迷宮の森
「お帰り。
食事の用意が出来てる」
「………………」
少年の言い方からは驚いた様子は
微塵も感じられない。
寧ろ、まるで此処に戻ってくるのを
予期していたかのような口ぶりだった。
そう思うのも決してセキの
気のせいではないらしく
テーブルにはキチンと二人分の
食器が並べられていた。
確かに朝出て行く時にまた来るとは
言ったが、ニュアンス的に今日では
無いと伝えたつもりだった。
「俺が何故戻ると?」
イゼルは瞬きもせずに
真っ直ぐにセキを見据えて、
「君はこの森からは抜けれない。
帰る事も他に行くあてもない君が
結局この家に戻ってくるしか
手段がないと最初から分かっていたからだ」
そう言い放った。
「ハハ……何の冗談かな?」
乾いた笑いが口からもれる。
子供の冗談にしても
今の状況下ではあんまり笑えない。
森を抜けれないだって?
何を馬鹿なことを。
「冗談かどうか
実際君は戻ってきた、違うか?」
「――――!」
確かに散々彷徨った挙句
ほんの小さな登山道も
発見できず、下っているのか
登っているのかさえも判断できなかった。
森はさして広くはなさそうなのだが
何故か奥へとは進めない。
いや進んでいるつもりが
どうしてだかこの池へと出てしまうのだ。
でもだからって抜けきれない筈はない。
今回は――
「たまたま雨が降っているから
森の出口を見付けられなかっただけで
絶対出れるさ」
ああ、そうだ、
雨が降ってるのが悪いんだ。
鬱陶しい雨が視界を制限しているから……
「そう本気で思うならこの森を
抜け出てみればいい。
――出来るならだが」
「出来るに決まってるよ、
雨さえ止めば」
「雨が、止めば……ね」
「もう一度行ってくる。
また顔を見に来るけど今日じゃないから。
それじゃぁ、邪魔したね」
大人気ないと分かっていても
つい言い方がキツくなるのは
それだけセキ自身に余裕がない事の
現れだったが、
「お好きにどうぞ」
イゼルのその言い方にムカついて
謝る気持ちを削がれ、結局何も言わず家を
そのまま飛び出してしまった。
(相手は子供なのに、どうかしてる)
「クソッッ!」
何故なにも見当たらない?
友人達は疎か誰かがいた形跡すら
見付けられないのはおかしくないか?
調べれば調べるほど疑問しか湧いてこない。
“オカシイ”
“どうして?”
“皆は一体何処へ行ってしまったんだ?”
雨が降っている中、唯一の救いといえば
何故か煌々と注ぐ陽の光。
つまり言い訳に使った雨は本当の所、
降っていようといまいと
状況は然程変わらなかったのだが、
何かしらの理由がないと自分にも説明が
つかなかったからだ。
気が付けば湖越しに、またあの家が見える。
「……嘘だろ……」
これじゃさっきと同じだ。
―――抜けれない。
どうやってって同じ場所に辿り着く。
メビウスの輪の様に。
「………………」
「突っ立っていないで
理解したのなら席に着いたらどうだ。
お腹すいてるんだろ」
席に座ってスープを口に運びながら
冷めた視線と口調でイゼルは言う。
困惑しながら言われるがままに
席につくにはついたが、
「理解って?何を?
あのさ、大人をからかっちゃダメだよ」
「からかってなどいない、
真実を言ったまでだ」
その言い方が!と
言いそうになったところを、
「君が森へ行くのを止めなかったのは
口で言ったところで納得しないと
思ったからだ、そうだろ?」
セキは話題を変える意味で
別の観点から話を切り出した。
「俺が寝ていた間とかに友人らが
此処に訪れて来なかった?
この森にこの家以外の建物らしきものは
見当たらないんだ。
アイツ等だってここに来るしか――」
「来てないよ、君以外にはこの世界にね」
「このセカイ?」
次回は近日中




