過去への嫉妬
「君と寝てたんだろう?
ああ、この場合勿論そういう意味で」
「!!」
「この言葉、知ってるようだな。
――その様子だと意味も」
イゼルはますます赤くなった。
「……可愛い、イゼル」
一体どんな状況で憶えたんだか。
「でもベッドでの君が想像できないな」
「ぼ、僕はもう――」
「イゼル」
それ以上の読唇を避けるように
背を向けて逃げようとする
その腕を捕まえた。
こっちを向こうともしない
彼の耳はこれ以上ないくらい真っ赤だ。
気丈だと思っていた君が
一旦崩れると脆いと分かった。
しかもその冷淡な言い方さえも
俺の好みを守っての結果とか
言われてしまうと、もう……
何かを守ろうと必死な裏側が
そんな風だと知るとこっちまでもが
煽られるって、以前の俺から
教わらなかった?
いまイゼルが夜の自分との関係を
気にしている理由にセキも実感していた。
「自分の過去に嫉妬って――成程」
昔の自分。
君と何を話し、何があったのか。
何故全く記憶がないのか腹が立つほどだ。
腕を掴んだままのセキは、決して自分を見ようとしない
イゼルその手に唇を落とすことによって
強引に意識を強引に向かせることに成功した。
「セキ」
「君の初めてを知ってるのは過去の俺。
それこそ俺であって俺じゃない。
でも、君は覚えてるんだろう?教えて全部。
イゼル……それともノーチェと
呼んだほうが良い?」
かぶりを払いながら、
「……例え……例え、
それを認めたところで何になる?
全部過去の話だ、今じゃない」
今にも泣きそうな顔で、
「それはどうかな、今も惹かれてると
言ったらどうする?」
「い、いい加減にしろ、
子供とか趣味じゃないと言っていた
じゃないか。
……僕だって、君のことなんか」
そんなこと言っても全然説得力無いから。
「少なくとも今の俺は言ってない。
状況が全く違うだろ」
違わないっ、ってそんな小さな声で
抗ってるつもりなのか?
ったく、一体どこまで煽る気なんだか。
「それに、昨夜は俺と……
あ、そっか彼と君とでは記憶の共有は
出来ないんだったっけ」
「え?何があった?言え」
白々しく言いかけると
こちらの期待した通りの反応をするくせに。
「本当――何でもないって」
「…………」
賢い君らしくもない。
こんな簡単なカマに引っ掛かるなんて。
色々深読みしそうになって自然と
口角が更に上がりそうになる。
「やはり俺が彼と何をしても
君には分かりようがないんだなぁと
確認しただけ」
「どういう意味だ?」
「どういう意味だと思う?」
焦った顔でイゼルが顔を上げると
セキは満足そうに微笑み、
「……アレは君と出会う前の子供の記憶しか
持ち得ない筈なのに、まさかその名を
名乗るとは……滑稽なものだ」
と、イゼルは対照的に
自嘲気味な笑いを漏らした。
ノーチェを自分と出会う前の自身だと
言ったが、それでも断片的に憶えていた
と、イゼルは漏らしたがその言葉の内容の
深さに果たして気付いているのか。
通りで彼が作るもの全てが
美味しいと感じるはずだ。
自分が以前好きだといった好物を
覚えていて作ってくれているのだから。
「彼に“どこにも行かないで”と言われたよ。
ノーチェの言った言葉が
君の本音と取って良い?」
「どんな会話をしていたか
分からないから迂闊に返事はできない」
「で、今のが建前と」
「……っ、勝手に解釈すればいい」
「そうしとく」




