複雑な事情
「ご両親は?」
「いない」
「じゃお兄さんと二人で?」
「…………」
「でもノーチェは
自分に弟はいないと言っていたよ、
これってどういう事?」
「随分躊躇なく他人の領域に
入ってくるんだな」
「あ……そういうつもりは」
言われて初めてセキは自分が
興味本位で彼らの中に深く入り込み
過ぎていることに気が付いた。
「………………兄は、
記憶障害があるんだ。
悪いがそこには触れたくない」
誰だって踏み入れて欲しくない
家庭に事情があるだろうに
俺は土足でズカズカと。
相手を子供だと甘くみていて
配慮を怠った上にあろう事か
それを当の子供から指摘されるとは。
「ゴメン、悪かった」
セキは自分の無神経さを素直に謝罪した。
もしかしたらさっき名前で反応したのも
色々事情があるのかもしれない、
そう思うと尚更悪い事をしたとの
反省の意味も込めて。
イゼルはそんなセキに、
「いや、僕の言い方も問題があった。
お……知らないんだから
仕方がないのにな。
――セキ、
僕が兄と一緒にいない理由は
そこら辺にあると思って欲しい」
「分かった」
「後、一つ約束して欲しいんだが
兄に僕の事は話さないで貰えないか?
きっと混乱するだろうから」
「……うん」
全部が全部本当のことを話してるとは
思わないがそれで納得しろと
君が言うなら自分に拒む理由はない。
「所で……兄を見てどう思った?」
「どうって」
同じ轍を踏まないよう
今度は即答を避け慎重に言葉を選ぶ。
「お兄さんと髪も目も一緒なんだね。
よく似ている。
二人して染めてるの?髪」
「どんな話を?
……その……兄と」
イゼルの視線はセキの唇から動かない。
どんな答えを期待しているのは
その表情からは全く読めないが
多分この答えは重要だ。
「子供みたいだったろ。
変に思ったんじゃないのか?」
兄の行動が単に気になるのか
はたまた他人を通しての評価が
弟としてどうなのかが知りたいのかと
思いそこは正直に答えた。
「そうだな天真爛漫って言葉が
ピッタリというか、外見とは
違っては見えたけど変じゃないよ。
なんていうか子供がそのまま
大人になった感じかな」
「セ、セキ。
悪い、もっとゆっくり喋ってくれ、
言葉が上手く読み取れない」
「あ――そっか」
イゼルがそれまで間を置くことなく
返答していた為、最初の違和感は
何処へやらすっかり聞こえないのだと
いう事を忘れかけていた。
「大丈夫、ノーチェは変じゃなかったよ。
それに――なにより綺麗だ、彼」
出来るだけゆっくり、笑って伝えた。
「…………」
イゼルは自分の方をジッと見て
一瞬、何か言いたげに開きかけた口が
再び閉じられたのをセキは
気付かない振りをした。
言いたくない事、言えない事
この子は自分が想像する以上に
抱えているんだろう。
「言いたくなったら聞くよ、いつでも」
そう言ってやりたいのは山々。
だが、所詮偶然立ち寄っただけの
人間に何が出来るのか?
そう考えるとどうしても
その先の言葉が躊躇われてしまった。
「そろそろ行くよ」
家に帰って落ち着いたらまた様子を
見に来ればいい。
「色々と世話を掛けて悪かったね。
ノーチェにもご飯美味しかったと
伝えておいてくれないか」
「会っていかないのか?
兄は夜行性だから夜にしか
起きては来ないが」
「いやそれには及ばないよ」
正直あの顔をもう一度見ておきたかった
というのが本音だけど、わざわざ
寝てる彼を起こす理由にはならないから。
「じゃ、ね。また来るから」
少ない荷物を携えてセキは
その家を後にした。
「…………ああ、多分すぐにね、セキ」




