アノ頃ノ『僕』ハ
静かな部屋の中で、マウスのカチッカチッというクリック音とキーボードを打つカタカタという音が響いている
PCさえいじったことのなかったあの頃は、ローマ字の文字入力ができず、授業ではローマ字入力表を見てキーボードで入力していた
静かな部屋に響くそれは、もう慣れきっているように小気味のいい音を奏でうち込まれていく
見るのは画面だけで、もはやキーボードなど見る必要はない
ネットに生きる僕の人生は最初はチャットから始まった
ローマ字入力が出来るようになりたてのあの頃は、チャットについていくのもやっとで、追いつけないこともしばしばあった
見知らぬ誰かとの会話は、僕にとってはとても気楽で楽しいものだった
顔も知らない
声も知らない
年齢も知らない
住んでる場所も知らない
ちょっとしたくだらない会話を楽しめる良い関係
仲良くなれば年齢や住んでる都道府県の話をしたりもする
それはそれで話は盛り上がって楽しい
中学生の頃は もっぱらPCでチャットして、楽しんでいた
あの頃はアバターを使っておしゃれをしたりして会話をするのが流行っていた
随分 懐かしい思い出だ
高校に上がれば やっとの事で買ってもらえた携帯をいじるようになり、PCをしなくなった
初めての携帯は海外の流行りの携帯で、自慢だったのも懐かしい
今じゃ 古い機種となり、反応も鈍くなったポンコツ扱いだ
携帯でネットするようになっても、キーボードを打つ あの感触は未だ忘れられない
携帯でネットをするようになってからは、チャットから交換日記に移行した
中でもお気に入りだったのは、アニメや漫画のキャラクターになりきって交換日記をすること
自分ではない何かを演じる事が楽しかったのだ
時間が経つにつれ、ネット社会でも流行りは変わっていった
チャットとも違う、日記とも違う
この二つに似ていて似ていない
時間など気にせず
誰かと会話をしているわけでもなく
ただあったことを述べてコメントをもらったりして会話が始まる
ゆったりとした時間の流れの中で誰かと繋がっている
その時代に流行ったのはそんなものだった
SNSはどんどん機能を増やしネット社会は充実していった
メールなんて機能はほとんど使うことがなかった
時代、時代で流行るSNSは変わっていったが、その中でも僕はある一つのSNSにハマった
もう僕は数年やっていて、飽きる気配をみせない
僕は趣味である アニメや漫画の話をする趣味のアカウントを主に活動していた
PCの時代からネット社会で生きていた僕にとっては ネット社会での繋がりなんてものは脆く、出会いと別れが激しいことを知っていた
深く関わりすぎてはいけないのが暗黙の了解だった
たかだかネットだけの繋がりでありながら 相手のリアルに土足で踏み込むような行為はタブーであったし そういう話は重たい
せっかくのネットでの関わりだ
もっと気楽に楽しい話でもすればいい
趣味のアカウントは、やはり趣味でもシーズンごとに関わる相手が変わってくるし、趣味にも旬の時期があるため、それが終われば仲の良かった人も いろんなものにばらけていく
それだけ出会いと別れは激しかった
そういう繋がりの中でも 好きなものが変わっても仲の良い人達というのはいる
どこまでも仲のいい人は プロフィールのところに「嫁→ 」なんてつけたりする
そこまで仲の良い人達が羨ましくもあり、微笑ましかった
オフ会をしたりする人もいて、現実でも仲良く遊べる関係に憧れもした
ネットでの関わりなんてものは たくさんあって ネット社会で生きるのもそういう様々な関係が好きだから止められないのだ
でもやはり出会いと別れが激しすぎる
以前どんな人と仲良くしてたかなんて忘れてしまうほどに
出会いと別れが激しいから深く関わらないようにしていた
縁が切れたときに悲しいなんていちいち思っていたらキリがない
それはネットの中だけでなく現実においても自分の中では最も守るべき掟だった
それなのに君は僕にその一番大事にしていた掟をたった一日で破らせたんだ
たかがSNSで出会った人間相手に僕は本気で恋をした