Dead オア デート。
夏休みに、クーラーの効いたバスに乗る。ここまではいい。誰にでも起こりうる普通のシチュエーション。ただ僕の右隣りに、それも肩が触れるくらいの距離に鷹嶺が座っているこの状況は、どう考えてもおかしい。今日の鷹嶺の振る舞いも、僕が今ここにいることさえも普通じゃあない。当の鷹嶺はというと、不機嫌そうな表情でずっと窓の外を眺めている。いつ暴れ出したとしてもおかしくはないトゲトゲしい空気が、彼女の全身から放出されていて恐怖でしかないのだけれども、今はそれどころではない。いくら鷹嶺に流されたとはいえ、僕はここに来るべきではなかった。そもそも来る必要なんてなかった。
電車とバスを乗り継いで向かった先はお墓だった。それも「浜永家之墓」と刻まれたお墓。てきぱきと掃除を始めた鷹嶺を黙って見ているのも居心地が悪くて、邪魔にならない程度に手伝った。僕も鷹嶺も一言も話さないまま掃除が終わると、鷹嶺は長い時間お墓の前で拝んでいた。鷹嶺に促されてというか無言でお墓の前に突き出され、僕も鷹嶺にならった。お参りが済み、ようやく解放されると思っていたら、スマホをいじっていた鷹嶺に「デートしなさい」と誘われた。いや、命令されたと表現する方が正しいだろう。目は笑っていないし、口角を上げるためにきつく結ばれた口元からは血が垂れてきている。どう見てもデートに誘いたいやつの表情とは思えない。そんなに嫌なら誘うなよとは言えず、鷹嶺の三歩後ろを付いていくしかできなかった。そうして今のおかしな状況に至ったのである。
バスに乗っても鷹嶺はスマホとにらめっこしている。いや、それも僕のことを無視するためのフリかもしれない。傘を貸してもらえた程度で告白する勘違い野郎だった僕は、何度も死にかけたおかげで文字通り生まれ変わったのだ。地獄のような経験から学んだ僕には分かる。鷹嶺の「デート」は世間一般でいう「デート」と同じものだとは思ってはいけないと。おそらく鷹嶺の言っていた用事はお墓参りだろうが、僕が必要だった理由もデートに行く理由も分からないし、正直家に帰りたい。ご飯を食べて、昼寝をして、だらだらと過ごしていたいんだけどな。
「次で降りるから」
スマホの画面に向かったままだが、ようやく鷹嶺が口を開いた。アナウンスされたのは僕らの住む不二峰市から電車六駅分離れたところ。それなりに大きな街で、休日に家族がよく利用している。もちろん僕は呼ばれたことなんてないし、誘われたとしても、家に引きこもる方を選ぶだろうけど。こんな場所まで来て、鷹嶺は何をしようとしているのだろう。
バスを降りても黙々と先を行く鷹嶺だったが、交差点の信号待ちで、突然手を握られた。意外な柔らかさに戸惑いを隠せない僕の耳元で、鷹嶺は言った。
「信号変わったら死ぬ気で走れ」
それは、聞きなれた方のというか、恐怖とともに脳に刻まれてしまった命の危機を知らせるアラート。バーサーカー状態の鷹嶺の声音だった。
交差点から休むことなく走り続けておよそ十分、「こっち!」とカラオケ店に駆け込む鷹嶺。引きこもり性の帰宅部である僕は、立ち止まると同時に床に倒れ込んだ。速い……速すぎる……同じ人間とは思えない速さだった。後半なんて僕を引きずりながら走っていたようなものだし、しかも息が全く上がっていない……。バケモノだろ……、いや、バケモノか。
「部屋、こっち」
相変わらずそっけない態度で進んでいく鷹嶺。いや、ちょっと待って……カラオケ!? 個室じゃないか……! 鷹嶺と二人きりで個室? ムリムリムリムリ! 他の女の子ならまだしも、鷹嶺とだなんて絶対嫌だ!! 家に来たときの変な鷹嶺だったらまあ考えないことも……。でも、戻ってるし!
席に着き、鷹嶺の注文した野菜ジュース(とても優しいことに僕のドリンクは注文されていない)が届くと、部屋の空気が一変した。こんなにクーラー効いていたっけ……。おかげで汗は引いたけれど。
鷹嶺と目を合わせないよう床を見つめていたら、突然視界が揺れ、息が詰まった。少し遅れて、首を掴まれ、壁に押し付けられていることを理解する。
「お墓参りもできたし、はまなすも撒いた。だから勘違いされないように教えとく」
目の前に突き出されるスマホ。首が絞まっているのと鷹嶺の迫力とでじっくり見ることはできないが、画面にはSNSのトーク履歴が映っているようだ。
「これは全部、はまなすに脅されてやったことだから! あんたが一緒じゃないとお墓参りさせないとか言うし、暴力もダメ、言葉遣いも丁寧にって……。とにかく……! 今日あったことは記憶から消し去って。誰かに言いふらしたりでもしたら――分かってるわよね?」
首を絞める力がさらに強くなる。僕は黙ってうなずくしかできなかった。
「――じゃあ写メ」
「は……?」
手を放されたらと思ったら、聞きなれない単語が耳に入ってきた。サメ? こんなところでサメなんて必要ないはずだが?
「は? は、こっちのセリフなんだけど。はまなすからのメッセ見せたでしょ。『なりぞのくんと仲良しなツーショットをとってくるよーに』って。はまなすの尾行撒いちゃったし、これだけでも送っとかないと後で何されるか……」
画面は見たけれど、肝心のメッセージまでは読ませてもらってないし。というか、鷹嶺を言いなりにした上に、ここまでおびえさせる浜永さんって……。鷹嶺を怖がる、なら納得しかないけどさ。あんなにかわいくて優しい人におびえるだなんて、女子の頭の中ってよく分かんないな。でも、浜永さんの考えることだから、これもお勉強ってやつかもしれない。僕の自由な夏休みのためだ。気は進まないが、最後まで付き合ってやろう。
「ほら、撮るから笑いなさいよ」
「分かってるよ。もちろん、鷹嶺さんもね」
無愛想な鷹嶺に向けた、ほんの冗談のつもりだった。ところが、僕はまた地雷ってやつを踏んでしまったらしい。引いたはずの汗が、冷や汗になって帰ってきた。
「三戸。うちの名前は三戸。次にうちのことを名字で呼んだら、二度と学校へ行けない身体にしてやるから」
首筋に氷を押し付けられたかのような悪寒に身体が震える。こいつ、眼力でも人を殺せるんじゃないか……。それにしても、何が気に食わないんだ? 頭の中では鷹嶺とかアフリカゾウとかかなり失礼な呼び方をしているけれど、ちゃんと鷹嶺さんって呼び直したぞ。いや、これも浜永さんの命令で、女子のことを名前で呼ぶためのミッションなのか? 薔子さんを薔子さんって呼んでるから、今さらそんなお勉強をしても無駄だと思うんだけどな……。でも、ここまで殺意を剥き出しにしてくるのには、それなりの理由があるってことだよな。仕方ないから言う通りにしておこう。あくまでも仕方なくだ。鷹嶺の圧に負けたからじゃない。
「分かったよ。三戸、さん……」
「ん。じゃ、さっさと写メ撮るよ」
名前で呼ぶと、さっきまでの圧が嘘みたいに消えてしまった。気にはなるけれど、触れてはいけないような気もする。触らぬ神に祟りなし。また地雷を踏んでしまうかもしれないし、命は大切にしよう。
引きつらないよう努力した笑顔にOKが出され、僕達は一曲も歌うことなくカラオケ店を後にした。店を出ると鷹嶺は「絶対に今日のことは忘れること」と言い残し、そそくさと帰っていった。僕を置いて。
うん、いいよ? 鷹嶺と別れることに関しては全く問題ない。むしろ嬉しいくらいだ。でもさ、鷹嶺の都合で僕を振り回しておいて、用が済んだら「はい、さよなら」っておかしくない? 独りで帰れと!? せめて家の前まで送ってくれるとか送らせるとか、そういうのないの? 送ることになったらなったで面倒くさいとは思うけどさ。
自分勝手な鷹嶺にため息をつき、僕は駅へと歩き出した。
電車に揺られ、寝過ごしそうになりながらも、何とか家の最寄駅に着いた。近くのバーガーショップで遅めの昼食でも取ろうかと改札を抜けると、メッセージアプリが着信を告げた。画面を見なくてもおおかた相手の想像はつく。
「三戸さんなら帰られましたよ」
「うん、しってる。カラオケ屋さんからでてくるところ見てたからね。みーちゃんにはあとでお説教しないと。でね、そのことで、なるぞのくんにはちゃんとお話しとかないとなーって思って」
今日のデートについて、と、電話越しにウインクでもしているのだろう、相変わらずのかわいい声で浜永さんは語り出した。
「もうしってると思うけど、純佳にはパパがいません。純佳が小学生のときに病気で、ね。そして、みーちゃんにもパパがいません。みーちゃんの方はカテイノジジョーってやつね。みーちゃんはね、パパに会えなかったこともあってか、純佳のパパをほんとのパパみたいに思ってたんだよね」
いや、知らない。初耳だ。浜永さんの家族構成を知る機会なんてなかったぞ? それに、ちょっと待ってほしい。淡々と話を進めているけれど、それってとてもプライベートな内容なのでは? 僕なんかが聞いていいような話じゃあない。そもそも鷹嶺もいないのに勝手に個人情報をばらしたりして大丈夫なのか?
僕の心配をよそに、浜永さんの話は続く。
「純佳のパパも、みーちゃんちのことをしってたから、みーちゃんが寂しくないようにっていっぱい遊んであげてたんだよね。だから、パパのお葬式のときは純佳以上に泣いてたんじゃないかな、みーちゃん。そのころからだろうね、もともと意地っ張りだったみーちゃんが、もっと頑固になっちゃったのは。純佳と、もともと仲のよかったしょこちゃん以外には無関心。男の子女の子関係なく、近づく人は敵、みたいな。今ではちょっと丸くなったけどね」
あれを丸くなった、と……。当時の鷹嶺と出逢っていたら、はたして僕は鼻血だけで済んでいたのだろうか。もしかすると、骨折の一つや二つが日常茶飯事になっていたのかもしれない。――そんな日常はごめんだ。回避された過去は置いておくとして、今の話をしよう。今日のことと二人の父親に、どんな関係があるのだろう。鷹嶺の様子がおかしかったことにも繋がってくるのか?
「あの、浜永さん――」
「あ〜、ごめんね。話、脱線しちゃったね。つまりね、純佳はみーちゃんに交流関係を広げてほしいって思ってるの。変なプライドのせいで殻に閉じこもったままのみーちゃんに、更生というか成長してもらいたいの。もう高校生なんだもん、自分で歩けるようにならなきゃ……。そのきっかけに、なるぞのくんとみーちゃんがおともだちになってくれないかなーって。みーちゃんがしったら、よけいなお世話だって言いそうだけど」
は? 僕と鷹嶺が友達に!? 何で? ヤだよ! それこそ余計なお世話だ。友達に損得を求めるのはどうかと思うけれど、鷹嶺と仲良くなって僕に何のメリットがあるんだ? 僕は断固として拒否するぞ。
「パパの命日にお墓参りしたければ、なるぞのくんも一緒に連れていくこと。それが今日、なるぞのくんが呼ばれた理由なんだよ。勝手にまきこんじゃったのは反省だけど、なるぞのくんにも原因があるし、ちゃんとお礼も用意してあげるんだから許してね?」
テヘ、と反省の色を感じさせない謝罪が聞こえてきた。
よく分からないけれど、浜永さんは僕と鷹嶺が友好関係を築くことを望んでいるらしい。答えはもちろん決まっている。ノーだ。できるわけがない。だが、それを正直に告げる度胸ももちろんない。どうしたものかと考えあぐねていると、沈黙を肯定ととらえたらしく、浜永さんは勝手に話を進め出した。
「それじゃあ、みーちゃんとも仲よくしてあげてね。ところで……、もう少しで約束の一週間だよね?」
浜永さんが約束を忘れていないようで安心したよ。そう、ようやく僕の夏休みが始まるのだ。今日を除いてあと二日。これを耐えれば、僕はようやく自由を手に入れることができる。
「一週間の勉強の成果、見せてもらおっかなー」
えへへ、と笑う浜永さん。どうしよう、すごく、すごく嫌な予感がする。
「あさっての日曜日、純佳ともデートしよっ。夏祭りで浴衣デート。どうかな?」
どうかな、だって? 浜永さんはずるい。僕の夏休みの自由を浜永さんが握っている今、しかもこの話の流れで、ノーだなんて言えるわけがない。選択肢なんて端から存在していないようなものじゃないか。
「ねぇ、どうかな?」
やっぱり浜永さんはずるい。
《七日目》
月明かりに照らされる廃神社の境内。待ち合わせ場所だと言われて来たそこで、黒地に赤い花の浴衣を着た彼女は、懐かしい笑顔を見せて言った。
「はじめまして、茨城杏子です」
浜永さんでも鷹嶺でもない。杏子と名乗った彼女は、どこからどう見ても、薔子さんその人に間違いなかった。
10ヶ月ぶりくらいの投稿だそうです。
こんばんは、白木 一です。
こいつ生きてたのか、とか、更新遅すぎと少しでも思われたそこのあなた様へ。安心してください、前回の更新日時を見た私自身が一番驚いております。
ようやく、久し振りに、彼女を登場させることができます。まだまだストーリーは続くのですが……、いかんせんぼーっと生きておる作者ですので、カタツムリを観察するかのように、ナマケモノを愛でるかのように、気長にお待ちいただけたら幸いです。




