終焉の刻
目覚めてすぐ隣に手を伸ばしたセキは
既に冷たくなっているシーツを感じて
溜息が漏れた。
「寝てないよ」
ダイニングでイゼルを見つけた瞬間、
開口一番でそう口にすると
案の定、自分の顔を怪訝そうに見返し
何の事だと言い返す言い方が
あまりにらしくてこんな時なのに
つい顔が綻んでしまった。
いや、寧ろこんな時だからか。
「ノーチェを抱いたりしてないから。
……証拠にカラダだるくないだろ?」
「僕が何時そんなことを聞いた?」
「聞きたそうだったから、一応」
「余計な気遣いだ」
こんな風に君と話していることで
今ある現状を少しでも直視せずに
いられればと、あざとい言葉を使う。
そうでなければ、憔悴しきっている顔に
掛ける言葉が見つからなかった。
「イゼル、俺はやっぱり帰らないよ」
「僕に君が殺されるのを目の前で見てろと?
それを見て平気でいれると君は思うんだな?」
声を荒げているわけでもないのに
怒りにも似た感情が伝わってきた。
「違う」
「違う?何処がだ?
結果そうなると分かってるのなら一緒だろ」
出会った当初のイゼルはそれこそ
秘密をひた隠しにしていた所為もあって
無表情で滅多に感情を表すことはなかった。
だから、その冷淡な口調も相まって
言動の意図を上手く汲み取ることが出来ず
セキも又イライラすることが多かった。
だが、今は違う。
過去の関係が露見してからこっち、
言い方も表情も大して変わってはないのに
セキにはイゼルの動揺さえも
つぶさに分かるようになっていた。
それこそ痛い程。
「セキ――僕に生きる意味をくれないか」
「え?」
「君が死んだらと考えるだけで
どうにかなりそうなんだ。
だからもう良いんだ、
君が生きているだけで僕は良い。
此処でなくても例え一緒にいられなくとも、
それだけで」
「…………。」
それは笑っているつもりか?イゼル。
そんな顔で自分を説得できるとでも
思っているのか?とセキは唇を噛み締めた。
「共に生きるという選択は無いのか?」
セキに対しイゼルはかぶりを払い俯く。
「無茶を言うな。
僕の立場ではどうすることもできない。
君を生かして僕も等と虫のいい話は
許されるはずないだろ」
「俺の意見は何一つ聞き入れてくれないんだな」
「……セキ……。
頼むから僕の為というのなら
大人しく言う通りにして欲しい」
「……!?」
その時、セキはある事に唐突に気が付いた。
思い返せば昨日もそうではなかったかと
問おうと瞬間、イゼルが小さくあっと声を上げ
窓の方に顔を向けた。
そして外を見たイゼルの目は
徐々に大きく見開かれていく。
「花か?前よりも開いてるのか!?」
セキも慌てて窓辺へと走った。
確かに先日よりも更に開いている。
蕾だった他の花も。
「くそっ」
だが、そう舌打ちして横に振り向くも
イゼルの視線は花というより空にあった。
「どうした?何かあるのか?」
「雨が……上がってるんだ」
「え?」
雨が上がってる?
いや、そんな馬鹿な。
現に依然セキの視界には
雨が音を立てて降り続けていた。
「イゼル、雨は止んでいな……っ!?」
一瞬グニャリと視界が歪んだかと思うと
セキは目眩を覚え吐き気にみまわれた。
(な、なんだ?今の)
頭を抑えて立ち上がり再びイゼルを
見直したセキは、目の前の光景に
我が目を疑った。
「だろうな。
正確に言えば僕には見えなくなっただけだから。
……どうやら僕は更迭されたらしい」
すぐ真横で外を眺めているイゼル。
「だからといって
君が異端者であることは変わりない。
きっと新しく管理官になった者には
この雨が見えて警告が鳴り響いているだろう」
「罰が消えたのか?」
「いや寧ろ逆だろう。
その必要すら不要になった、と言うべきか」
「どういう意味だ?」
「不適合だとみなされたんだ」
セキはゆっくりイゼルの背後に回って
その背中を抱きしめた。
「……そうなればとずっと思っていたが、
俺の想像を遥かに超えてる……綺麗だ」
「ああ、そうだな綺麗だよ此処は」
「違う……イゼーチェル、君がだ」
同じ丈の背中に顔をうずめて
セキはそう呟いた。
「…………!」
彼の肩が僅かに動いた。
そして先程、気付いた違和感が
セキ自身の中で確信に変わった。
「耳、何時から?」
「……一昨日あたりから微かに」
イゼルは観念したかのように白状した。
「……何故俺に黙っていたかは
この際不問にしとく。
その代わり昨日の俺の独りごと聞いたな?
返事、聞きたい」
セキは抱きしめていた腕に力を込めた。
「今はそんなこと……んっ……よ……ぁッ」
その声が上擦ってしまうのは、
セキの甘い声と吐息が耳をくすぐるからで。
「ずっと我慢していたのは自分だけだと
思っているのか?」
「セ…………ッ」
声が途切れるのは
セキの舌が邪魔をするからだ。
「ん……は、離せッ」
「昨夜はあんなに積極的に
俺を誘ったくせに?」
大人の姿で耳まで真っ赤になりながらも
こちらを睨み返す彼に堪らず耳に唇を寄せた。
「……やめ」
「イゼル、返事は?」
やっとこれが本当の“イゼル”なのだと
互換で感じると同時に今まで二人のどちらにも
持った事のないゾクゾクとした淫欲的感情が
せり上がってきた。
「君を滅茶苦茶にしたい……良いな?」




