プロローグ
陸上の、全中。
その場は、かつて感じたことのない熱気に包まれていた。
―――不思議なものだなあ。
男子共通800メートル決勝。雑誌にアップで載っているような有名な顔ぶれもチラホラと見かける。
いつもの俺なら、ガッチガチに緊張していただろう。だが俺は、どう形容していいのかよくわからない、ふわふわとしたとても穏やかな気持ちに包まれていた。
レース前にこんなにも平穏な気持ちでいるのは初めてだ。3年前に小学生の全国大会に出た時は、あんなに固くなっていたのに……
ふと観客席の方を見ると、知っている顔を2つ、発見した。
まっすぐにこちらを見ている中原と、祈るようにしている浅井。
そうか、そういうことだったのか。俺はようやく気づいた。
そして、この気持ちを与えてくれた、そして俺が折れずにここまで来ることを支えてきてくれた二人への感謝が、胸を駆け巡った。
―――走ろう、おもいっきり。―――
号砲が鳴る。それと同時に、俺を含めた8人が、走りだした。
日本一を決める戦いが、今始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
―――君はいつも、達観しているような、何かを諦めているような不思議な目をしていたんだ。
最初で最後の、全国中学校駅伝大会。アンカーの俺は、5区の裕樹と今タスキリレーをしようとしていた。
―――そんな子供離れした視線を持っていた君に、俺は興味を持った。
今にも倒れそうな表情の裕樹。それでも足だけは、正確にこちらに向かってくる。
―――でももう、君はそんな目をしなくなったな。
俺は手を伸ばして、実に正確に……これ以上ないというくらいのタイムロスの無さで裕樹からたすきをもぎ取った。汗だらけのそれを、俺は手に持つ。
―――こんなにも強くなったんだから、それも当然か!
俺はタスキを肩に掛けると、背後から荒い息に混じって聞こえてくる応援を胸に、全力で走り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
今日の練習は、8000を43のペース走。
なかなか速いペースだから、5000辺りでかなり苦しくなった。
ふと隣を見ると、和也はとても余裕そうに走っている。
―――こんなところで負けていられないな。
俺は大きく息を吐くと、肩の力を抜いて楽にすることを心がけながら走り続けた。
後ろからは正樹の力強く地面を蹴る音が聞こえてくる。
こいつらと一緒に全国に行くのが夢だから、俺は今日も走り続ける。