30 ああ、夢か
外では暴風雨が猛り狂う中、本殿で装束を整えた俺が御神刀を佩こうとした時、親父が御山に住む熊みたいなぶっとい腕を差し出した。
「やはり、俺が行こう。寄越せ」
「待てよ、親父。これは俺の役目だろう?」
「バカ野郎!! こんな嵐の日にガキを行かせられるか!!」
俺がこれから執り行うのは、夏祭りの始まりを告げる神事。
雨だろうが嵐だろうが関係ない。
御山の奥社にいらっしゃる御祭神を本殿へ御移しするとても大切な儀式で、これが無ければ祭りは始まらないのだ。
と言いつつも実は既にこちらへ来られているのを俺だけが知っているが、祭り最後のお還しの儀式のために省略はできない。
もちろん親父が本気なのは本殿がビリビリと家鳴りをするほどデカい声で良く分かる。
しかし俺もビビることなく言い返した。
「親父は宮司としてやることが山ほどあるだろう! 俺に任せろって」
「う、うむ―――いや、やはり俺が行こう」
そう言って力任せに御神刀を奪われそうになった時、本殿の階段下から小百合のマネージャーさんが声を掛けてきた。
「すみません!! 宮司さん! 今日の舞台はどうなりますか? 私たち以外も状況を知りたいって、社務所に大勢来られていますよ!」
全身ずぶ濡れで、傘をさしていても役に立っていないほどだ。
能舞台にも雨除けのブルーシートが敷かれてしまっている。
「ちっ、総代長は何をしてやがる!?」
「さっき境内の位置割で、屋台のおっちゃんたちと揉めてたぞ」
雨で決められたラインが消えて、勝手に屋台を置き始めた的屋のおやじ達のせいで収拾がつかず、神社境内もてんやわんやだ。
現場を仕切っている氏子の総代長も、ずぶ濡れで駆けずり回っていたのを俺は見ていた。
この状況で最高責任者の親父がいなくなると、みんな困ってしまう。
それ以前に、この神事は俺が必ずやると女神に約束をしているのだ。
「剣人、装束を脱いで、すぐに総代長を手伝いに行け! こっちを片付けたら俺が御山へ登る」
「分かったよ」
マネージャーさんと本殿を出て行く親父の背中に俺は頭を下げた。
悪い、俺が行ってくるよ。
間違いなくボコボコにされるな。
今日はどうやら神社の縁日じゃなくて、俺の命日になってしまうかもしれない。
だけど小百合の姿をした女神のあんな顔を見たら、やらざるを得ないだろう。
俺のしでかしたことは、俺が責任を取る。
本当なら氏子達による俺の送り出しもあるのだが、翔や敦史の姿も探せないほどごった返していて、それもなかった。
お蔭でさっさと準備を整えた俺は、あまり人目を引くことなく境内を出て御山へ向かった。
これほどの悪天候で登ることは滅多にないので、ある意味ワクワクする。
しかし衣装はずぶ濡れでくそ重いし、今日は大祭儀式なので、靴もス二ーカーではない木沓だ。
足元最悪でよくこんなもの履かせるよな・・・・・・なかなかの嫌がらせだぞ。
さすがに歩きにくさと滑りやすさには閉口したが、俺はなんとか奥社へたどり着いた。
そして息を整えて姿勢を正し、準備を始める。
すると奥社の前に、小さな蒼白い光が現れた。
女の子をかたどるほどの大きさもないから、女神様はちょとだけ様子を探りに来たのだろう。
そんな心配しなくても、しっかりお務めを果たすよ。
俺は衣装の袖を振り上げて、右手で一気に御神刀を抜くと、大きく一歩前へ踏み出した。
うおっ!?
小さな石に乗った木沓が予想外に滑って、バランスを崩してしまった。
できることなら御神刀を地に突き差して転倒を避けたかったが、そんな失礼なことはできるはずがない。
しかし大祭用の衣装を汚して、そのまま能舞台へ上がるのも絶対に嫌だ。
俺は重心をかなり右へ偏らせたたまま、無理矢理に倒れまいとして数歩よろめいた。
そこヘ悪天候による強烈な吹き上げが重なり、衣装が大きく膨らむと、そのまま断崖の外へ押し出されてしまった。
蒼白い光が驚いた顔の少女の姿になり、蒼玉の腕輪を着けた手を必死に伸ばしている。
俺は届くはずがないとわかっていながら、涙があふれる少女の顔に向けてデコピンを入れるしぐさをした。
お前のせいじゃないさ。
そう、ゴリラ親父ならきっとこんなヘマはしなかっただろう。
超重量級だから、と言う意味ではもちろんない。
まあ今更どうでもいいことだ。
しかし本当に命日になってしまうとは―――。
「わあっ!?」
俺は高く上がった陽の眩しさに、一人寝のベッドから勢いよく体を起こした。
・・・・・・どうやら懐かしい日本の夢を見ていたようだ。
そして恐ろしいことに気づいた。
―――今日は俺の初登城の日だった。
拙作をお読み下さいまして本当にありがとうございます。
本話にて3部構成の第1部が終わりました。
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