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カウント・ダウン


「この家も自体が結界の中にある。

此処にいれば僅かな時間稼ぎになるとしても、

もう花が咲けば――」



「どれくらい猶予がある?」



「……まだ大丈夫だ」



「本当か?」




「ああ、あの花が散るまでは」




「散るまで……」




セキが見遣った視線の先には

深紅の花々の蕾が咲くのを

今か今かと待ちわびているようでもあり、

それはあたかも、その毒々しさを

殊更誇示するかの如くセキの目には映った。





「君は何があっても無事に帰す」



外を見て茫然としながらも

イゼルは独り言っぽく呟いた。



「今、そんなのどうでもいい。

俺はイゼルの事を心配してる」



「そんなの?……無理するな。

君が妹さんをどんなに

大事にしていたかは知ってる。


両親がいなくなった今、唯一の救いは

君しかいない、そうだろ?


僕の心配など、それこそどうでも」



「イゼ……」



確かにこれまでのセキは妹の病気を

治すことを一番に考えてきた。


幼い時から病弱で病院以外の世界を

知らずに生きてきた彼の妹は

齢十二歳になった年、原因不明の病を発症し

以後現在に至るまで意識不明の状態になっている。


元気であれば、他の女の子のように

誰かに恋をしたり、お洒落や楽しんだり、

笑ったり怒ったりしていたかもしれない。


何一つ経験をしたことがない妹が不憫で、

五体満足な自分に出来るものはと

医者になり、薬理学、遺伝子学、病理学と

様々な分野に手を伸ばしては両親と共に

彼女の治療法を長年探し続けてきた。



その気持ちが薄れたわけでは決してない。



それと同じくらい君を必要としているんだと

言いかけてセキは思い止まった。




それを言った所で彼が喜ぶことはなく

却って、より一層苦しめる言葉だと

悟ったからだ。




残留は即ち死を意味し、

同時に妹を見捨てることになる。



無事帰れたとしても自分は記憶をまた消され、

イゼルがその後どんな制裁を受けたのか、

いや……彼の存在自体忘れ去り

自分だけが平然と生きていくのかもしれないと

考えるだけで……。





自分はどちらも―――選べない。





そんなセキ自身の迷いを

彼が気付いてない筈がないからだ。





いっそ……



もしイゼルが望みさえれば彼の手によって

殺されたとしても運命だと受け入れられる

覚悟はある。



彼が助かるのであれば、

それが確実であるなら、とセキは思う。




だが、今のイゼルでは――


そんな事をすれば、監理人としての

遂行以前に彼自身が壊れかねない。





だとしたらだ。




「俺の世界へ一緒に来いよ」




思わぬセキの提案にイゼルは虚を突かれ

暫し言葉を失った。




「イゼル、君と離れたくない」




「で、出来るわけない。

僕を誰だと思ってる?此処の管理人だぞ!」




「だからだ」



管理人という立場にありながら

二度までも異端者を許諾した再犯者を

この残酷な世界が黙って見過すものか。


それは一度の過ちでここまで酷な罰が

与えられているのを考えれば、

今度は更なる……と、当のイゼルが一番

分かっているだろう。





「っ!」




「こっちにくれば、いま置かれている状況も

変わるかもしれない。


それでまで……

君が大人になるまで俺、待つから」



「セ……」



途端、目を真っ赤にしたイゼルは

顔を見せまいと俯いてしまった。




「も……充……だ」




その背中が震えている。



いま手を差し伸べれば、

泣き出してしまいそうなくらいに。



「イゼル」




「見……な」




別れの時間が刻々と迫っているのは

互いに口にしなくても充分過ぎるほど

分かっている。



なのに、ただ無情に刻む時間をもどかしく

思うだけで声なく崩れてゆくイゼルを

見ているしかない自分の無力さを

セキは何よりも痛感していた。




なぁ、イゼル。



これは決して叶えられない願いなのか?



万が一でも可能性はないのか?




そう聞くことさえ君を追い詰め

苦しませるのだとしたら、



俺はどうすればいいんだ?








セキとイゼルは言葉を交わす訳でもなく

椅子に座って向かい合っていた。



“離れたくない”




今、その想いだけが刹那の時を進めている。


二人にとってそれが果たして

とてつもなく長く感じたのか、

極端に短く感じる時間であったかは

定かではないが……



もしかしたら、それは当人達にすら

分からない感覚だったのかもしれない。



続きは早くて明日。

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