雨と二人
手を振って視線を戻させると
セキは別の質問を向けることにした。
「時に今ってこの辺りは雨季かい?」
「雨季や梅雨などはない」
「この雨は何時から降ってるの?」
「……さぁ」
珍しく頬杖をついて
俺を眺めながら答える君。
「じゃ、雨は何時止むんだろうね?」
「…………」
(また視線を外らすんだな)
どうやら言いたくないことに
触れようとするとイゼルは
自分を見ようとしなくなる。
それはあたかも読唇しなかったから
答えることが出来なかったと
言わんばかりの露骨さで。
ズケズケ言ってくるかと思えば……
こういう繊細な部分を見せられると
それ以上追究する気が削がれてしまう。
だからといって嘘をつきたくないから
言わないのか、或いは
別の意味があるのかとは判断が
つきそうにもないのだが。
ただそれらのキーワードが
少年の秘密の一端を担っているのだと
セキに気付かせる充分な行為には
違いなかった。
意図的にそうしてるのか?
キーワードは――
イゼルのいう俺の元の世界、
雨……それと、ノーチェ?
分からない。
型枠が不明確すぎて
ピースのはめようがない。
少年の言うことには無理があるが
全部が全部嘘でないとしたら……
何処までが真実なのだろう?
ダメだ。
――その考えは危険だ。
虚言癖だという最後の砦を
自ら反故にしなければならなくなる。
恐らくこの子には何かしらの秘密が
あるようだが知り合って間もない自分に
簡単に言える事情ではないのだろうと
セキは思いたかった。
「……良いよ、答えなくて。
ごめん。誰だって言いたくない事あるよな」
セキのそんな思いを知ってか知らずか、
「君は戻れない……戻れないんだ」
呟くように少年は
外を見たままそう言った。
それはセキに向けられたというより
限りなく独り言に近かった。
「……イゼル」
つられて見た外は相変わらずの雨。
森は雨をともなって尚、光を浴びて
キラキラと夢のように輝き、
雨音は静かで目を閉じていると
微かな木々のざわめきと耳慣れない
鳥のような声が聞こえてくる。
その全てがまるでリアルさを欠いた
寓話の世界。
雨――
この雨は本当に降っているのだろうか?
確かに雨の音もし、
触れれば濡れる感覚だってある。
だがそれだけ。
まるで良く出来たホログラムの
幻影の様に感じるのは何故だ?
“此処は君にとっての異世界”
埒もない事を思う一方、
否定できなくなってきている自分もいる。
「一体この雨は……」
いや、もう本当はと、
セキはかぶりを払う。
少し前から既に何処かで
そう思い始めていた。
俺が此処で目を覚まして以来
一向に降りやまない長雨だというのに
地面には水溜りもぬかるみさえ無かった。
イゼルに念押しをされるまでもなく
理屈は分からないにしても
彼の言う通りどうやらこの森から
抜け出れそうにないことだけは
もはや認めるしかなくて。
何度も彷徨った森の異変に今更
気付くのはこの世界が自分の世界と
違うということを認めたくなかったからに
他ならない。
セキは少年の後ろ姿に問いかけた。
「君は……ここに独りで寂しくないかい」
静寂は孤独を生むとは
誰が言った言葉だったろう?
両親がいなく兄とも疎遠であると
いう彼は何を思い此処に一人
過ごしているのか。
それともう一つどうしても
セキには気になる事があった。
「俺が別世界から来たと
何故君が分かるの?」
少年の耳には届いていない。
セキの声も、
この不思議な雨の音すらも。
それぞれの想いを抱え二人は
静かに降り続く雨を見つめていた。




