鍵のない扉
「……もしかして、ピュィージに?」
無意識にそう聞いていた。
「ピュィージ?」
「ほら、銀の体に紫の羽が
混じった、金色の眼の鳥」
「嘴の白い?
それはグレンヂア(時空獣)だよ。
セキ、見たの?」
見たもなにも……
「綺麗な声で鳴くでしょう?」
「確かに歌う様に鳴くな。
尾も長くて先は珠のようなものが
シャラシャラ光ってた」
「……本当に会ったんだね。
良く会えたね、あの子は
他の獣と一線を画してて貴重種なんだよ。
でも、ピュィージとはまた……」
ダルそうな顔で少しだけ笑う。
「ん?特別な意味でもあるのか?」
「ピュィージ=忘れじの時間。
セキが名付けたの?ロマンティストだね」
「え?いや……」
君の弟がそう呼んでいたんだ。
単なる名前だと思っていた鳥の名に
そんな意味があるとは想像もしていなかった。
にしても、“忘れじの時間”って、
何故そんな名前を……?
「……いい名前、
今度からボクもそう呼んでもいい?」
「そうだな、きっとその方が
あの鳥も応えてくれるようになると思う」
話が逸れたが、もう一度改めて
確認をとセキは前のめりでノーチェに
聞き直した。
「で……起きてから森に入ったのか?」
「うん、目覚めた時から少し
具合悪かったから薬草作ろうと思ってね。
その時に何かに噛まれたんじゃないかな」
「という事は
ピュィージではないんだな?」
「まさか。
ピュィージはボクに近寄っても来ないよ」
「そうなのか?」
「友達になりたいんだけど、物凄く警戒心が
強くて滅多に顔を出してはくれないんだ」
ハァと深い溜息をつきノーチェは
項垂れてしまった。
イゼルには森に入った時から見守る様に
ずっとついてきていたのに
兄の方には懐いてないのか。
「それにね……あの子の唾液には
猛毒があるから慣れてないうちは
不用意に近づけないし」
猛毒?
「……噛まれるとどうなる?」
「こっちの世界の住人は
多少なりとも免疫があるけど……
それでもボクだって噛まれたら
これくらいじゃ済まないよ、
まず三日は起き上がれないかな。
だから、そうでない者には致命傷だろうね」
「致命傷?」
「うん、例えばセキが噛まれちゃうと
多分――即死だよ」
「!!」
イゼル……知ってて、
身を挺して庇ったのか?
『問題無い』
そういえばあの後、一度もまもとに
あの子の表情を見ていない。
「…………」
今日早く帰ったのはもしかしてその為?
だとしたら――今頃。
「何処行くの?セキ」
急に立ち上がって寝室から出ていこうとする
俺をノーチェが引き止めた。
「裏の家に」
「え!?」
「すぐ戻るから」
それだけ言い残して急いで裏手の家へと
セキが向かった真っ暗な闇のその先に
例の小屋は建っていた。
中は明かりもなくひっそりとしている。
「イゼル!!おい!大丈夫か!?イゼル!!」
何度も戸を叩くが返答はない。
チッ、耳が……
それでもドンドンと叩くも
やはり物音一つしない。
業を煮やして今いる家の半分くらいの
大きさの小屋の周りをグルグル回るが
入口はどうやらさっきの扉しかないようだ。
鍵穴すら見当たらないこの扉を
どう開けろというんだ。
「くそっ」
「そこは、決まった時間にしか開かないんだ。
次に開くのは明朝日が昇ってしか無理だよ」
何時の間に来たのか今にも倒れそうな様子で
雨に打たれながらノーチェが壁に凭れていた。
「ノーチェ!?何故来たんだ!?
寝てなきゃ駄目だろ」
「ごめんなさい」
立ち上がるのもやっとなのに
俺を心配して此処まで。
「……謝ることじゃないよ、ごめん。
他に方法は無いんだな?」
「うん……ボクでは今開けることは
無理だ」
「そうか……戻ろう、ノーチェ」
イゼルの事が気にはなるがノーチェも
放っておくことが出来ない。
肩で息をする彼を抱き上げ
家へと連れ戻すことにした。
帰りすがら振り向いたがその小屋に
明かりが灯る気配はなかった。
(イゼル……どうか無事でいてくれ)




