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管理記録6




ソレを探すのにかなり手間取った。


当たり前のことだが

明確な証拠を残す馬鹿はいない。


それでもこの小屋が存在する以上

前例がなかったはずないとの思いで

必死に探し続けてきて、漸く

それらしきモノに辿りついた。



幾重にも仕掛けや結界を施された指輪は、

裏文字が雨の光源に反応し、浮き上がる

仕組みのようで、その念の入れようが

事の重大さを物語っている。


だからこそ、いかに秘密裏で

作られたのかも。




雨の中降り注ぐ光。


雨が降っていなければ使えないモノ。



つまり……そういうことなのだと分かった。





「よく残っていたものだ……

何代前の管理官は知らないが、感謝する」




その相手がどうなったのか

この人がその後どうなったのか

今の僕に考える余裕はない。





「恐らくもう暫くしたら一瞬だけ雪が降る。

そしたらその時、僕が張る結界へ入れ」



もう一つ、解読にこんなに時間を要したのは

“雪”というキーワードが僕になかったからだ。


時空森が機能している以上

雪が降る必要が無い。


悠久の管理者達も目にした者は殆どいない筈だ。





“雪”を“見る”のは禁忌を犯す者のみ。





「入ったらどうなる?」



「僕がそれを口にすることは許されない。

……良いから言う通りにしてくれ」



「嫌だと言ったら?」



「セキ、君にはそうしなければ

いけない理由があるだろ」



「それなら俺の両親だって出来る」



「時間がないんだ、セキ」



「じゃ、君も一緒に――」









「僕が……枷になっているのか?

だったら心置きなくしてやる」



元々こうしなければいけないのを

僕が最後の最後まで引き延ばしていただけ。




「……ル、ジーナゥス……」




「何をしてる?イゼル?

っ……頭が……」



セキは頭を両手で抱え苦しげに座りこんだ。



辛いのは今だけだ。




「記憶を抜く」



「よせ!イゼル俺は望んでいない!」



「ザイ……テァル、シア……ダムィ……」



「いっ……そんなことをしても

む……ううっ、俺は覚えて――

イゼ、を忘れるわけがない!

……を残して行けない!!」



「…………」




――充分だ。



その言葉で僕はもう、それだけで。







以前、君と話していたことが

走馬灯のように蘇る。




『元の世界に帰る時は君も一緒だ』



『不可能だ、僕はこの世界から出れない』



『じゃ一度戻って、役目を終えたら

また戻ってくるよ』



世界の理を知らない者らしい考えだと

僕は笑った。



もし仮に君が戻ってこれたとして

君は僕の事を覚えてない筈だ。


そして、この僕も今の僕のままでは

ないだろうし、きっと好きだと

口にできない状況下にあるはずだとも

付け加えたよな。



『大丈夫、ちゃんと分かるよ』



『どう、かな』



『心配しないで、すぐ戻ってくるから』



『セキ』



『イゼルの事もこの世界の事も

忘れる訳がないだろ』



『……セキ』



『覚えてるから信じて。

愛してる、イゼル』




現実味のない夢物語だと分かっているのに

僕は君の瞳を見て泣きそうになった。







(――――!)




タイムリミット。



どうやら雪が降り始めたようだ。



幸い此処には窓がないからセキには

それが分からないだろう。



ギリギリの状況下でしか発動しない極限結界。


この時を逃せば君は確実に死ぬ。


僕がそれを平気で見ていられるには

君を好きになり過ぎてて。





「……ヴィデアラク」



どうやら詠唱は最後まで唱えられそうにないが

もう殆ど僕のこともこの世界のことも

セキの記憶にはない。



後は結界へと進ませるだけ。




「君は誰だ?」



「……セキ」



「僕の名を知っているか?」



「…………」



「……それで良い。

そこの空間が見えるな?」



セキは虚ろな目で頷く。



「その中へ入れ。

入ったら後ろを振り向くな」



促してもセキはなかなか入ろうとはしない。



「怖くはない、行くんだ」



それでも動こうとしない背中を

ゆっくりと…………押した。





吸い込まれるようにセキの姿が消え

時空洞が閉じても僕はその場所から

目を離すことが出来なかった。



背中を押した手にはセキの温もりが

まだ残っているというのに、









君は―――いない。









本当に……いないんだ、な。











禁忌を犯して君を元の世界へと

逃してしまった。


それは狭間の管理官として

最大の背徳行為と知った上で。





セキ――



君が綺麗だと褒めていたこの森で

唯一咲く花は忌花草といって

痺れを切らしたこの世界が

時空獣に代わって君を抹殺する為の

秒読みの示唆だと最後の最後まで

どうしても言えなかった。




“雪”が管理官に“手を下せ、さもなくば

裏切り者と見なす”との最終通告であることも。




君には言う必要が無かったから。

















ノイズの無くなった降り注ぐ光は

僕に冷静さを取り戻させた。





ああ……そういうことだったのか。




主がセキを生かしたのも、


花が咲かなかった理由も、



こんな重要なことを見落とすなんて

少し考えれば分かったろうに。


君と一緒にいるのがあまりに幸せすぎて

そんなことすら忘れていた。




最初に知っていれば。





最初に、知っていれば……?




知っていたら僕はどうしていたろう。





ああ―――そうだな。



きっと結果は同じだった。










「これが管理官としての

最後の試験でしたか、主」



主が世界の化身というのは

薄々感じていたのに迂闊だった。




森の最奥、主は白金の羽をたたみ

大木の上から僕を静かに見下ろしている。




「色々手を下そうと尽くしたのですが、

僕の手には余り……って見え透いていますね」



僕のやっていたことは全て

貴方には筒抜けだったのでしょう?




「ええ、記憶だけは全部消しましたが

ご存知のとおり僕は掟を破り

彼を元の世界へと逃がしてしまいました。


ご期待に添えず申し訳ありません、

更迭でも厳罰でも何なりと受けます」





処分に不服などあろうはずがない。



どんな形になろうとも

もう君に会うことはない。



君の声が届かないなら

聞こえなくても構わない。



君が僕に触れないのであれば

大人の姿である必要もない。





―――後悔はしていない。








君と一緒にいれて僕は幸せだった。




どうか無事で。



どうか幸せに。



僕のことも此処でのことも

想い出すことのなく生きて欲しい。



……僕にもまだ幸せというものが

残っているなら、




それさえ全部、君へ渡すから。



君は迷わず受け取れ。







最後に聞いたシャラシャラと

響く心地よい音は何処かセキの声に

似ているような気がした。




「セ……キ……」




さよなら、



僕の大好きだったセキ。




眩い白金の輝きを放つ翼を広げた

その光と共に僕もまた音と記憶を分断された。




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