5 憧れの先輩
7月を越しそろそろ梅雨明けかというある日、午後練に行くと見慣れない人がいた。
「ん、君って陸部の1年生?」
「あ、はい」
「へえー、種目は?」
「長距離です」
「お、俺と同じだね! 名前なんて言うの?」
「な、中原勇輝です」
「中原くんか! 俺は松井洋介って言うんだ。今高校1年」
そこに、浅井と青木がやってくる。
「勇輝ハロ~。その人は?」
「いま高1の松井先輩? だって」
「へぇ~、陸上やってたんですか?」
「うん、てか今もやってる」
「ほお~ちなみにベストはおいくつなのでしょうか?」
「中学の時は3000が8分29だったかな~」
「え?」
「全国で出して、その時3位だったよ」
「えええええ?」
丁度その時に、村上先輩が登場。
「おっ、松井先輩じゃないっすか~今日来るなんて聞いてませんでしたよ~」
「いや、突然部活が中止になったから遊びに来たんだ」
「ふーん。あ、1年生この人が前に言った松井先輩だよ」
「えええええええすごーい!!」
俺を含めて、1年生がもう大興奮。握手してください、サインください、そんなに速いのは、一体どのような秘訣があるのでしょう~~!!
流石にちょっと興奮しすぎたな。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日のメニュー何?」
「今日の午後は確か6000を48だったと思います」
「ふーん。疲労抜きには丁度いいな」
6000を48で疲労抜きか、流石だなぁ……
早速練習を始める。終わった頃には流石にみんな疲れていたが、村上先輩以上に松井先輩は余裕そうな顔をしているって言うかあんまり汗をかいてない。本当にこのぐらいはジョグ程度ってことか。すげぇなあ~
「お疲れ様~。一年生で6000をこのペースで走りきれるって、なかなか見どころある3人じゃない」
「当然ですよ~。全員県大会決めてますし」
「まじか、すげえな~!」
あれから3回の記録会で俺も和也も県大会を決め、正樹は800で新たに県大会を決めた。
ここまででの俺達の自己ベストを俺は頭に思い浮かべる。
正樹 1500m 4分26秒74(県通信、県総体突破) 800m 2分08秒98(県通信、県新人突破)
和也 1500m 4分47秒41(県通信突破) 3000m 9分57秒12
俺 1500m 4分39秒45(県通信、県総体突破) 3000m 10分21秒54 800m 2分22秒95
俺はそれぞれの種目に挑戦してみたが、正樹は800を2回と1500を1回で浅井は3000を2回と1500を1回という感じで記録会に出た。皆なかなかの記録が出たと思うが、正樹はもう下手な2年生より断然速い記録だ。そして、2、3年生の先輩も自己ベストを大幅に更新した。
石田先輩 1500 4分30秒75 3000 9分50秒23
田中先輩 1500 4分25秒43(県通信、県新人突破) 3000 9分41秒54(県新人突破)
村上先輩 1500 4分14秒68(県通信、県総体突破) 3000 8分52秒43(県通信、県総体、全国突破)
800 2分04秒52(県通信、県総体突破) 400 54秒61(県通信突破)
石田先輩もそろそろ1500で県新人大会の標準記録を切れそうだし、田中先輩は2年で1500の県通信を突破するという健闘を見せた。そして村上先輩、あんたはバケモノですか。2日制の記録会にて、400以上のすべての競技に出場するという荒業を見せた。そして3000以外は自己ベスト更新というもはや怪物の域な気がする。3回目の記録会では3000も自己ベストを一気に更新していたし、県でももうトップクラスだろう。
ちなみに、県大会は1種目しか出場できないから青木は1500、村上先輩は3000に出るそうだ。
そして、女子では上野が1500で県新人の共通1500mの記録を突破した。
「なんで県大会に女子1年1500が無いの~?!」
と嘆いていたが、諦めなさい。あんたももう下手な2年より速いよ。
「あはは中原君おもしろ~い」
頭の中で上野が変な顔をしてる。全く、俺の頭のなかでも変なやつだな。
まあ、とにかく小坂先生も満面の笑みを浮かべていたし今年の長距離は大収穫なのであろう。
「お前は俺に続けられるように頑張れ」
松井先輩が村上先輩がの背中を思い切り叩いている。すごい音が鳴ったな……
◆◇◆◇◆◇◆◇
で、只今帰路についている途中なのですが……
なんと隣に松井先輩がいます。なんと、家がすぐ近くだった事が判明したのです!!
因みに和也と正樹とはすでに別れた後だから結構緊張する……
「そう言えば俺松井先輩がジョギングしてるの見たことあります!」
「あ、やっぱり? 俺もなんか君のこと見たことあるな~って思ってた」
「まさかこんなに近所に全国3位の人が居ただなんて本当にびっくりしました」
「まあ今は流石に高3の人とかには勝てないし流石に県入賞止まりだけどね~」
「いやいや1年で県入賞って十分すごいと思うのですが」
「はははそう? ありがとう」
でも、松井先輩はとっても気さくで話しやすい。正樹とはまた違った意味で驚いたな……
と言うか、この学校は全国3位に何かの縁でもあるのだろうか。
「正樹も小学校の時全国3位になったんですよ」
「ええっ、マジで?! 1人だけやけに速いなーって思ってたけど、そんなにだったんだ」
くっ、俺だってあと1年もあればそのレベルに達せられる(と思う)というのに、今はせいぜい県になんとか出られるレベルですというのが歯がゆい。
まあ、来年は結果を残して松井先輩の度肝を抜かせてやりますけども。
「でも、一番なんかいい走りをしてたのは中原だったよ」
なんと。
「本当ですか?!」
「まあ、青木は良くも悪くもパワーに満ち溢れてる感じだな~。浅井はちょっと遠慮気味だ。バランスがいいのは中原だったと思うよ」
なんかそれぞれが性格の真反対の走りをしているな……。
「しっかし村上もやるよな~。入部したての頃は今のお前より遅かったんだぜ。それを良くもあそこまで持ってきたものだ」
「えっ……村上先輩って最初はそんなんだったんですか……」
予想外の話が飛び出てきた。村上先輩ほど速い人は、基本的に中1の時から県でもかなり目立つ存在だったりする場合が多いのだが、村上先輩は俺よりも遅かったのか。
困惑する俺の表情を見てか、松井先輩はカッカと笑う。
「まあ、びっくりするのも無理は無いわな。あいつ、1年の冬に気持ち悪いくらい練習積んで2年の最初の記録会で3000の自己ベスト1分更新したんだよ」
「それは……スゴイデスネ……」
「正直故障しなかったのが不思議なくらいだったなあ。駅伝の練習で5キロとか走った後に毎日一人で6~7キロやったりしてて。少なくとも中1がやる練習じゃなかった」
1日に12キロも走るってどこの高校生ですか。足ぶっ壊さなかったのがおかしいくらいだ……
「まあ、あいつはそれくらい走るのが好きだったんだろうな。今でも自己ベスト更新するとそれは嬉しそうに俺にメール打ってくるんだよ。先輩やりました~って」
どちらかと言うとクールなイメージがあった村上先輩だけど、そんな一面があったんだ……
「もうすぐ県大会だしな。お前も行くんだろ? 俺は合宿と重なって行けないんだけど、アイツの事応援してやってくれよ」
「あ……はいっ」
「ん、ああそうか。お前らも出るんだっけ? 頑張れよ」
「あ、ありがとうございます」
ニカっと笑う松井先輩。そういえば、県通信は今週だなあ……
「じゃあ、俺こっちだから。じゃあな」
「あ、はい。さようなら」
俺は、松井先輩が見えなくなるまでその場に立っていた。足、ムッキムキだなあ……
―――松井先輩の言葉は少なからず俺達の自信となって、本番のレースの時も緊張しない精神安定剤代わりとなってくれていたのだった。