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13 サフィールの杖?

「しかし、最近になって少しずつ情勢が変わり始めています。あまり多くをお話しすると混乱されるでしょうし本日は控えますが、ケントさんは、このお屋敷が山の麓にあったのはお分かりですか?」

「はい」

 うちの御神体の御山に比べればかわいいものだが、馬車でかなりの勾配を登ってたどり着いたお屋敷の背後には、茶色い山肌が広がっている。

 さっきも言われていた、天然の要害だ。


「実は、あそこに見えるのは宝の山なのです」

 急に小声になって顔を寄せてきたマルセルさん。

「・・・・・・はい?」

「高価な金や、実用性の高い鉄こそ出ませんが、宝石として価値のあるサファイアが出るのです」

「はあ」

「しかし大きな山のどこに鉱脈があるかなど、普通は分かりません」

「・・・・・・でしょうね」

「勘に頼って力づくで掘り続けることをした時代もありました」

「つまり今は違うと?」

「良くお分かりですね。何時の頃かは記録がないので不明ですが、ある時からサフィール様が、鉱脈をお教えくださるようになったのです」

 

 ・・・・・・ヤバい。

 まともだと思ったこの人もやっぱり少しおかしいのか?

 言っている意味が俺にはまったく分からない

「サ、サフィール様ってユーリ様のことでは?」

 俺は恐る恐る聞いてみた。


「確かに今のサフィール様は、ユーリお嬢様です。これは私の説明不足でした。サフィール様とは、サファイアへとお導き下さる『蒼珠の君』または『蒼珠の姫』のことを指すのです」

 笑いながら軽く手を打つ執事さんに俺は頷いた。

 中二っぽく言えば二つ名、平たく言えばあだ名のことだ。


「ご領主家では、一定の年齢となったお子様たちに適性試験を行って、サファイアを見つけることのできる特別なお力を備えた方に、サフィール様となっていただいているのです」

「そ、それはどんな試験なのですか?」

 とうとう来たか。

 やっぱり転生とか異世界には特殊能力が欠かせないよな。

 聞いたところ探索魔法っぽいのが地味だけど、それでも俺はワクワクした気持ちを知られないように、自然を装って尋ねた。


「・・・・・・さすがにいきなりお教えするわけには」

「別にいいじゃない。いずれケントには見られるものなのだし」

 このお嬢様には、もう色々と別のものも見せてもらったけど、他に何を見せてくれるんだ?

「左様でございますか。お嬢様がそう仰られるのでしたら、あれをお持ちしてもよろしいでしょうか?」

「いいわよ。向こうの部屋から持って来てちょうだい」

 そしてマルセルさんが姿を消して、戻って来たその手には太い針金のようなものが直角に曲げられた二本の棒があった。


 ・・・・・・これってダウジングロッドとか言うものじゃないか?

 しかも結構年季が入って、かなり錆びて歪んでいるような気がする。

 俺は、小百合が興奮して見ていたテレビ番組の記憶を何とか呼び覚ました。

 番組側が適当に埋めた貴金属や荒地の水脈を探させる内容で、二本のダウジングロッドを胡散臭いおっさんが持って歩き、交差したり開いたりする反応で場所を当てるものだった。


「ケントさんはこれをご存じで?」

「いいえ、何のことか全然!」

 やっばりこの執事さん、油断ならないな。

 俺の視線が、見たことのないものを怪しんでいる雰囲気ではないことを察したみたいだ。


「これは『サフィールの杖』と呼ばれています」

 それから執事さんは長々と話をしてくれたが、内容は概ね予想したとおりだった。

 領主一族の子供は毎年行われる適性試験にこれを手にして臨む。

 前もって埋められたサファイアの中で、もっとも価値のあるものを探し出せた者がサフィール様になる。

 今のユーリお嬢様は、めでたく三年目に突入したらしい。


「でも最近、全然っ、感じなくなったのよね」

 お嬢様のいきなりのカミングアウトだが、スケベな意味ではもちろんない。

「サフィールの椅子って座り心地が良いし、普通のユーリになったら、また小さな部屋往まいに逆戻りだし、本当にどうしようかしら」

 その立膝を何とかすれば、椅子の方も気持ち良いと思っているかもしれませんよ。

 聞こえないだろうけど俺の心の声だ。

「すみません、ケントさん。少しお口とお行儀の悪いところはありますが、本当は違いますので」

「うるさい、マルセル!」


 二人の遣り取りに何とも言えない表情を浮かべる俺へマルセルさんが教えてくれた。 

 お嬢様にロッドの反応がなくなったのは、少し前に寝ぼけてベッドから落ちたときに、護符として母親から譲り受けたサファイアの腕輪を割ってしまってかららしい。

 寝相が悪いことは、容易に予想がつくのであえて言及しない。

 特に由来などないありきたりな腕輪らしいのだが、領主の第四夫人だった母親の形見の品で、身につけるようになったその年の適性試験では、それまで反応しなかったサフィールの杖が使えるようになり、失くしたここ最近はさっぱり反応しなくなったらしいのだ。

 

 まだ公にはしておらず、城の宝物蔵にある様々な腕輪でもこっそり試してみたのだが、まったく反応が無かったとのことだ。

 とりあえず暫くは競技会の開催へ領地すべてが気を取られていたのだが、熱が冷めて通常の雰囲気に戻ったら、何時、誰かがサファイアの新たな場所での採掘を言い出してもおかしくない。

 それまでに何とか新しい腕輪を見つけるか、腕輪無しでも反応を出せるようにする必要があった。

 そして競技会が始まると、いきなり現れたおかしなパン屋が、すべての話題をかっさらっていった。

 他の誰でもない俺のことだ。

 それも本当に偶然だが、ユーリお嬢様の推薦である。

 そこで競技会後も時間稼ぎをしたい腹黒お嬢様は、俺を何かに利用できないかと考えたそうだ。


「―――お二人の事情は分かりましたが、今のところ根本的解決はできていませんよね?」

「その通りよ。新しい腕輪もまだ見つかっていないし、見つかってもそれがわたくしに合うとは限らない。だけど今はまだこの席を明け渡す気は無いから―――そのための時間が欲しいの」

 俺の質問に悪びれることなく、困ったように笑うユーリお嬢様。

 母親が第四夫人だと言っていたことや、この大きな部屋の居心地とかにこだわることから、領主のお嬢様と言ってもそこまで恵まれていなかったのかもしれない。

 パン屋の次男に比べれば全然裕福なのだろうけど、俺は少しだけ見方を改めることにした。

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