私と彼
「こんにちは」
それはいつのことだったでしょうか。
「話があるんです」
彼はいつも笑顔を絶やさないでいたはずのに。
「そのワンピース、よく似合っていますね」
その日は浮かない顔をしていました。
「いえ、そんなことを言いに来たわけではないのです」
彼はしばらく口ごもった後、悲しそうに言いました。
「僕、引っ越すことにしたんです」
その声のトーンは低く、ひどく辛そうな響きをもっていました。
「一週間後に……別の国へ」
彼との距離がさらに遠くなる。
「離れるのは辛いけれど、だけど」
彼は申し訳無さそうに私を見て、
「ごめんなさい」
何度も、
「ごめんなさい」
頭を下げて、
「ごめんなさい」
悲しそうに謝罪の言葉を述べました。
「約束を守れなくて、ごめんなさい」
彼と友人としての付き合いを始めてから二年が過ぎた頃、私達は約束をしました。
「ずっと仲の良い友人でいようと約束したのは、僕だったのに」
永遠の友情を確かに約束したのです。
「あなたが他の人と結婚するというのを聞いてから……」
ある日突然、両親はある男性を私の結婚相手としていきなり連れてきました。
「どうしようもなく胸が痛むのです」
その日の夜、私は部屋で一人泣き続けました。
「……あなたの結婚を、友人として祝福しなければいけないはずなのに」
友人である彼のことがどうしても頭から離れなかったのです。
「あなたの顔を見ると、辛くて仕方がありません」
彼のことを思うと、胸が張り裂けそうな思いになります。
「友人としてあなたと接するのが、苦しいのです」
彼は俯き、数秒が経過してから顔をあげました。
「だからしばらく外国に行くことにしたんです」
彼は力なく笑います。
「いつかまた、友人としてあなたと接することができると思える日まで」
彼の目から、涙が溢れました。
「お別れです」
彼は私に背を向け、最後にぽつりと言いました。
「お元気で」
最後は彼の姿がぼやけて、見えなくなりました。
その後、私はずっと同じ街で暮らし続けました。
彼と再会することはありませんでした。
多分今後も、彼に会う日はないのだと思います。




