21 君の名は?
「―――さてどうしたものか」
「何がですか?」
少女はそれまでの笑顔から少し眉を下げ、見るからに困った表情を浮かべる。
だが暫く待っても、俺の問い掛けへ答えることはなかったので、こちらからも尋ねることにした。
「あなたは何処から来たのですか? お名前は?」
少女は不思議そうに首を傾げた。
この奥社は山頂にあることから、熱心な氏子達ですら滅多に来ない。
それどころか、お年寄りが多い町の崇敬者の間では、本殿近くへの移転計画さえ取沙汰されているような場所だ。
そこへたった一人でいる女の子の身元を確認するのは、神社の人間として当然の義務だと思うのだが、意図が通じていないようだ。
「ひょっとして一人でご参拝くださったのですか?」
再度の質問にも、少女は相変わらず不思議そうに今度は反対側へ首を傾げた。
・・・・・・俺の言葉が通じていないのか?
あの蒼い眼はカラコンではなく、本物と言うことか?
だが先程は日本語を話したはずだ。
身体は決して大きくないが、小字生にはなっていると思うし、言葉は通じると思うのだが。
立って歩くようになってすぐに、この山へ強制的に登らされるようになった俺などは特殊な例だが、この女の子くらいの年齢なら頑張れば一人で登れないことはない。
だが先程からの受け答えがあまりにも不自然だ。
そうなると考えたくはないが、身元を知られたくない家出娘か。
だとしてもこんな時間に、何を好き好んでこんな山へ登っているのやら。
飯もトイレも何もないんだぞ?
まったく考えなしにも程がある―――などと思っていたら、随分前に似たようなことをやった愚か者を俺は知っている。
・・・・・・そう、この俺だ。
何故、家出にこの山を選んだのかは、この年になってもいまだに謎だ。
単にアホだったのだろう。
つまり目の前の女の子のことを、偉そうに言える立場ではない。
かと言ってこのまま放っておくと、この奥社が田舎町を大いに賑わすニュースの檜舞台になりかねない。
色々と神社らしからぬ話題を振りまく舞台は、本殿の能舞台だけで十分だ。
参拝客が減っているので、人寄せとなる話題提供は大歓迎ではあるが、事件になるのは願い下げだし、次代の宮司としては何が何でも避けなければならない。
だったら、とりあえずは連れて下りることにしよう。
「お嬢さん、もう暗くなって来ますし、山の上は寒くなるから一緒に下りましょうか」
俺は女の子の前へ屈んで、その顔を正面に見て思わず息を飲んだ。
その容姿が整っていることは、最初に見た時から分かってはいた。
だが近づいてみると、まだ頬の丸みに幼さは残っているが、目鼻立ちもすっきりと通っている。
真っ直ぐに俺を見つめ返す瞳は大きく、山の端にほとんど隠れてしまった日の光でも十分に蒼く輝き、唇は小さなイチゴのように赤く柔らかく膨らんでいた。
俺が柄にもなくドキッとして固まっていると、女の子が黙って右手を差し出してきたので、俺はサーブルを腰の帯へ差し込んで、その小さな手をためらいがちに左手で恐る恐る握った。
すると女の子は、俺の手をとても強く握り返してきた。
どうやら不安で口がきけなかったのかと考えた俺は、保護欲に駆られて女の子の横へ回って肩を右手で優しく抱くと、奥社の後ろから連れ出そうとした。
そうしたら女の子も、肩に置かれた俺の手へそっと左手を添えて来た。
事情知らない人間が傍から見ると、おかしな衣装を着た少年と美しい少女が、小さな社の前で小学校の授業で習ったオクラホマミキサーを踊るように両手を繋いでいる・・・・・・。
絶対っ、誰にも見られることは許されない!
一秒でも早く山を下りなければならない。
俺が密かに心へと誓ったその瞬間、少女は俺の手を更に強く握り、奥社の周囲へ巡らされた神域を示す注連縄の方へ体を倒し、俺も必然的に引っぱられてしまった。
「う、うおっ!!?」
そして注連縄を引き千切った少女の道連れに、山頂から真っ逆さまになって俺は落とされた。
あ―――これは死んだ。
日本古来の装束に、スニーカーを履いて西洋剣を腰に差したイタすぎる姿の神主が、見目麗しい少女と無理心中・・・・・・。
ネットでは、おかしなコスプレマニアが少女に強要した悲劇だと大いに盛り上がり、町では、俺がやらかした昨年の夏祭り以上の大騒ぎになるだろう。
・・・・・・あれは俺のせいではないが、どうせならもっと違う形で騒がれたかったものだ。
最後にして最悪の話題提供だ。
俺はその瞬間、何故か恐怖も何もなく、そんなことを考えていたのを覚えている。




