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15 バレたか

「物珍しいですか?」

「はい、何から何まで初めて目にするものばかりです」

 きょろきょろとしたお上りさんのような俺へ笑いながら、マルセルさんが説明をする。

「私も最初に来た時は大変驚きました。ここには、サフィルネがザーブ帝国の町であった時代からのものが、随分残されていますから」

「本当に交易の要だったわけですね」

「往時は大変な隆盛を極めたと聞いています。おかげでどのような方が来られても、簡単に一式揃えることができます。ケントさんの体つきでしたら、この辺りの剣でしょうか」

 長さと太さの違う剣がいくつも掛けられた棚を、マルセルさんは指さした。

 俺はそれらを一つずつ手に取って、気になったものは抜いてみる。

 マルセルさんはそんな俺を時々確認しながら、他の防具なども探して何処かへ行ってしまった。


 剣は両刃ばかりだ。

 やっぱり西洋に近い世界のようだ。

 俺は競技会で握った記憶を頼りに、似たような感じの一番手になじむ剣を選んだ。


「ケントさん、こちらに槍があります。取りあえず決められた剣は置いてきてください」

「分かりました」

 タイミングよく声が掛かると言うことは、こちらの様子を窺っていたのだろう。

 俺は剣を一旦戻してから、声を頼りに棚で見えない執事さんを探した。


「ここでしたか」

「なかなか良いものがなくて。あ、ケントさん、これですが、はいっ」

 棚の前でうずくまっていたマルセルさんをやっと見つけた俺が近づくと、マルセルさんは立ち上がるなり何かを俺へ投げてよこし、そのまま切り掛かって来た。


「っく!? 何のつもりですか!!」

 俺は自分が手にしたものでマルセルさんの攻撃を受けてから怒鳴った。

 いくら俺がパン屋の次男で相手が領主の執事さんでも、いきなりこんなことをされたら怒る。


「あ痛たた。すみません、ケントさん。やはり左利き、いや、あれだけ右でも剣が振るえると言うことは、両手利きですね?」

「な、何のことですか!?」

 手首をフリフリしているマルセルさんに気づかない素振りで、俺は右手に握った剣の鞘と左手の剣の柄を、何食わぬ顔で背中へ回した


 あああっ―――!!

 やっちまったぁ―――っ!!!

 家の都合上、俺は左利きを矯正した右利き。

 生活全般は右手で行うが、左でもこなせないことはない。

 しかしスポーツや勝負に関係することは、左手を鍛えてやらされてきた。

 理由は簡単、非常に有利になるとの親父の命令だ。

 そして今、しっかりとその成果が出てしまっている。

 突然のことで、体が自然に反応してしまったのだ―――。


「最初の試合の審判の時に、槍を捨てる右手の仕草がぎこちなかったことや、剣へ持ち替える時も不自然だったり、色々と気になって注意をしていたのです」

「そ、そうですか? き、きっと慣れていなかったからですよ、僕は代理ですから」

 確かにもたついていた記憶がある。

 左利きの人間の剣が、左腰にあるなんてありえないだろう。

 苦しい言い訳をする俺に、笑みを浮かべながら執事さんは追及を緩めてくれない。

「私を助けてくださった時も、左手で押されたのを覚えていますか?」

「あー、あの時は―――」


 オーッノーッ!!!!

 まずいまずいまずい!!!!

 記憶がないのに何で答えようとしたんだ!!

 俺と執事さんの間に妙な沈黙が流れる。

 背中に嫌な汗が流れ始めた。


「やはり覚えていらっしゃらないと?」

「え、ええ!」

 言葉が続かなかったのをそう解釈してくれるのか!!

 よし、この流れに便乗だ!

「本当にすみません」

「大丈夫です。しかし馬車の中で、お嬢様のお体をいやらしくまさぐっておられたことは、よもやお忘れではありますまい?」


 ・・・・・・さすがにそれは覚えてるけど、もう少し言い方があるよね?

 それにマルセルさんの目が本気で怖いんだけど。


「あの時はケントさんの左手が、蛇のようにお嬢様の柔肌をもてあそんでいましたことは、このマルセルの目にはっきりと焼き付いています」


 た、確かにすごい冷たい目で馬車の扉を閉めたよね、この執事さん。


「それともケントさんは、あのような時も利き手ではない方をお使いになるのでしょうか? ああ、そう言えば利き手を使わなければ、他人の手のようで興奮するとか、おかしな性癖のある男の話を聞いたことがあります。なるほど、ケントさんもそちらのお方でしたか」


 も、もう、止めてくれ-!!

 俺が悪かった!!

 認める、認めるから!!

 俺は少し、いやかなり特殊用途の左利きだ!!

 ・・・・・・認め方がどこかおかしいな。


 俺は乱れた息と気持ちを整えてから、記憶喪失の前提で話をした。

 そこは譲れない。

「正直、原因は分からないのですが、左手も使えるみたいなのです」

「それは記憶喪失になる前、なった後、どちらからですか?」

「―――分かりません」

「なるほど。騎士道精神を体現して記憶を失った代償に、きっとサフィールの神が恩恵を与えられたのでしょう。では槍探しを続けましょうか」


 え? それだけ?

 俺が拍子抜けするほど、マルセルさんはあっさり納得して、作業を再開した。

 マルセルさんの今の整理だと、俺が左利きになったのはマルセルさんを助けた時以降になる。

 しかし馬上槍試合の時のもたつきをさっきは口にしていた。

 やっぱりこの人、何を考えているのか全然分からない。

 少し用心深くしないとダメだろう。

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