紙片
「どうして異世界から来た俺の言葉を
瞬時に理解できた?」
「言葉はすぐに理解できるよ。
どんな言語でもね、職業柄特種能力が
備わってる」
「そういえば仕事してるって言ってたな。
生業は何をしてるんだ?」
「ん?そんな事いったっけ?ボク」
以前誤魔化されたのを忘れたふりで
仕事のことを改めて
聞いたのだがこの反応。
厄介な事にそれが、
やっぱりはぐらかしているだけのか、
記憶障害なのかデリケートな
問題だけに当人にうっかり突っ込めない。
「あ……俺の勘違いだったかな」
そうお茶を濁すしかなくて
以後この話題は触れることが
出来なくなってしまった。
「じゃあさ、読唇も出来る?」
「読唇?」
「唇の動きで相手が何を言ってるか
分かるってヤツ」
「流石に無理かなぁ。
“音”としてしか認識できないから。
よほど長く一緒に過ごして
その人の性格、口調や口癖、そして
唇の動きを観察出来る程間近で見てないとね」
「長くって此処でいう朝から夜まで?」
イゼルは確か出会って次の日には
読唇していた。
「違うよ、もっと長くかな」
「もっと長く……」
これもイゼルとノーチェの差だというのか?
「傷治ったんだな」
イゼルが治したと言った指を
驚いた演技でこれまた問いかけてみると、
「そうなんだよ~もうビックリ!
たまにこんな事あるんだ、不思議だね。
自己回復の呪文はなかなかスペルの
言い回しが難しくってまだ数回しか
成功した試しがないんだ」
「……ノーチェも出来るようになるのか」
「まだ先だよ~エヘヘ」
色々聞き出している彼に警戒心はゼロ。
少しだけ罪悪感を感じなくはないが
彼らを知りたい一心からそれを
止めようとは思わなかった。
「このお茶美味しいでしょう」
「そうだな、香りが……」
飲み方がイゼルとまんま一緒だ。
そういう所兄弟なんだな。
ふと、
一つの仮説が浮かび、直ぐさま打ち消した。
まさか。
いや、馬鹿な……有り得ない。
でも……いや……絶対ないことだ。
セキはイゼルが前に言った言葉を
思い出していた。
『君のいた世界ではない、
従って君の常識など通用しない』
「…………」
それが本当なら――
なくはない発想なのか?
一旦気付いてしまえば……
考えれば考えるほど頭が混乱してくる。
しかも、それを証明する術もない。
隠そうとしてるのか
伝えようとしてるのか
判断する材料がまだ足りない。
そして、その数日後の夜から
状況が次第に変化し始めた。
「どうした?」
「何でもない」
慌てて後ろに隠した紙らしきものには
触れず、なら良いけどと言ったのが
三日前かな……アレからノーチェの
様子が少しおかしい。
明るく振舞ってはいるけど
時々思いつめたようにしているかと思えば
たまに視線が合うと急いで逸らしたり……と。
気になって仕方がなくて聞くと
やはり何でもないと答えが返って来る。
……何て隠し事が下手なんだろう。
あからさま過ぎてバレバレなんだけど
初めこそは、本人が言いたがらないのを
無理やりっていうのが嫌で放っておこうと
したんだが段々心配になってきて
問い質す方向に方針を変えた。
「ノーチェ、俺に言えないこと?
君が心配なんだよ、力になるから
言って欲しい」
だが、ノーチェは頑なに首を縦にふらない。
珍しい、これは余程のことだ。
興味では無く助けてあげたい気持ちで
根気強く説得することにした。
「辛いことなら言って。
一緒に考えたら解決できるかもしれない、
出来なくっても一緒に悩もうよ。
君がとても大事なんだ、分かるだろ?
それともノーチェ俺って
そんなに頼りにならないか?」
ノーチェは途端泣きそうな顔になって
ぶんぶんと頭を横に振って
漸く、その手紙らしきものをセキに手渡した。
「――ゴメン、俺には何が書いてあるのか
解らない、読んでくれる?」
なかなか甘くならないとお嘆きの方もう少々お待ち下さい。




