16 正統派お嬢様と執事さん
その後、マルセルさんが選んでくれた鎧やマスクなどを身に着けて確認し、エルモ爺さんに返す装備一式が揃った。
「そう傷んでいないとは思いますが、実際使えるかはやってみないと分かりません。なので少し試しに行きましょうか」
「試しにですか?」
「ええ、この時間ならまだ大丈夫だと思いますので、付いて来て下さい」
身軽に武器庫を出て行くマルセルさんを追い掛けるために、俺は慌てて重い鎧やら剣を抱えて廊下へと出た。
やはりお城らしく、とんでもない広さを誇っていることが改めて分かる。
今は左手が吹き抜けになった回廊を進んでどこかへ向かっているのだが、きれいに生え揃った芝生や刈り込まれ植え込み、その向こうには噴水まで目に入った。
よそ見をしながら歩いていると、突然立ち止まったマルセルさんの背中に危うくぶつかりそうになった。
「ケントさん、少し端に寄りましょう」
俺に告げると、マルセルさんは廊下の際に右膝を着いて頭を下げたので、俺も慌てて重い武具を置き、同じような格好を取った。
しばらくすると、俺達の前を通り過ぎようとした何人かの集団の一人が、マルセルさんに気づいて声を掛けてきたのだが、それはそれはご機嫌そうな女の子の声だった。
「あら! マルセルじゃない! こんなところでどうしたの? ひょっとしてわたくしを待っていたのかしら?」
「これはイリスお嬢様。本日もご機嫌麗しく、とても輝いていらっしゃって眩しいくらいです」
「もう、本当のこと言っても何も出ないわよ! それで何をしていたのかしら?」
「はい、ユーリ様の客人を武器庫へ案内した帰りでございます」
「―――ユーリの客ですって?」
足元しか見えないので定かではないが、まっ黄色のドレスを着た女の子が、俺の方へ顔を向けていると思う。
そしてとてつもなく不機嫌そうな声になっている。
「先日の競技会の参加者でケントと申します」
「ああ―――あのおかしな行動をした者ね。あなたも大変よね、こんなくだらない用を言いつけられて」
「いいえ、大切なお務めでございます」
「・・・・・・どうしてユーリの小間使いなんてしているの?」
「またそのお話ですか。何度もお答えしましたが、私が望んでお仕えしておりますので、これと言った理由などは特にございません」
「『凶刃マルセル』と畏れられ、衛兵隊の小隊長まで務めて中隊長、いいえ、大隊長候補にも挙げられていたあなたほどの人が、理由も無くなんて信じられないわよ!」
「本当に申し訳ございません」
何とマルセルさんって、超エリートじゃないか。
しかし凶刃って、どんな二つ名だ?
知りたいが、とても恐ろしい気がする。
しかし何かと抜け目がなく鋭いことも納得が行く話だ。
それなのに気づいていないのか、それとも気づかない振りか?
相手の女の子の声が益々低くなって、冷たさも増しているみたいだけど。
「で、その者を連れて今度は何をする気?」
「それはまだ何とも。こちらのケントさんは、色々と訳ありで、色事はお得意なようですが、色良いお返事を、まだ頂いておりませんので」
「い、色事ですって!? 汚らわしい!!」
マ、マルセルさん?
俺の変な紹介をして、おかしな人間と言う先入観の固着を促進しないでくださいっ。
「いえいえ、とても自然な手つきで、このマルセル、心より感服した次第でございます」
「な、何が自然なのよ!!」
「お試しになられますか?」
だから止めてぇ-っ!
ああ、見なくても分かる。
きっとイリスお嬢様は、あの人類共通の黒い嫌われ虫を見るような目つきを、俺に向けているはずだ。
これほど最悪な初対面も中々ないと思う。
やっぱり執事さんの嫌がらせか?
「も、もう結構よ! 行きましょう!!」
足音も荒々しく、ご一行は俺達の前から去って行った。
「ふう、イリス様の衣装が稀に見る色使いでしたので、こちらは返事に色をつけてまとめてみましたが、お気に召さなかったみたいです。本当に疲れるお嬢様です」
・・・・・・この人は何がやりたくて対抗しているんだ?
もう一つ言わせてもらえれば、あなたより俺の方が遥かに疲れたと思います。
俺のジト目に動じることなく、マルセルさんはお嬢様一行を見送っている。
その後ろ姿には、まっ黄色い衣装を着た女の子が四股を踏んでいるように歩いて、頭の左右のクルクルカーリーが激しく揺れているのが見えた。
「イリス様は第一夫人の御息女で、前回、ユーリ様と最後までサフィールの試験を競われた方です」
あー、大体分かった。
プライドも高く血統も正しいイリスお嬢様としては、ユーリ様に負けたのが悔しいわけだ。
でもそれならユーリ様へ突っ掛かればいいのに、何故マルセルさんなんだ?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの理屈か?
俺は神主だからそこまで憎まれない―――はず。
でも坊主ならぬ執事さんのせいで、間違いなくおかしいとは思われているだろうけど。
「マルセルさんとイリス様には、何かありましたか?」
「いいえ、私を見るとちょっかいを掛けてくるのはいつものことです。かわいいですよね、イリス様も」
にこやかに微笑む執事さんに、俺はある確信を待た。
この人は、関わったら絶対ダメ系の人だ。
―――いや、もう手遅れか。
お蔭ですっかりイリスお嬢様には嫌われてしまった自信がある。
あなたへのちょっかいを、いつの間にか身代わりに被爆した俺は全然笑えないです。
「だけど私がいくら正直者でも、さすがに本当のことは言えませんよ」
「本当のこと?」
「はい。衛兵隊はご領主様を始めとするご一族と、領地領民を守ることを責務としますが、私がお守りしたいのはサフィール様お一人だなんて、言えると思いますか?」
「は、ははは、確かに―――マルセルさんは、ユーリお嬢様がお好きなんですね」
「もちろんです。少し不器用ですが大変お優しく、とてつもなく面白い方ですから」
「・・・・・・お、面白い?」
「本当に見ていて飽きません、特に近頃は―――」
意味ありげな視線を俺へと向ける執事さん。
俺に面白さを期待されても困るし。
どうせなら、あの黄色お嬢様にその流し目を向けてやってよ。
「・・・・・・思わないところで時間を取ってしまいました。急ぎましょう」
俺が特に反応を示さなかったからか、マルセルさんが少し残念そうな表情で再び回廊を歩き始めたので、俺も荷物を担いで後を追った。