微かな反応
そういえば風邪引かなかっただろうか。
特に昨夜は少し寝苦しくて
裸で寝るときかないノーチェに服を
着せるのに格闘したことを思い出した。
半裸の彼を抱きしめて……
目が覚めた時のイゼルの反応を
想像すると不謹慎だが笑えてくる。
きっと凄く驚いてるんだろうな、と。
普通に考えて男に抱きこまれて
目が覚めるとか、そりゃ気分が悪いだろう。
そう考えると少しだけ同情心が湧いてくる。
「何を笑う」
想像してうっかり笑ったのを
今度は見付かってしまった。
イゼルは抑揚の少ない冷たい声色と
同じくらい冷ややかな表情を
此方に向けて臨戦モードに入ってるようだ。
―――不思議だ。
子供の頃だという天真爛漫なノーチェが
どうしたらこうなってしまったのか。
いっそ、その謎が知りたいものだ。
「セキ、何を考えてる?」
怪訝気な口調はあくまで静かに。
「君達……君のことだよ」
見た目の違和感に戸惑いは残るが
彼の中身が大人だと分かって以来、
余計な気を使わなくて良くなった分
随分話しやすくなった。
「君にもあんなに可愛い時代が
あったんだなと思って。
子供の君はすっごく甘え上手で可愛いよ。
なんならイゼルも甘えてみる?」
「君が……」
「ん?」
今、心なしか
イゼルが薄く笑ったように見えた。
「君が、それを言うのか」
怒ったように視線を逸らしても
自分が視線を外すと何時の間にか
またその視線は自分へと戻る。
それは最初口元を読む為に
単に必要な行為だからと思っていた。
無論それもあるだろうが、ここ最近
どうもそれだけではない気がしている。
「俺が何か――」
当然セキもそれだけ向き合ってる為、
分かり難い表情の中にも少しづつではあるが
その微妙な変化を捉えられるように
なっていた。
食後のハーブティーをと手渡されたコップを
イゼルの手ごと掴んだ。
「いつも俺を見てる」
「見ないと言ってる事が分からないからな」
「それだけとは思えない」
引いて逃げようとする手を
更に強く握り込んだ。
「随分自意識過剰だな」
彼が色々と俺に言わないのは
わざと焦らしているとかではなく
どうしても言えない事情があるのだろうとは
分かっている。
本当は全部吐き出したいのに
言えない理由。
イゼル自身も誰かに口止めでも
されているのか、そんなものは分からない。
ただ……
“答えられない”
そう口にする度、イゼルの顔は
苦しそうに見えるのがそれがあながち
その考えが間違っていないのだと
セキに教えてくれていた。
「耳が聞こえなくなったのは
後天性と言ってたけど、いつ頃から?」
セキをじっと見た後、かなりの間をおいて
昔の話だ、とイゼルは答えた。
「ノーチェの中身くらいの年の頃?」
「……気が遠くなるくらい昔だ」
珍しく答えてくれたその表情が
曇っていてもセキに後悔は感じなかった。
「本当はさ、君が言ってくれるまで
待つもりでいたんだが」
セキは静かに目を閉じた。
「―――俺達はいま初めて会ったんじゃない。
前にもこうやって会ったことあるんだろ?」
その時、手の中のイゼルが
微かに動いたのを感じ取った。




