14 恩を売られてみる
「そう言うことだから、ケント、競技会で優秀な成績を収めて衛兵隊へ入ることで、話題を集めなさい」
・・・・・・・裏事情を明かした途端、一切飾らず要求を突き付けてくる潔さには清々しさすら感じるが、受け入れるかは別の話だ。
「だからそれは無理ですって」
「どうしてよ」
「僕はパン屋ですよ? 試合の時の装備も兄貴がエルモ爺さんから借りたものです。自分の剣も槍も持っていない者が、優秀な成績なんて無理でしょう」
「じゃあ、さっきのことをバラすわよ?」
勝ち誇ったような微笑みを浮かべるお嬢様。
領主の御息女様のお身体を撫でて楽しんでいた不埒者の生殺与奪など、手の裡だとでも思っているのだろう。
しかしせっかく転生をしても、衛兵になどなって危険な目に遭うのは嫌だし、そっちがそう来るなら、立場を逆転させてもらおう。
「どうぞどうぞ」
「え?」
「だからバラしてもらって構いませんよ」
俺の返事が相当予想外だったのか、お嬢様は目が点になっている。
実際のところ、俺もこれはかなり危険な賭けだと思っている。
最悪、ごめんなさいをして衛兵になる振りだけはするつもりだけど。
「ご領主のお嬢様が、推薦したパン屋と馬車の中で乳繰り合っているって、公言されるのですよね?」
「ち、ち、ちちくりあってなんかいませんっ!」
お嬢様は顔を真っ赤にして、声がひっくり返る程恥ずかしいらしい。
「そして怪しげな仲のパン屋のお蔭で、お嬢様には大金が転がりこんだ。これ以上は何も言わなくても噂には勝手な尾ひれがつく、それも良くない形でね」
「わ、わたくしが、真実を訴えます!」
「真実がどうだかなんて無責任な民達には関係ないですよ。自分達が思い込みたい、考えたい方向に話をするものですから」
第四夫人の娘ではなくサフィール様として過ごしてきた中で、きっと思い当たる節などいくらでもあるだろう。
お嬢様は悔しそうに黙り込んでしまった。
「ここはケントさんの言われることの方が正しいようですね」
「マルセル・・・・・・」
やっぱりいいタイミングで入って来るわ、この執事さん。
「どうでしょうか、今日のところはお引き取り頂いて、またお話をすることにしては?」
「でも―――」
「ケントさんの先程のお話で少し思い出したことがありまして、私としてはそちらで彼に恩を売ることもしてみたいのです」
おいおい、売り込もうとする先の人間の目の前だぞ?
俺の存在は無視か?
「恩を?」
「はい」
「・・・・・・分かりました。ではマルセルに任せます」
「ありがとうございます。じゃあケントさん、武器庫へご一緒しましょうか」
不承不承なお嬢様へ執事さんは優雅な一礼を施し、俺に朗らかな笑みを向けた。
「武器庫ですか?」
「ええ、私を助けてくださったせいで、お借りされていた武器や鎧がダメになったことはご存知ですよね?」
「え!?」
これは本当に初耳の話だった。
「お教えしてはマズかったですかね?」
「いえ、是非教えてください」
ブラコン兄貴が、また気を遣って隠していたと思った俺は、マルセルさんへ尋ねることにした。
「覚えておられないでしょうが、ケントさんはトマトやレモンなどを全身に受けられたせいで、その汁が大変掛かっていました。私もそうでしたけど」
思い出し笑いをする執事さん。
そう、真っ赤になったこの執事さんを庇って、記憶喪失を考えついたのだ。
「そして失神をされてしまい、何とか鎧を脱がせたまでは良かったのですが、どうしても人命優先ですから、鎧や剣は放置されていたのです」
あー、なるほど、それは間違いなく錆びる。
特にレモン汁なんて酸化物質の典型だ。
「闘技場の者から、お兄さんがどなたかを連れて引き取りに来られたとは聞いていましたが、ケントさんではなかったのですね」
「―――はい」
きっと持ち主のエルモ爺さんだろう。
俺は借り物をダメにして、知らない間に迷惑を掛けてしまっていたのか。
「だから武器庫へ行って、もう使わなくなった武具を差し上げたく思いますがどうですか?」
「それはさすがに」
さっきあからさまに恩を売ると言っていたことへ、俺は警戒感を露わにする。
しかしマルセルさんも曲者らしく引き下がらない。
「武具がダメになったのは私のせいでもありますから。さっき恩を売ると言ったのは本心ですが、それで衛兵になってくださいなんて言いません。本気でそのつもりなら、わざわざ口にして教える必要もないでしょう?」
「・・・・・・確かにそうです」
何となく引っ掛かりを感じながらも、兄貴やエルモ爺さんに申し訳なく思った俺は、マルセルさんに連れられて武器庫へと向かった。
武器庫は、とんでもなく大きな体育館を思わせる建物で、ネットやゲームの世界でしか見たことが無い多種多様な武器や防具が、立て掛けられたり棚の上に所せましと並んでいた。
そのような中、俺はとても見慣れた一振りの武器を発見し、一瞬眉をひそめたが何も聞かなかった。
俺は記憶喪失のパン屋だ、それを決して忘れてはいけない。
我ながら非常に矛盾した、おかしな注意点だ。