる。これから誰が私の面倒を見てくれるのよー! とかさ。自分のことぐれー自分でしろよな、いい歳こいた大人なんだからよ。後はあれだな、もう少し親孝行しとけばよかったな。オフクロには散々迷惑かけちまったし。
「オフクロ、ごめん――な゛っ」「ぐげっ……」
オフクロへの謝罪が済むより先に、オレの身体は何かにぶつかって止まった。蹴られた胸もぶつけた背中もクソ痛ぇけど、身体はちゃんと動かせそうだ。どうやら、オレは死なずに済んだらしい。顔を上げると、はまなすちゃんと黒髪ポニテ女子がこっちに向かって駆けてきていた。そりゃそうだよな、挨拶もなしにドロップキックかましといて、謝らねぇ人間なんていねぇよな。挨拶代わりにドロップキックするやつも正気の人間じゃねぇけど。
てっきり、はまなすちゃんたちは詫びと優しい言葉をかけてくれるはず、というかかけて当然のこの状況で、最初に聞こえたのは予想だにしねぇセリフだった。
「渉くん……! 起きて、渉くん……!」
ここで何でワタルの名前が出てくんだよ。つーか、オレはワタルじゃねぇ。――って、今の声、はまなすちゃんたちのとは違くね……? あの二人、まだこっちに来てる途中だし。いや、オレ、どんだけふっ飛ばされてんだよ……! これは文句言うとか超えて、警察呼ぶレベルの事件だろ! 胸の痛みやばいし、骨とか折れたりしてねぇよな?
「そこ、どいてよっ……!」
「あだっ……!」
いきなり押しのけられ、地面に叩きつけられるオレ。と同時に、堪忍袋も叩きつけられた衝撃で爆発した。
「痛ぇなぁ、何すんだよっ!」
が、爆発した怒りは、それを超える驚きのせいで消え失せちまった。
「――は? 何でワタルがここにいんだ……?」
オレが倒れてたはずの地面には、鼻血を垂らして伸びるワタルがいた。その脇で、黒い浴衣を着た女子がワタルの名前を何度も呼んでいる。
オレは理解した。ワタルが親友であるオレを差し置いて、女子とのデートを楽しんでいたことを。ワタル……、一遍しめる!
明けましたおめでとうございます、白木 一です。
年が明けて初の投稿、珍しく前回から約一ヶ月で投稿できてびっくりしています。こんなペースで続けられるのが理想なのですが……。
本編の話になりますと、長かった夏休みがようやく終わります。ようやく学校らしいイベントも出てきます。
男子陣虐げられすぎだな……と思っているので、ちゃんと飴もあげたいところですね。
いえ、あくまでも予定の話ですけれども。
それでは、また次話でお会いできたらと思います。
ここまで読んでくださった読者様、誠にありがとうございます!




