自業自得
帰らなければ。
早く――早く、一刻も早く。
……もう俺しか……いないんだ。
「おはよう」
「………………」
結構まえから彼の前に座っているのだが
何か作業しているらしいイゼルは
セキに気付くことなくそれに没頭している。
珍しい事もあるもんだとセキは思った。
寝室は居間に隣接していて、
大抵その寝室の扉を開けると
居間の真ん前に座っている彼は
自分を待ち構えているみたいに
すぐ目を合うことが多いのに。
「あっ」
肘があたってスプーンを床に
落としてしまった。
雨以外の雑音がない空間でそれは殊の外、
大きく響いた。
が、イゼルは気付いていない様子で
黙々と本を参考に手元を動かしている。
「…………」
本来無音の世界で生きている彼にとって
自分の存在は意識しないと簡単には
気付きにくいのかもしれない。
つまり、いつもそれだけ
意識して自分を見てるのだ。
ふぅと溜息を落とした。
……だとして異世界からの来た
不思議な人間として映っている
からこその観察だろうが。
普段は観察される側の
自分がこうやって逆に素のイゼルを
観察できる機会は滅多にない。
髪の毛……碧色で
光のプリズム効果でたまに七色に
輝いて見える時がある。
君が成長したらあのノーチェに
なるのか。
ノーチェの外見で口調がイゼル……
(………………)
……ヤバイな。
用意されてあった朝食を食べ終わった頃、
ようやくセキの存在に気付いたイゼルは
いきなり振り向いて一瞬驚いた顔を見せた。
「!!」
その時驚いたのはセキも同じで、
良からぬ妄想に耽っていただけに
内心焦ったのだが、そこは大人
上手く顔には出さずに済んだ。
しかし、イゼルはニコリと笑って
おはようと声をかけたセキに対し
眉をひそめ今度は明らかに意志を持って
そっぽを向いてしまった。
(……ヤレヤレ)
ま、予想していたけれど。
セキがそう思うのには理由があった。
イゼルが自分の分身だというノーチェに
脅しとも取れる例の手紙を送って以来、
事情を何も知らないノーチェは
すっかり怖がってしまい、
せがまれるまま一緒のベッドに寝ることが
多くなっていた。
通常なら野郎と一緒に寝るとか
考えられない事なのだがセキ自身、
自覚があるように彼にほとほと甘く
縋るようにお願いされては断るに断れなくて。
いや……それは正しくない表現だろう。
断れなくて困っているといえば
聞こえは良いが、実のところ
頼りにされて嬉しいと感じてしまうから
更に厄介だと感じていると言い換えた方が
余程正解に近いかもしれない。
泣きそうな顔で必死な様子が
大人の男だと思えない位
とてつもなく可愛く映るのは、
外見も然ることながらその中身を
知っているからだ。
ついつい抱きついてくる格好のまま
自分も寝てしまって……
その証拠にそいう朝は決まって
こんな感じで頗る機嫌が悪い。
でも、その点ではイゼルも自業自得だ。
何も知らないなら口止めする必要も
なさそうなのに、余計な手紙とかを
書くからこうなったんだ。
そうしなければいけない理由が他に
あるなら……よそう、いくら考えても
分からないものは分からない。




