4 厳しくも楽しい日々
「おはよー……」
6月のある日の朝。俺は練習が始まる15分前に学校に来た。そこには、寝ぼけなまこの和也1人がいた。
「おはよう。和也早いなぁ絶対俺が一番だと思ったのに」
「んー、なんか超早く目が覚めたから早めに学校来たんだけど超絶眠い」
「それは災難だったなーここで寝れば?」
「いや、絶対やだよ」
和也は、目覚ましがてらと部室の鍵を開けに行った。俺は、制服を脱ぐと靴をランシューに履き替えて軽くストレッチを始める。
10分前辺りになると、少しずつ人が来始めた。遅く来る人、早く来る人、性格が出るなーとかぼんやり思いながら浅井を待つと、正樹がやって来た。
比較的小柄な正樹だが3年間着られるようにと大きめの制服を買わされたという正樹は、見てるとまるで制服の中で泳いでるみたいでとても面白い。
「正樹おはよー」
「うん、おはよう。和也は?」
「いま部室の鍵開けに行ってるー」
「手伝わなくていいの?」
「多分」
正樹は、制服を脱ぐと俺と一緒にストレッチをし始めた。
「今日のメニューなんだっけ……?」
「朝は3000を50で流して終わりだったと思うよ」
「じゃあ楽だね」
「ああ」
正樹は随分とどもらずに喋られる様になった……俺達限定で。今でも先輩と話している時は聞いているこっちがイライラするぐらいどもっている。面白いから改善してほしくないけど。
正樹の方を見てると、否応なしに目に入ってくるのは顔に似合わないごつい足だ。インターバル練習のたびにこいつは短距離が速いなーと実感するが、こんなに筋肉があるなら納得だなと思う。
正樹は、やっぱり800を専門の種目とするのかと、俺は少し考えた。確かに。青木は800がかなり速そうだ。多分3年になったら全国にも出れてしまうレベルだろう。しかし、800は中長距離の中で1番駅伝との兼ね合いが難しい競技だ。陸上でいい所まで行くのなら駅伝でも入賞してみたいが、その辺はどうなるんだろう。
「おーい、そろそろ集合だって~」
「あ、和也ありがとう。」
まあ、正樹ほどの力のある選手なら、その辺もうまくやれるのだろう。俺は、考えることを放棄すると皆で2列になってジョッグを始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
第1中の陸上部では、まず短距離と長長距離合同で600メートルジョッグをし、体操をしてからそれぞれ分かれて練習をする。
体操が終わると、小坂先生が長距離に招集をかけた。
「今日はメニュー表通り3000を50ね。疲労が抜けるように力を抜いて走ることを意識して」
「はい!」
そして、村上先輩を先頭にすぐにスタートする。黙々とペースを刻んでいき、1000、2000と距離は淡々と過ぎていった。
そして、12分程して走り終える。すぐに村上先輩が皆を促した。
「すぐに流ししてダウン行くよー」
「はーい」
これで午後の練習はベストの状態で行けそうだなと思いながら、俺達は流し―――短い距離を8割ほどで気持よく走る―――を3本走った。
その後はすぐにまた600メートルをゆっくり走って練習の疲れを抜く(俗に言うダウンジョッグだ)。俺は先輩や和也たちと話しながら3周走った。
「次の記録会では何秒狙うの?」
「そうですねーやっぱり3000は得意だし10分20くらいいきたいですね」
「おお、1年で10分20行けたら相当だな~中原は?」
「俺は4分47切りたいです」
「おっ、県通信狙ってんな? まあいけるいける。青木は次800出るんだっけ」
「あ、はい……。2分20位いけるかな……?」
「いやーそんだけ走れりゃ一年でも2分10とか出せるんじゃん? 俺は次こそ全国切りたいな~」
全国大会の標準記録は8分59秒である。
「先輩が全国切れたらもうこの学校のヒーローですね!」
「そうなるといいな~。あ、でも去年の3年の先輩に全国で入賞した人いるけど、それはモテてたよ」
「ええっ全国で入賞したんですか?! すごーい!」
「うん。駅伝も走りゃ区間賞って感じで凄かったな~」
「すごーい、会ってみたいです!」
「時々練習来てるよ。今度来たら紹介してあげる」
「わーいわーい全国レベルの人の話を聞けるんだ~」
全国で入賞した人か、俺も会ってみたいな。
楽しみな気持ちを胸に抱きながら、ダウンジョッグを走り切った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ええー、この時の主人公の気持ちは、……」
授業の3時間目。国語。俺は、よくわからない話を必死にノートに書き連ねていた。
陸上部には「テストで3ケタに落ちると大会に出させてもらえなくなる」という恐ろしいルールがあるため、勉強も疎かにはできないのだ。
物凄く眠いのだが、耐えろ自分! 大会に出たいだろう! 頑張れ自分! フレーフレー!
はあ、ははは。馬鹿なことを考えていたら目が覚めてきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
今日の午後練は、3000メートルをジョッグしたあと、2000メートルと1000メートルを一本ずつ全力走だ。今週末には大会や記録会がないからきつめの練習になっている。
「3000ジョッグ行くよー」
村上先輩が呼んでる。
さあ、今日はどのくらい自分を鍛えられるだろうか。キツイだろうなー。
ふう、死ぬかと思ったぜ……。結局俺は、2000を6分48、1000を3分17で走り切った。結構上出来じゃないかと自画自賛してみる。
夕暮れの帰り道で、俺達は今日の練習について話していた。
「今日の勇輝速かったね~」
「2000はおまえに負けたけどな?!」
「あはは、まぁね~」
「1000は僕が勝った」
「俺は2000も1000も1年で2位か」
「3位は一回もとってないんだから気をしっかり持ちなさい」
「んー……」
俺達って本当に実力が拮抗してるなー、と会話しながら考える。今のところ1500と800は正樹がずば抜けてるだろうけど、3000になると俺も和也も正樹と同程度で走れる。まあ、極端に走力が離れてても嫌だったけど、こりゃ負けると悔しいな。
「でもやっぱり先輩は皆速いね~」
「やっぱりそれ思った? 俺も走ってる時考えてた」
村上先輩には勿論、田中先輩にも石田先輩も今日は一度も勝てなかった。青木は石田先輩と同じ位の1500の記録を持っているのに、経験の差だろうか間一髪でかわされている。
「僕も、石田先輩にラストで抜かされちゃった時はすごって思った」
「やっぱり地力が俺らとは違うな~」
「本当に今年の駅伝どうなるんだろうね」
「選手になれるといいな」
急に走りたくなって、俺は荷物を持ち直すと駆け出した。
「ちょっ、どうした」
「待ってよー」
和也と正樹が俺に追いつき、成り行きで俺達は家まで走って帰ることになる。
……最近筋肉痛がスゴイし、疲れてるからやめとけばよかったなあ~。