管理記録1
……今日も降ってる。
前にも数日降り続く事はあったけど
こんなに止まないなんて初めてだ。
本来此処に雨は降らない。
雨が降ることは異端者がこの世界に
紛れ込んだという知らせ。
排除するのがこの世界の理であり、
崩壊阻止を司る管理人の僕の役目。
何時もなら雨が止んでから
森へと回収に向かうのだが……
大抵はすぐに上がるのに
時空獣達では“処理”できない
“異生物”でも現れたのか?
「見回りがてら行ってみるか」
森の奥地に足を踏み入れ湖に目を向けると
緑色に濁っている。
(間違いない、侵入者がいる)
微生物なら森の葉に触れただけで死滅し、
小動物であれば時空獣にとっくに……
数日生き延びているってことは
恐らくは知能を持った人型が紛れ込んでると
みてまず間違いないだろう。
にしても……おかしい。
この静けさは何だ?
雨凪?
侵入者がいるのに時空獣達の鳴き声も
気配すらしないのはどうしてだ?
森の異変を訝しみ気配を殺して
更に森に進むと漸くその答えに行き着いた。
「……!?」
一瞬その目を疑ったのは、
それがあまりにも信じ難い光景だったからだ。
この時空森における至上の聖獣である主が
地上に降りている姿を見るのは
それほどまでに稀有なことだった。
時空獣の中で主と呼ばれる聖獣は
銀色の体、尾には無数の霊珠を宿した
この世界の象徴。
管理官としてのこの僕でさえ、
まだその生態の多くを知っている訳ではない。
そんな主の足元に侵入者と思しき物体が
横たわっている。
自ら始末したのか?
……いや、まさか。
信じられない。
他の獣を寄せ付けさせない為に
森の主が対象者の上に乗っているなど
今まで聞いたことも見たこともない。
成程、他の獣が手が出せず
それで雨が止まないという理由か。
「主、珍しいね、貴方が護るなんて。
まだ生きてるんでしょう?
悪けど見せてくれる?」
(やはり人型。
珍しいな……前に見たのは
百年位まえだったか?)
見れば主の鋭い爪が食い込んでいて
どうやらそこから毒が回り始めているようだ。
このままでは
遅かれ早かれ死ぬだろう。
このまま放置するかそれとも……
「主、その人を見逃してくれるのなら、
家へと連れ帰って治療したいのだけど
構わない?」
大きな銀の羽を広げ赤い嘴で
囀るように鳴き真上へと飛び上がった。
(了承、ね)
此処に来た当初、未熟な僕は
なかなか貴方に認めて貰えず何度も
殺されかけたというのに。
お陰で回復呪文を真っ先に
覚えられたけど。
その貴方が殺さず生かせておいたとか、
どういう風の吹き回し?
もし、じわじわ嬲り殺しを
楽しむつもりでいたのなら
こうも簡単に獲物を譲ったりはしないだろう。
改めてしげしげと横たわった人型を見るが
特別何かあるように思えない。
単なる異世界から迷い込んだ人間に
しか僕の目には映らないけど。
つま先でその身体を動かすと
ウウッと短い呻き声を上げた。
(へぇ、やっぱり生きてる)
いずれ死ぬだろうけど……
「まぁ、いいか」
気まぐれだとしても
主の珍しい行動に少なからず興味を
引かれた僕は主に習いそれだけの理由で
その人間を家へと連れ帰ることにした。
時の管理者にとって一番重要な事、
それは感情を持たないことだ。
罪悪感、親近感、孤独感、
尊敬、絶望、後悔……どれもが不要。
感情を持ち合わせる無意味さを
まず最初に学ぶ必要がある。
こと対象者に対しては
絶対条件になりうるから。
理由?
そんなのどれもが対象者を
処理するのに邪魔だから。
下手に持ってると手心を
加えかねない危険なモノだと教えられた。
幸い“彼”と出会った時、僕は既に
ほぼそんな感情と呼べるものは欠落していた。
家へと連れ帰り回復させてはみたものの
彼と話したり見たりする度に頭の中で
いつ森へ再び放つか、それとも
いっそ時の歪に沈めようか
選択肢は二つに一つだと、
そんなことばかり考えていた。
「雨よく降るね、何時になったら
止むのかな?」
「……さぁ、どうだろうね」
君が死ねばすぐにでも止むよ。
何度そう言いそうになったかしれない。
逆にいえば、なぜ口にせずにいれたのか
不思議なくらいだった。




