贄
イゼルが……自分で?
何故。
幻想的な雨降る森の小さな家に
一人佇む少年……いや、
最後に見た姿は――
「想い出に浸るのは後回しに
して頂けませんか?
一つ確認したいことがあります」
その姿を一秒と脳裏に留める間もなく、
奴の冷淡な声でノイズと化してしまった。
「…………。」
「四時彷徨狭時空は、ずっと雨だったでしょう。
あそこは確か雨で侵入者を知らせるように
なっていますから」
“四時彷徨狭時空”
それは恐らくイゼルのいた世界を
指すのだろうが、セキは素直に答える気など
さらさらなかった。
「何のことだか」
例え構わず続けるラウルの表情からは
自分のそんな感情を読み取っているのだと
有りありと分かっていても……だ。
「貴方はそこで主を見た筈です、
どんな姿をしていましたか?」
「……主?」
セキはこのままこの男の質問を無視し、
やり過ごすつもりだったのだが、
“主”という単語にうっかり反応してしまった。
「ええ、そうです」
口にしてしまった後、
チッと心の中で自分に舌打ちをした。
「どんなって大きな鳥のことか、それが何だ」
が、今度はラウルの方が押し黙ってしまった。
「聞いたからにはどういう事か
説明したらどうだ?」
「いえ、特別何もありません。
ただ報告書通りだと思っただけです」
にしては、奇妙な間があった。
その疑問を察したのか
ラウルは俺の方を見る訳でもなく話しだした。
「狭間とはいえ一空間を任されている
管理官の責務は重い。
失態を犯せばそれなりの罰を
受けなければなりません」
それは――本人の口から聞いた。
「そして当然その監督官である主にも
適応されます」
俺の方を見ながら表情一つ変えず、
「貴方が見たという主、
元は人型だったと聞いています」
そう言った。
え?
「い、いや、そんなハズはない。
イゼルは最初からその姿であるかの
ように言っていた」
「で、しょうね。
そこの主は非常にあのデスィルに
甘かったようですね。
自分の所為でそんな姿になっていると
その者に知れたら悔やむと思い
記憶のすり替えが行われたのでしょう。
全くデスィルにしてその監督官です」
当然の処遇でしょうとラウルは独りごちた。
「これで何となく貴方が二度までも
あの世界に迷い込んだ企図が見えてきました。
つまりはそういうことのようですね」
「…………?」
意味ありげにセキに目を遣るが
その意味が彼には分かるはずなどなかった。
「異次元といえば何を想像しますか?
貴方達の世界での表現は何だったか
平行世界、パラレルワールド、多角次元、
或いは四次元?
過去、現在、未来どれもが似て非なるもの、
曖昧であり、恐らくは存在するであろう世界
……でしたか?
目に見えないもの、理解し難いものを
否定するきらいのある君達にソレを
説明するのは時間の無駄でしょう」
「時を自由に扱えるヤツの台詞とは
思えないな」
「それを貴方達ごときに施さなければ
ならないのが手間だと言っているのですよ」
の割に随分ベラベラ喋ってないかと
口を挟めば、
「ええ、どうしてこんな情報を
貴方にタレ流してると思いますか?」
と質問で返ってきた。
「どうせ後で俺の記憶を
全部根こそぎ消すからだろ」
「流石に飲み込みが早くて助かります」
そう余計なことまで付け加えて。
「それはさて置き本題に入りましょう。
向こう側にいった人間は通常
戻っては来れないはずなんですが、
しかも貴方は特別な約定が成立のもと、
あちらへ行かれているというのに
……よく逃げてこれましたね」
「“生け贄”という意味か」
ほう、と一瞬だけラウルは表情を変えた。
「デスィル自らそう言ったのですか?」
「…………。」
「どうやら色々、異世界者に打ち明けた上で、
元の世界に帰しているようですね
これは……ただじゃ済まないでしょう、ねぇ」
ラウルが嬉しそうにニヤリと笑った顔に
ゾクッと寒気がした。
「イゼルはどうなるんだ?」
「彼らは相応な制裁を受けてるでしょう。
いえ……それ以前に生きているかどうか」
ラウルの笑がますます深まる。
「通常何らかの問題で紛れ込んだ
異端者の処理は、そこでの均衡が崩れるとは
表向きで後々手続きやら処理が面倒ですから、
放り出して異空間で永遠に彷徨させるか
好意によって平行世界に飛ばされるか、
若しくは手っ取り早く抹殺するのが鉄則です。
容赦なく出来るよう訓練されてる筈、
ですが……とセキをチラ見した。
「もし殺し損ねた場合、
極希に向こうの管理者によって
記憶を消去されて戻される事はありますが、
それもこれもあくまで“贄”以外の対処法です」
「“贄”は一択という訳か」
「どうやら……そのデスィルを
丸め込んだだけのことはありますね。
どんな手を使ったんですか?子供相手に」
「子供?」
「ええ、狭間のデスィルは子供しか
存在していませんよ」




