少年
窓から差し込む朝日で目が覚めた。
見ればまだ雨が降っている。
(もう朝か……眠い)
起き上がって暖炉の部屋まで行くも
ノーチェと遅くまで話したり
散々飲み食いをしたテーブルの上は
何の形跡も無く綺麗に片付いていた。
辺りを見渡したが
やはり彼の姿が見当たらない。
(早いな。
もう起きて片付けたんだ)
ヤレヤレ、此処に来てから
どうもおかしい事ばかり起こる。
全然物音に気が付かないとか
まさかアレも夢だとか言わないよな。
それに家主だと言っていたが
少年との関係がイマイチ掴めないし。
「昨日の夜みた青年はあの子の
一体何にあたるんだろう?」
「――兄だ」
「そっか、やっぱりそうだよな」
え??
今、誰が?
つい声に出てしまった独り言に
予想外にも答えが返ってきた事に
驚き、声のした方へ反射的に顔を向けると、
視線を下に向けるとテーブル越しに
少年が座ってこちらを見ていた。
「わっ!?」
背景に同化してそれまで
全く気が付かなかったから
発見と同時に飛び上がるかと思った。
まさか――
「いま……君が喋ったの?」
「他にいないだろ」
「あ、ああ。だね」
突然の流れで驚くリアクションこそ
逃してしまったセキだが
意表を突かれると人って案外冷静にも
なれるもんだと妙な分析している
自分に気付く。
「でも耳が聞こえないんじゃ……」
「だからこうやって
君の唇の動きを読んでる」
唇の動き……
所謂、読唇術って事?
こんな風に思うのはアレだけど
耳が聴こえないから勝手に
喋れないもんだとばかり思い込んでいた。
「聞こえないから話せないとでも
思ってた?」
「――!」
セキは完全に自分の考えを指摘されて
言葉に詰まる。
ただ決して責めたり軽蔑したものでは
なかったが、少年の声は年齢にそぐわぬ
静かさで抑揚の欠片もないものだった。
「とはいえ僕の場合、
後天性だからここまで喋れると
いった方が良いだろうな。
ただ聞こえない分、声の高低が
上手くいかない時があるかもしれない。
加えて言葉の表現が多少下手だという
点においてはご容赦願いたい所ではあるが」
「は……ハイ」
時々ジッと凝視するように
見てるのと思ったら口元を?
喋ろうとしなかったのも
子供らしからぬ声を落とした
話し方もその為か。
自分の声の感覚が掴めないから
殊更意識して声を押さえてるって訳だと
一応納得したものの……
にしても――
「何だ?そんなに声が変か?」
セキがポカンと凝視してることに
気付いて少年は怪訝そうな表情に変わる。
「いや、そこじゃなくて。
凄く大人びた口調というか
丁寧過ぎるというか、それが
ちょっと意外過ぎて」
「君が――」
が、その言葉は続かなかった。
(俺が?何?)
一旦言いかけ止めたようにみえて
気にはなったが、少年の表情から
言いたくないないのだと悟って
セキは敢えて問い返えさなかった。
しかし……こんな子供から“君”って。
次第におかしくなって
思わずクスクスと声に出して
笑ってしまった。
「何故笑う?」
無表情で言う少年を見て
セキがもう一度笑うと今度は
やや眉間に皺を寄せた。
「悪い。
なんていうか君達まるで逆だなと思って。
お兄さんは大人だけど中身は子供で
君は子供なのにそんな口調だから」
「この喋り方、僕には似合わない
ってことか」
「いやいや、なんかそれはそれで
ギャップあって可愛いかな」
フォローのつもりが
更に眉間の皺を濃くさせてしまった。
「笑いながら言われても信憑性に欠ける。
真実そう思うなら人は果たして笑ったり
するだろうか?
多少なりとも違うという意識が介在するから
君のそのような態度に現れていると思うが」
「――全く、だね。スミマセン」
閉口するくらいに正論で
うっかり論破されてしまった。
口調ばかりか頭も大人並かもしれないと
セキは今度は胸の内で苦笑いした。
「あらためまして、俺はセキ。
ねぇ、君の名前教えて」
「――僕の名はイゼル」
「いい響きだね」
見間違いかもしれないが一瞬
イゼルの目が少しだけ
大きくなった気がした。
「昨夜はいなかったけど
何処にいたの?もう寝てた?」
「夕べ?ああ。
君が倒れるように寝てしまった後
裏手の方にもう一軒家屋があってそこに」
「寝たというか、自分でもよく
そのあたり覚えてないんだ。
あ、じゃ今はノーチェがそこで
寝てるのか。
どうりでいないと思った」
「ノーチェ……?」
出会ってからほぼ無表情に近い少年が
その時、初めて見せた全く別の顔に
セキは驚いた。
それは心の底から驚いているといった
風にも見えたが―――?
「なに?
お兄さんがどうかしたの?」
「……ノーチェと言ったのか?」
「え?そうだけど」
お兄さんの名前くらいで
どうしてそこまで驚くのか
全く分からない。
しかも、何でもないと言い直した
少年の態度があまりにぎこちなくて
それを聞いていいものか迷った。




