一緒に生きよう
「でも、いまイゼルが
こうやっているってことは
前回はそうはならなかった……だろ?」
それは雪が降ってすぐに君を別の世界へ
送れたから、運良くエマージェンシーが
解除されただけの事。
「だっ、だったら今回も――」
今回は勝手が違うとイゼルは続けた。
「もう一度言う。
この狭間には管理官と時空獣“のみ”しか
存在しえないんだ」
セキはその意味を漸く理解して目を見開いた。
「ウソ……だろ」
「僕とて例外ではない。
信じようと信じまいとその真実は変わらない」
「ウソだっ!!」
セキは例えさっきから時々何度もイゼルの目が
赤く点滅しているように見えていたしても
その所為なんだとは認めたくなかった。
「僕の意識がまだハッキリしている内に
君を戻さなければ手遅れになってしまう」
「ビィィーーピピピピッ!!!!」
ビューィジの声が先程よりも高くけたたましく、
しかも短い間隔で何度も聞こえてくる。
「うわっ!!!!!」
家がグラリと大きく揺れた。
「この結界もそろそろ限界だ」
「一緒に行こう、俺の世界へ。
そうすれば此処でのルールに
縛られることなんか」
「行けない」
「どうしてだ!?
イゼルならそれは可能だろ?
俺と共にそこで生きよう」
「……そうだな、行ってみたかった。
君が生まれた世界に」
「だから行くんだ、一緒に」
「…………セキ、
唯一の手段は此処での記憶消し
支配の及ばない時空へと逃がすこと
それが僕に出来る唯一の選択。
また君は全てを忘れるだけ。
それで良いんだ」
「イゼル、そんな顔で言っても
全然信憑性ないから」
その泣きそうに笑う顔に
真実なんかあるものか。
「もう僕のことは忘れろ」
思えば、今にも泣き崩れそうなのに
こういう意地だけは絶対譲ろうとしない
このイゼルの気高さが何より好きだった。
「断る」
「近寄るな」
踏み出そうとしたセキを
イゼルは言葉で制す。
「イゼル、俺は」
「寄るなっっ!!
僕が今の姿でなくなるのを
君に見られたいとでも思うのか!?」
「馬鹿……」
伸ばした腕が、手が、
その体に触れる。
「……もう、どうでも良い、
どんな姿だって構わないから。
君に殺されるなら本望だ」
だが、抱きしめたイゼルの体の震えは、
セキがどんなに強く抱きしめても
収まることはなかった。
「馬鹿は……どっちだ」
いい加減、俺の本気を思い知ったらどうだと
告げるとイゼルは嗚咽を上げて
泣き出してしまった。
それでも何度かのキスを繰り返した後、
イゼルはゆっくりセキから体を離した。
「セキ、ずっと言いたかったことがある。
これは前にあった君にも言ってない。
初めて言うから……今だけでも覚えててくれ」
「今だけって」
もう二度と会えないみたいな
言い方をするなと抗議しても
イゼルはただ静かに笑っている。
それは、まだ一度も見たこともなかった
特別な笑顔だった。
「ナーシェ、ゼデアル……リ、ヴィ……」
頭が割れそうに痛い。
「や、めろ、何してる?
また記憶を消すつもりか?」
いくら耳を塞いだところで
その声は頭の奥へと浸透してくる。
拒もうにも身体の自由が徐々に失われ
立っているのさえキツイ。
……これもイゼルの仕業なのか。
「ヴィデアラク、レギジズト……レンシアブ」
「イ……ル」
思考が急激に落ちていくのが分かる。
次第に目もかすみ、ただボンヤリと
イゼルの口元が動いているように見えるが、
その声は殆ど聞こえない。
「…………。」
目の前に……誰か――いる、のか?
“セキ、愛してる”
……ダ……レだ?
それが恐らくセキが目にした
イゼルの最後の姿だった。
「時空は無限で、
そして狭間も限りなく存在する。
通常でには見えない、気付かない
知りえない、君達にとっては
虚無の世界が生まれては消えていく。
それは常に蠢いていて少しづつ修正を
繰り返しながら微細な均衡を保っている。
が、それも常に磐石ではない。
そこで管理する守人が存在するんだ。
微生物や粒子、稀に昆虫や精々極小さな
小動物くらい。
本来なら僕達が接触することなど
皆無なのだが君は贄として選ばれ、
出会ってしまった。
人型を見たのは何も君が初めてではないのに。
君は最初から特別で、
僕は君が―――」
それらは時空闇に溶けていくセキの耳に
もう届くことのない言葉だった。
“君が忘れても僕は覚えてる”




