刹那の誘惑
「待つなど愚かな行為だ。
真実など話さずにもっと早くに帰すべきだった」
陽もだいぶ傾きかけた頃、イゼルは
ポツリと零した。
「イゼル?」
「これでもセキと出会う前は上手くやれてた。
時空獣が手に余る時は自ら幾つもの人やモノを
なんの躊躇いも疑問もなくこの手にかけてきた。
なのに君だけは……
管理官としての立場より君を優先してしまう。
何時も、何時もくだらない感情に
囚われて最善の選択を見誤るんだ」
「…………」
「もう、散々手を尽くした。
君が来てからずっと色んな方法を模索してきた。
だが……どうしても見つからないんだ。
殺すか理に背いて帰すか、
二者択一の中で僕は前者を選べない」
「…………分かってる」
泣いているのか、イゼルは
全くその顔を上げようとはしない。
「俺と出会わなければ良かったか?」
その返事は返って来なかった。
「何故、戻ってきた?」
「君が呼んだからかな」
「僕がどんな思いで君を帰したと思ってる?」
「俺が真実を知った時に感じた痛みと同じだ。
だから、俺は元の世界に帰れたとしても
何度でもきっと此処に戻ってくる」
セキはテーブル越しにイゼルの手に
自分の手を重ねた。
「イゼルがいる限り」
「……気軽に言ってくれる」
「本気だ」
「君は残酷だな、あの時の辛さを
もう一度僕に味わえっていうのか」
「違う」
「違う?本当に違うと言うなら、
お願いだ、今度はちゃんとさよならと
僕に別れを告げてくれないか。
もう待つなって、でないと僕はまた――」
イゼルの冷たい指先にセキの手が絡む。
「それは出来ない。
イゼルを誰よりも愛してるから」
「君は……本当に残酷だ」
セキが絡ませた指にイゼルが
ゆっくり握り返した。
「セキ、こっちに」
そう言うと徐にセキの手を取って歩き出した。
着いた先は――寝室。
セキをベッドに座らせた後、その肩を押し
自分はセキの腹辺に馬乗りになった。
「どうしたんだ……イゼル?」
イゼルは自分のシャツの襟元を緩め
前をはだけさせた。
「僕を抱けよ、君とセックスがしたい」
一瞬何を言われたのか理解できず
セキは唖然としてイゼルを見返す。
それに耐え切れなくなったのか
一旦、イゼルは俯いたものの再び顔を起こし、
真っ赤になりながらもセキの唇に口付けた。
「……そんなに驚くこと、ないだろ。
僕はずっと我慢してたんだ。
触れられたくって、君を感じたくって
仕方がなかった……でも、
こんな姿では君を上手く誘えない」
積極的な言葉とは裏腹に
触れられた唇は微かに震えている。
「イゼル、その誘いは死ぬほど嬉しい。
でも、やっぱり俺に子供は抱けない、
中身が大人だと知っても無理だ。
なにより……君の今の体では
俺のを受け入れられない」
セキは揶揄する場所を服の上から指で弄り
イゼルがビクッと体が浮く反応を見て
覚えてるんだな、と苦く笑ってみせた。
「痛くても怪我を負おうと構わない。
この姿に抵抗を感じるなら
目を瞑っていればヤればいい。
勃たないというなら僕がそうさせるから
……セキ、君が欲しいんだ」
弄っていた手を掴まれたかと思うと
そのまま手のひらをイゼルの舌で舐められた。
「イ……イゼル!?」
「僕ではそんなに不満か?」
羞恥心の強い彼がこんなセリフを
口にするなど余程のことだ。
その虚勢を張る必死さが、
とてつもなく可愛くて、愛しくて
そして、なにより―――切ない。
馬鹿だな……
何がまだ時間があるだ。
もうそんなに二人でいる時間は
残りが少ないって言っているような
ものだろ、それって。
イゼルがこんな形振り構わない行動に
出る事自体、それだけどうしようもないくらい
切羽詰った状況なのだと分かっている。
だが、頭で理解できてもこればかりはと
セキはどうしても応じる事ができなかった。
髪や顔、首筋のいたる所にキスは出来ても
それ以上ともなると自制心の方が
遥かに勝り進むことは出来ない。
その後も何度か懇願されたが
セキが決して折れないと分かり、
漸くイゼルは諦めたようにベッドに
突っ伏してしまった。
さっきまでの自分の言動が恥ずかしいのだろう
こちらを向けない彼が愛しくて、その背中を
向けたままのイゼルを優しく抱きしめる。
「イゼル……随分勇気がいったろ。
すまない、でもどうしても今の君は抱けない」
イゼルの小さな体はセキにスッポリと
抱え込まれるくらい儚い存在で、
中身と外見のアンバランスさを疎ましく
感じているのは何より彼自身の筈だ。
「クソッ!これ以上ない効果的な罰を
してくれる……俺も同罪で手が出せないって
知った上でイゼルをこんな姿にしたとしたら
全く大したものだ。
子供の姿なんかでなければ……
元のイゼルなら、頼まれなくとも
離れないと無理やりでも誓わさせるくらい
君を滅茶苦茶にしてる」
それは今のイゼルには絶対禁句だ。
だからこそ……
聞こえないと分かっているからこそ
吐ける弱音だった。
「……ん」
イゼル抱きしめていたままセキは
気を失っていたようで目を開けると
ノーチェの姿をした彼が立っていた。
「セキって本当いっつも寝てるね、
ねぇ、ご飯食べよう?」
「ああ、お早う、ノーチェ」
彼を見て改めてセキは感じた。
逆もそうだと。
ただ体が欲しいわけではい。
例え大人のノーチェであっても
彼の中に“イゼル”が
存在しなければ同じなのだ。
「ね、セキ」
「ん?」
「ううん……何でもない」
「……そうか」
その夜、ノーチェはご飯もそこそこに
セキの傍を離れようとはしなかった。
彼なりに何かを
感じ取ってるのかもしれない。
もしかしたら君も、
―――あの花を見たのか。




