1 プロローグ
雨に濡れた全身を山肌が打ちつける激しい痛みの中、俺は思った。
今度こそは間違いなく死んだな。
次に生まれるなら気楽な次男か三男がいいな。
いや、あんなゴツイ親父の息子じゃないことのほうが大切なポイントだ。
―――やっぱり総体で試合をしたかったな。
美優ん家のパンも美味くしてやるって約束してたのに、きっと怒るだろうな。
小百合ともまだ全然遊んでやれてないな。
それに―――。
考えもしなかった未練や願望を思い描く俺の視線の先には、蒼い瞳に涙を溢れさせた小さな女神様がいる。
そんな顔するなよ、お前のせいじゃないさ。
俺は、小百合にそっくりな顔をした女神の額に、軽くデコピンを入れようとした。
それが合図でもなかっただろうが、俺の身体は勢いよく女神様から飛ばされて一瞬のブラックアウトの後、再び少しづつ明るくなる瞼の裏を感じて思わず溜め息が出た。
―――ああ、またちびっこ女神様に助けられたか。
かなり不本意だけど、後で親父に隠れてハンバーガーのお供えでもしてやろう。
俺は見慣れた光景を期待してゆっくり眼を開きながら、まだ不自然に体が揺られていることに気づいた。
ほんの数秒前に山の頂から滑落していたのだが、それとはまったく違うが少し覚えのある感覚だ。
ぼんやりしていた視界が徐々にはっきりとしてくると同時に、俺は思考と体が一瞬で固まった。
こ、これはどう言う状況だっ!!?
左手には不自然な揺れを感じた原因ともいえる馬の手綱があり、右手には先程まで握っていた御神刀ではなく、見たこともないぶっとい槍がある。
そして何より俺へまっすぐ狙いをつけた槍先で、砂煙を上げる馬に乗って勢いよく突っ込んで来る西洋風の甲冑武者は何なんだ!?
慌てて俺は周囲を確認した。
・・・・・・どうやらここは歴史の教科書で見たようなコロッセオらしき闘技場で、俺は馬上槍試合を行っている真っ最中のようだった。