SOS!
『SOS至急!』
一日の仕事を終えてやっとこさ乗った電車で受信した妻からのメールに、こう書いてあった。
『了解』
満員とまではいかないがそれなりに混雑した中で吊り革を掴み、手短に一言だけ送った。
妻と娘の待つ我が家で、一体何があったのだろうか。不思議に思いつつも、妻は僕が家に帰るまで教えてくれないということはわかりきっていた。彼女曰く、「びっくりはその場に着いてから知る方が、それまでに心の準備が出来る」そうだ。別に前に知ろうと後に知ろうと、驚きはあまり変わらない気もするが。
電車に揺られて二十分弱、最寄り駅で僕は電車から吐き出される。今時にしては活気ある駅前商店街のケーキ屋に立ち寄り、買い物を済ませた後は脇目もふらず真っすぐ家に帰る。
「ただいま」
我が家のドアを開けると、目に入れても痛くない幼い娘を抱いた妻が笑顔で迎えてくれた。
「おかえり」
「かーりーぃっ」
「何があったの?」
「実はねっ」
手を引っ張られて連れてこられたリビングのテーブルの上には、小さなノート。表紙に、母子手帳と書いてある。
「え……できたの?」
「できたの。三ヶ月だって」
へへっ、と照れたように笑う妻が、無性に愛しかった。気持ちをうまく言葉に出来なくて、娘を抱いた妻ごと抱き締める。
「わわっ、あーちゃんが潰れちゃうよ」
「きゃぁーう」
驚く妻の声、楽しげに声を上げる娘、そして妻のおなかの中で芽吹いた命。大切な守りたいものが、またひとつ増えた。
「……ごはんにしよ?」
妻の困ったような声で、名残惜しいが腕を解く。
娘を受け取り、夕食の準備をする妻の背中を見て、心地のよい責任がひとつ増えたことが嬉しかった。
「ところで、なんでショートケーキなの?」
食後に僕が買ってきたショートケーキを三人で食べている時に、妻に聞いてみた。
「え?」
小さく切った苺を娘に食べさせながら、妻は不思議そうに首を傾げる。
「だって、お祝い事のケーキはショートケーキって、決まってるでしょう?」
「……そう?」
「そうなのー。ねー、あーちゃん」
口のまわりを赤くして苺を食べる娘は、妻の問いかけに首を大きく縦に振る。少し疎外感を感じながら、艶艶とした大きな苺を口に放り込む。苺は口の中で沢山の果汁を出して、潰れた。
Strawberry On the Shortcake――略してSOS。
白い生クリームを幸せそうに口に運ぶ妻を見て、早くここにもう一人増えればいいのにと、思った。