54 理性が飛んだ
「これから、どうされますか?」
「少しだけ心当たりがありますので、まずそちらへ向かいます。そこでダメなら次を考えますが―――とりあえず行きましょう」
一度頭を振ったマルセルさんに続いて、俺も部屋を出た。
すると廊下の向こうからムラトさんが、思い切り肩で息をしながらやって来るところだった。
当然のことながら、この人も必死だ。
「小隊長!!」
「ムラト、何か分かりましたか?」
「はい! お嬢様の馬車は屋敷から動いておりませんし、お姿も見当たりません。小隊長の読み通り、密かに連れ去られたのは確実と思われます」
「―――やはりそうでしたか」
いつもなら真っ先に指摘していた脳筋振りを気にする余裕も無いのか、マルセルさんの声が一層低くなった。
「しかしこの屋敷内からどうやって?」
歩きながら俺が口にした独り言にマルセルさんは答えてくれた。
多分、情報共有の意味があるのだろう。
「門では衛兵が馬車などの検閲をしますが、あまり見たくないものや、見る必要性が低いものは、疎かになっていることがよくあります」
「ゴミとか不用品ですか?」
俺は思いついた答えを言ってみた。
「そうです。他にも何か思いつきますか?」
「・・・・・・すみません、分からないです」
「ご領主様が慶事のあった時に、領民達へ特別に施しをなされます。決められた馬車と袋でお屋敷の蔵から品物が運び出されて、決められた場所で配られます」
「慶事ですか?」
「今回で言えば、サフィール様が力を取り戻されて廃穴からサファイアを見つけられたことです」
―――まさかそれほどの大事だったとは、俺の認識はほとほと甘かったようだ。
「この施しをする馬車は、ご領主の家紋が刻まれた真っ青な色をしており、見間違えることはありませんし、使われる用途も限定的ですので御慈悲馬車と呼ばれています。同じ様に使われる袋も施し専用なので、敢えて中身までは確認されていません。この時期に、お嬢様御自身の馬車を使われること無く、お一人で屋敷から連れ出されたとしたら、中身を見られない馬車と袋によると考えるのが妥当でしょう」
「小隊長のお考え通り、御慈悲馬車の中で、決められた行き先へ向かわないものが一台あったことを姉が先程伝えてきました」
「ミネバは相変わらず仕事が早いですね。それでどちらへですか?」
「レンツァ方面とのことです」
「―――分かりました。やはりハマーム様との縁談を進めていたことも、彼らの刺激材料になってしまったようですね」
「しかし本当に許せません!」
指南役の俺の視点で言えば、姉弟子であるお嬢様を誘拐された弟脳筋弟子が怒っている。
しかしそれ以上に二人の指南役は、はらわたが煮えくり返りそうなほど憤っている。
俺の名を騙ってこの振る舞い、絶対に許さない。
お嬢様は必ず無事に連れ戻さなければならない。
言いようのない苦い唾液を感じた俺の脳裏に、ふとダ女神様が浮かんだ。
俺自身の手で夏祭りの御霊移しも御還しもできなかった悔いが、心の奥底に拭い去ることのできない染みのようにずっと残っている。
だがもう二度とそんな思いはしたくない。
俺はこの世界ではケントでいるために、剣人をなるべく見せずにきたつもりだ。
全然隠せていないと外野からブーイングが聞こえてきそうだが、今は無視させてもらおう。
だから出来ることを出来ないと偽るのはもう止めにする。
どうやら底知れない怒りが俺の理性をふっ飛ばしてしまったようだ。
「―――マルセルさん、どうしてもお借りしたいものがあります」
俺の唐突な申し出を、執事さんは何も聞かずに快く了承してくださった。
「お嬢様をお助けできるのであれば、一切の遠慮なく何でも使えるものは使ってください。責任はすべてわたしが引き受けます」
「ではお言葉に甘えてこれから準備をします」
「分かりました。用意が整ったら衛兵隊の馬屋へ来て下さい。私もそれまでに必要なことを済ませておきます」
ニ人と別れた俺は、武器庫へ向かいながら気持ちを整理した。
本当は、あんなものが役に立つ日の来ることをまったく望んでいなかった。
しかし今更言っても始まらない。
お嬢様のサフィールの力を取り戻させたのも俺なら、呼び出しに使われたのも俺だ。
だったら俺が何とかするしかない。
そう―――ケントを捨てる決心はついた。




