歪の点火
ん……陽が眩しい。
「……うわ!?」
しまった!朝か?
夕べあれから日が昇るまで起きてようと
思っていたのにもう少しで、という所で
何時の間にか眠ってしまっていたらしい。
何でだ……
確か今しがたまで起きていたと
思っていたのに、くそっ。
既にノーチェの姿も見えない。
取り敢えず小屋に行かなければと
セキは飛び起き、その勢いのまま寝室を出た。
そしてダイニングの扉を開けると
視界にはイゼルの姿が。
「イ、イゼル!!?起きてたのか?
具合……は……?」
だが、当の本人のイゼルは椅子に座って
憮然とした態度、しかも心なしか
睨まれてる気がするのは何故だ。
「そんな事はどうでも良い」
「どうでも良いって……
無理してるんじゃないのか?」
「してない」
「……なぁイゼル、
ピュィージの毒の件を何で黙っていた?」
「大した問題では無いからだ」
「問題ない?そんな訳ないだろ。
ノーチェが言ってたぞ、
この森の殆どの生物が毒を持ってて、
とり分けピュィージの猛毒は生死を
彷徨う程だってな。
噛まれた傷だって未だ治ってない筈だし
ホラ、見せて……」
――――傷が、無い?
「……どうして」
昨日の今日でこうも綺麗に
跡形もなく無くなるだろうか?
固まってしまったセキを無視し、
イゼルは取られた手を振りほどいた。
「見ての通りだ」
それに確かに具合が悪そうには見えない
が、しかし傷の説明はどうつける?
セキの中で疑問は膨らみを増し
イゼルの指から視線が外せずにいた。
「――言葉で言っても分からないか」
そんなセキの疑念を察したのか
イゼルはゆっくりと立ち上がり
近くにあったナイフを徐に自分の
腕へと充てがうと躊躇なく真横へ引いた。
当然、腕からは血が滴り落ちる。
「バカ!何やってる!?」
「黙って見ててくれないか?」
イゼルは駆け寄ろうとしたセキを
反対の手を突き出して制した。
「……ナ、ゼリシギ、シデ……」
呪文のようなものを詠唱し始めると
セキが見ているその目の前で傷は瞬く間に
消えてしまった。
「!!?」
「大抵のモノは自分で治せる、
だから問題無いと言ったんだ。
ついでに兄の傷も治しておいた」
視覚から脳の理解へと直結させるのに
何度も唾を飲み込み、酷く時間が掛かった。
それをもうトリックか何かだと
反論する余地も意味も無い。
これは―――現実なのだ。
「……そ、それって魔法かなにか?」
「魔法?……ああ、そうだったな」
その後、何かを一人納得したように
イゼルは間を空け改めて
もう一度そうだと返事をしなおした。
事も無げに見せる少年に
この世界の住人、正確には
イゼルとノーチェしか会ったこと
ないが此処では当たり前なのかとも一瞬
思ったが少なくともノーチェは……
「お兄さんに傷がある事、気がついて
治してあげたのか。
ノーチェは自分で治せないみたいだったな」
「アレに?無理に決まってるだろ」
まるで鼻でせせら笑うかのように吐き捨てた。
しかもアレって……自分の兄をつかまえて
随分な言い方をするな。
というか、さっきからどうも様子がおかしい。
イゼルの言い方には明らかに険がある。
言い方が冷たいのはいつものだが
今日はそれに加えてイライラした感じ
までもが伝わってくるような……
よく分からないが何かに
怒ってるようにも見えるのだが。
「夕べさ、君のことが心配で
裏の小屋に初めて行ったんだよ」
「…………」
それまで無表情だったイゼルの
顔つきが少し変わった。
「それで?」
「あそこ扉に鍵がなくて
中には入れなかったけど、何度も
君の名前を呼んだんだ、
聞こえないと分かってるのにさ……
ノーチェは朝まで開かないとかいうし
心配でどうにかなりそうだったよ。
本当に―――無事で良かった」
「……心配……」
「そう言いながら情けない事に
結局寝てしまってたんだけど」
イゼルから寝てたくせにと
突っ込まれるだろうと思って
先に自分から言ったのだが
予想に反してそこに触れようともしない。
俯いたかと思うと
何度も躊躇うような仕草をするイゼル。
明らかに変だ。
「イゼル?」
やっと此方を向いたかと思うと
漸くその口を開いた。
「そんなことより……
昨日、兄と何があった?」
「何って?別に……」
それはセキにとって唐突で意外な質問だった。
昨日あれからこの家に戻った後、
もう一度身体を拭き直して
また無理しないように見張る為に
椅子に座っていた時、
『セキ、そんな所にいると
君の方が風邪引いちゃうよ?
こっちで一緒に寝ようよ』
と言われてベッドで横になったまでは
覚えているんだが……
ノーチェが森の何かに噛まれたらしく
傷や具合が悪かったこと
それで、看病で一緒に寝ていたと説明した。
「本当か?
一緒に寝ていた理由はそれだけなのか?」
「え?ああ……?」
普通そこは、お兄さんの身体の
様子が気になる所じゃないのか?
ついこの前は心配しているような
感じだったのに。
今日はやけにつっかかる。
聞いてくる内容が少し気になるが
相手は子供、一緒に寝ていた意味を
まさか自分が思うそれと誤解してる
はずはないだろうが……
にしても、まるで―――
「妬いてるみたいだな」
それも自惚れでなければ
自分にではなくお兄さんに。




