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3 初めての記録会

 5月の上旬。少しずつ初夏の風が吹いてくる爽やかな季節。

 まだ朝の4時半だが、俺は眠い目を擦り起き上がった。

 今日は中学校初めての記録会だ。


「おはよー」

「おはよう」


 こんな時間なのに、母は起きて弁当を作ってくれていた。メニューは、おにぎりと玉子焼き、唐揚げにミニトマト……俺の好物ばっかりだ。


「勇輝が陸上初めてから体も丈夫になって、お母さん嬉しいわ~」

「んーん……」


 正直、眠くて唸り声しかあげられないけど。

 俺は母の言葉が素直に嬉しかった。


「だから、今日も頑張ってね~」

「ん、ありがとう」


 さて、後は準備をして……一時間もかかんないなあ。

 俺は駅での集合時間より少し早めに家を出た。今日は、2度寝もできないくらい緊張している。

 ……他校の人に勝てるといいな。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「おはよー!」

「しー、まだ朝だから……」


 朝っぱらからテンションの高い和也を、最近は俺たち限定でどもらずに喋られるようになった正樹が焦り顔で注意する。

 いつもの光景なのに、それはどこかギクシャクしていた。きっと、既に胸のどこかにある緊張が二人をそうさせているのだろう。無論、俺だって既にかなり緊張している。


「ついに今日だね~」

「だな。やっべ緊張する」

「大丈夫だよ。君たち二人とも僕より練習してたじゃないか……」


 正樹に隠れて二人で何度も自主練してたこと、バレてたんだな~。


「…それに、まだ競技場にもついてないよ?」

「ははっ、そうだな」


 駅に着くと、まだ誰もいなかった。五分ほど待つと、先輩がやって来る。


「おはよー。お前ら早いな」


 少し笑いを含んだように言う田中先輩。村上先輩もなんだかニヤついている。


「いやー、緊張して眠れなかったんすよ」


 相変わらず笑顔の和也。やっぱり、俺と同じような理由で早く来てたのか。


「俺もっす」

「僕も……」

「まあ、別に大会とかじゃないから、そんな緊張しなくても大丈夫だよ」


 田中先輩が言ってくれるが、それでもやっぱり緊張するもんは緊張するなぁ~……

 なんて考えていたその時。


「おっはよーっ!」


 和也よりも、遥かにテンションの高い女子たちがやって来た。

 朝からこんなに元気なのはもう引くレベルだわ、これ。


「なんか皆静かだね。あっ、あたしらが元気なのか」

「せんぱーい、おはよ~」


 あっという間に騒がしくなる駅。それでも、緊張が少しほぐれたのは良かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 電車に乗って20分。そこから徒歩で20分。K市陸上競技場に着いた。

 比較的新しい競技場であるそこは、既にかなりの人でごった返していた。


「人、めっちゃいますね……」

「まあ、他市からも結構来てる記録会だからな。こんくらいは普通だよ」

「へぇ~……」


 この人達全員が、陸上をやっているのか……

 全員がとても速そうに見えてきて、慌てて考えるのをやめる。マイナスなことを考えるとその日の走りまでマイナスになってしまう。

 今までも、その考えで何とかやってきた。きっと大丈夫。きっと勝てる……

 俺は、頭のなかに一位でゴールする自分を思い描いた。




 俺達の陸上部で最初に誰かが出る種目は、3000。村上先輩が一組目に走る。

 あまり知らない3年生の短距離の先輩を付き添いに、さっさとアップして招集に行ってしまった。


「村上先輩ってどれくらい早いんだろうね~」

「練習だと誰よりも余裕そうだよな」

「僕達なんかよりは遥かに早いんだろうな……」


 それまで最初の種目である男子共通400mを眺めている。キツそうだな~。

 そうこうしている内にあっという間に400は終わってしまい、いよいよ男子共通3000mのスタートだ。

 青の下地に黄色いライン、そして黒で中学校の名前が書いてあるユニフォーム。比較的小柄な村上先輩も、ユニフォームを頼りにすればすぐに見つけられた。非常に落ち着いている様子だ。


 ……そして、号砲が鳴る。3000mが始まった。


「……すげー」


 思わず声を漏らす和也。

 圧倒的だった。

 最初は3位くらいに着ける村上先輩。だが、一周過ぎても2周過ぎてもスピードは全く衰えない。一定のペースで走るだけで前にいた2人を続けざまに抜き去り、首位に出た。


「先輩、ファイトー!」

「いいですよー!」


 俺たちは、先輩がホームストレートを走るたびに声を枯らして応援した。

 3週目からもスピードはほとんど落ちず、73程度を保っている。2位集団とは、50m近くの差ができた。

 そのまま村上先輩の独壇場でレースは終わる。記録は9分04秒。2位とは10秒以上引き離したタイムだ。俺達は堪らず、ゴール地点まで降りて行って先輩と話しに行った。


「お……お疲れ様でした。すごかったです!」


 目を輝かせて最初に言ったのは意外にも正樹。


「ほんと、感動しちゃいました!」

「俺も、もう心臓めっちゃバクバクいってます。ほんとすごかったです!」

「あ……りがとう。ふー、疲れた~」


 俺達は、もう一言二言話すと、他の競技を見に行くことにした。





 男子共通1500m。男子1年1500mに出る俺たち3人とは別の時間帯だが、流石にアップの時間と被る。しかし、この時間だけ一旦中断して見に来たのだ。

 1500に出る先輩は2人。二人とも1組目で、田中先輩と、石田浩一先輩という人が走る。

 この石田先輩は、あまり喋らない寡黙な人だが、一体どんな走りをするのだろうと気になっていた。


 そして、号砲が鳴った。1500のスタートは、バックストレートが始まる第2コーナー。

 まず飛び出したのは石田先輩。1位につける。その後ろには様子を伺うように走る田中先輩。

 開始から1周半。レースが動いた。田中先輩がペースを上げ、それに釣られた3人が1位集団を形成した。この時点で、石田先輩は2位集団の先頭。


「おおー……」


 思わずため息を漏らしてしまうくらいの緊迫感。ふと2人を見ると俺と同じくらいレースに見入っている。少しクスっとしてレースに視線を戻した。

 田中先輩は流石に少しキツそうだ。1位集団と2位集団の間を走っているような感じで、4位でゴール。記録は4分29秒。石田先輩は、少し遅れて4分37秒でゴールした。

 俺達はまたゴール地点に行って先輩と話をした。


「お疲れ様です!」

「サンキュ……。やっぱ最後粘れねえなぁ~」

「ありがとう。やっぱり田中速えよ」


 2人ともお疲れの様子だ。


「やっぱりお2人とも速いんですね! すごかったですよ」

「いーや、まだまだだな……。学年違うとはいえ3人にも負けたんだ。もっと鍛えなきゃ」


 ここまで向上心があると凄いなーと思う。


「ところでお前ら、招集どうすればいいか分かんないだろ? 俺達《・・》が付き添いしてやるから、ちゃんと覚えとけよ?」


 露骨に反応する石田先輩。いや、確かにあんまり話したことないいですけど、傷つきますよ……。


「ありがとうございます」


 こちらも露骨に笑顔な和也。一種の才能だろうなこりゃ。まあ、俺も仲良くできるのならしたいところだが。


「じゃあ、よろしくお願いしま~す! アップに戻りますね」

「おう、頑張れよ」


 ……俺達はアップに戻ることにした。




 20分後。念入りにアップを済ませた俺達は、先輩と招集をする場所に行った。競技場の建物の中の一室。トラックから直接入れるようになっているそこで、ゼッケンを見せて自分の組を言い、レーンの番号が書かれた布を受け取る。それは安全ピンが付けられていて、自分の右腰に着ける仕様だ。


「あれ、難しい……」


 番号布を着けるのに手間取っている正樹。田中先輩が笑いながら手伝っている。

 そして、1500のスタート地点へと向かった。既に沢山の人が集まっていて、そこは緊迫した雰囲気が流れていた。


「めっちゃ人いますね~」

「そーだなー。今年は結構人数多いな」


 田中先輩が教えてくれる。


「お前ら何組目だっけ?」

「俺と正樹が1組目で、和也が2組目です」

「全員最初のほうか。この大会は大体タイムが速い順になっているから、お前らかなり速いタイムでエントリーされてるみたいだな」


 小坂先生何やってくれてるんですか~。とっさに少し恨んでしまう。


「まーほとんどのやつが最初だしお前らならなんとかなるよ大丈夫大丈夫!」

「そうだね。一緒に走っててホント一年とは思えないなーって思う位だし」


 笑顔の田中先輩と石田先輩。


「ほら、二次コール始まった」

「2人ともがんば!」


 3人の応援に送り出されて、俺と青木は二次コールを受けてレーンに入った。


「それじゃ一回後ろに流し入れてください~」


 審判っぽい人の声で、俺は流しを入れた。大丈夫。体の調子は良い。

 ゆっくりと深呼吸。


「オン・ユア・マークス」


 位置についてがかかる。そして、号砲が鳴った。


 男子一年1500m1組目の始まりだ。





 スタート早々、リードを奪ったのは正樹。流石元全国3位だ。知らずに付いていく奴も居るが、きっといずれ落ちるだろう。俺は、2位集団の先頭に着けた。

 一周目が終わる。俺のタイムは74秒だが、正樹は69で入っている。正樹と、そのペースについていった4~5人のせいで、全体のペースが撹乱されていたのだ。俺は、自分の走りを心掛けた。そのおかげか、俺は5位、4位という風に少しずつ順位を上げていく。二周目からは完全に正樹の独走だ。俺は、その後ろで2位争い。

 二周目と4分の3が終わり、ラスト一周。正樹との差は開く一方だが、そんなことを考える隙がないくらい2位争いは激しい。絞られたのは俺を含めて3人。恐らくこのペースなら5分は切れるだろう。俺はピッチを上げて2人についていこうと腕を振った。

 しかし、どうやらそいつらは俺より一枚上手らしい。一度差を付けられると埋まらない。俺は最後まで諦めずに走り続けたが、結局4分48秒72で4番目にゴールした。




「お疲れ様~」


 走り終わってゼッケンを返したあと、村上先輩と田中先輩が声をかけてくれた。


「3人共かなりすげえな! 特に青木は最初から4分38ってバケモノすぎだろ」


 笑いを含んだように話す田中先輩。正樹は4分38秒、和也は4分54秒だった。


「これは将来有望すぎますね村上先輩」

「そうだな~。青木はラストもうちょい踏ん張れたら最強だな。中原は冷静に自分のペース作れてたけどちょっと思い切りが足りなかった。浅井はラスト一周70だったからスタミナ型かな~今度3000やってみなよ」


 村上先輩がアドバイスをくれる。


「そうですね~。3000かぁ次の記録会で出てみます」

「僕は……次は800に出てみようと思ってます…」

「おー、ふたりとも新しい競技に挑戦するのか~俺は次も1500出ます」


 ニカっと笑う村上先輩。俺もこの人くらいに走れるようになりたいな、と強く思う一瞬だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「おっ」


 正式の記録を見ようと3人で掲示板を探し、皆の記録を見た。


「正樹はダントツ1位だー! 勇輝も4位で俺も7位だから1組目の順位がそのまま決勝の順位になってるね」


 先に見つけた和也が教えてくれた。 

 そういえば、小坂先生が前に

「こういう記録会や小さな大会では予選レース決勝レースを行うんじゃなくて、タイムレースと言って何組かに分けて走って、それをタイム順に並べて順位にするんだ」

 って言ってたなあ。


 そんなことを考えながら記録を見つめると、意外とかなり上位の方に皆の名前があった。

 上野は女子1年1500で1位。田中先輩はそのまま4位。そして、3年の先輩は軒並み出た種目で8位以内に入っている。以外だったのは、俺もあんまり話したことがない一年の大田が、『共通』の走高跳で5位に入っているところだ。記録は160cmとなっている。他の1年生は、1年だけの種目ではギリギリ7~8位にかすっている人が多数。かなりの戦果のように見える。


「この学校ってレベル高いのかな……」


 思わずといった感じで正樹がつぶやく。


「俺達もその一人じゃないか!」


 あ、正樹が和也に背中を思い切り叩かれて悶絶した。おもわず俺も笑ってしまう。


「はははっ、……これは総体が楽しみだね」


 そして、3人でニッコリと今日の走り(戦い)を称え合った。



◆◇◆◇◆◇◆◇


「気を付けー礼ー」

「お願いしま~す」


 午後4時半ごろ。記録会が終わり、あとは先生からのミーティングで終わりだ。


「はい! それじゃあ話します。

……ええっと、今日はみんなホントに頑張ったね! 自己ベストの嵐だったから先生もびっくりしちゃった。冬の練習の効果が出てきてるから、各自これからも頑張るように! 1年生も、初めての記録会お疲れ様。特に青木、上野、大田の3人はよく頑張った。総体でも今年は1位が狙えるから、皆練習頑張ろうね! それじゃ、部長」


 先生が話してる間、俺を含めて全員が目を輝かせながら小坂先生の話に聞き入っていた。その背中に浮かび上がるのは、激しく燃える闘志の炎。

 総体で1位になりたいという思いが、皆の心を一つにしている。それは、とても心地よかった。


「気を付けー礼ー」

「ありがとうございました!」




 ……そしてそれは、ここから始まる長いドラマの序章だった。

 


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