12 お城のようなお屋敷にて
すっかり恐縮したまま、俺はお嬢様の言うところのお屋敷、どう見てもお城にやって来た。
いや、連行されたと言うべきか。
気分は完全にわいせつ犯罪者だ。
馬車から降りた目の前には、立派な三つの塔を備えた大きな石造りの建物が、これでもかと言わんばかりに視界を占領している。
見た目からはもっと静かな場所をイメージしていたが、どこからともなく聞きなれたと言うか、良く知っているムサイ野郎どものわめき声が聞こえた。
周囲の雰囲気に少し圧倒されている俺の目の前では、お嬢様と執事さんが何やら深刻に話をしている。
やっぱりさっきのこと怒ってるよな。
大声で濡れ衣だと言いたいが、二人共あれから一切俺と話もしてくれなかった。
「お嬢様、どちらを先にされますか?」
「今日は練兵式もしていたのですね。だったら先に受取証にしましょう」
「承知しました」
「それと思ったよりも状況が良くなりました」
「―――なるほど、そうですね」
「では部屋へ戻ります」
「承知しました。ケントさん、こちらへ」
マルセルさんに呼ばれた俺は二人の所へ近づいた。
当然のことながら、お嬢様は決して俺と視線を合わせようとしないが、マルセルさんは全く変わらない態度だ。
逆にそれが不気味すぎる。
さっさと歩き出したお嬢様の後ろにマルセルさん、俺と続いて、青い屋根を持つ塔の下の三メートルはありそうな大きな木の扉をくぐった。
踏み入れた建物は外の喧噪など一切聞こえず、俺はひんやりとしたホールから踊り場のある階段を三階分上がり、廊下の奥にある重厚な扉の部屋へと通された。
「では早速ですが受取証を渡します。こちらは衛兵隊の入隊申出時に見せるものです。それまで失くさないようにしてください」
「はい、気をつけます」
少し顔を赤くしたお嬢様から受取証を貰った俺は、殊勝に返事をしたものの、入隊をする気がないから失くしても特に問題はない。
「マルセル、これでいいわよね?」
「はい、さっそく競技会の賭場へ通知致します」
「やっと賭け金が手に入るわ!! これで何の心配もなく食べ歩きもできるのよね!?」
「さようでございます、お嬢様」
「こんな分の悪い賭けをイリスのせいでやらされる羽目になって、一時はどうなるかと思ったけど、信じられないくらい幸運だわ!」
「ではイリスお嬢様にお礼を申し上げておきます」
「もう、マルセルったら人が悪いわ」
楽しそうなお二人だが、俺には何のことやら。
しかしさっきの喰いっぷりで遠慮してたのか?
このお嬢様、城で飯を食わせてもらっているのか?
賭けのことはほぼ予想通りだったが、今の話ではこのお嬢様も一口乗っていたようだ。
普通は胴元側と思える競技会運営の人間が、賭けを張れるとは思えないのだが、何か裏があるみたいだな。
「最大の功労者であるケントさんには、事情をお話しましょうか」
俺の投げ掛ける視線に気づいたマルセルさんのしてくれた説明をまとめると、誰がどう見ても俺、つまりケントの試合は結果が見えていたので、全然賭けが成立していなかったらしい。
そのため主催者側の事情で、ケントを推薦したお嬢様が代表して賭けをさせられたのだ。
パン屋で力を持て余していそうなケントを、深い考えもなく推薦したことをその時はえらく後悔したらしい。
案内役にお嬢様がいたのも、超大穴のケントヘ良からぬ考えで賭けた輩が、対戦相手におかしな働きかけをしないように目を光らせるためだったとのことだ。
そして俺が予想外に勝ってしまい、お嬢様にはとんでもない大金が転がり込む。
完全に親の一人勝ちだ。
だがそのためには正式に勝ったことが認証される必要があり、本人へ剣章と受取証を渡すことが必要だった。
しかし剣章と受取証を同時に渡すと、その場でお嬢様の笑いが止まらなくなるのを恐れた執事さんが、とりあえず剣章だけ店で渡すことにして、受取証は屋敷でと言うことにしたのだ。
本当はもっと早く持って行きたかったらしく、試合後三日目に動こうとしたお嬢様を何とか止めて、十日間待たせたらしい。
どんだけ金が欲しいんだ、このお嬢様は。
更にこの部屋へ入ってから、お嬢様が急に行儀が悪くなった。
現に今なんかは、椅子の上でスカートのまま膝を立てている。
目を丸くする俺に、お嬢様がニヤニヤ笑いかける。
「サフィールのこんな姿を他の人達が見たら、まず信じないでしょうし、もう大騒ぎよ」
ほんと大騒ぎだぞ、色々見えていることに気づいていないみたいだけど
「まったく困ったものです。でもお心はとてもお優しい方なのですよ」
「マルセル、うるさい!」
真っ赤になったお嬢様は、そっぽを向いてしまった。
お嬢様と小百合が重なるのが、何となく分かった気がする。
あの性悪女児アイドルに似ているのを、本能的に俺は感じていたのかもしれない。
外面の良さと中身のちょとした腹黒さ、そして、まあ、少しかわいいところ。
「ユーリ様がサフィール様になられたのは、ほんの数年前ことなのです。お行儀が些か悪くなられたのも、ちょうどその頃からで―――」
「マルセル、余計なことは言わないの」
「申し訳ございません。ではかいつまんでお話をしましょうか」
再び執事さんの話が始まったが、まったくの意味不明だ。
しかし俺の記憶喪失が前提なので、気にすることなくしゃべり続けられた。
「このサフィルネの町は、かつて隆盛を誇っていたザーブ帝国の南東にあり、東西交易の要の地として非常に栄えていました」
なるほど、この城はその時の遺産みたいなものか。
「それから時が進み、帝国はお家騒動を起こして内部分裂が始まり瓦解をしました。各地を治める領主達はそれぞれ独立をしたり、他の者の傘下へ入ったりと色々でしたが、この地のご領主様、つまりユーリ様の御先祖は、要害と交通の要衝と言った地の利を生かし独立不羈を貫いたのです」
つい日本を基準で考えてしまうから小さな町とか思い込んで失礼だったかな。
俺の住んでいたところでも、ここに比べれば人が多かったから、その感覚で考えるのがそもそもの間違いなのだろう。
記憶喪失らしく既成概念を忘れないとダメだな。
しかしこの町のことが少し分かって良かった。
執事さんは、俺が黙っているのを理解していると感じたらしく、一度お嬢様の様子を窺って更に話を続けられた。