Ⅲ
(HPより転載)
グレイが飛ばすエアカーは、約束の時間より十分以上早く、自治警察ビルに着いた。
屋上の駐車スペースは使わない。一応、太陽自治区警察機構の総本山と言える場所、署員以外が入るには面倒な手続きが必要だし、忙しく働く公僕たちで出入りが激しくなっていて、駐車スペースにも事を欠く。
とは言っても、並の人間ならそちらを選ぶだろう。グレイのように、幾ら広いとはいえ、堂々とエントランスのど真ん中に駐車する人間はいない。
わたしが、恥ずかしいから、せめて端に寄らせはしたけれど。やはり周囲の目が痛い。
でも、ドーソンの部下=娘には分かりやすいかも知れない。無意味に目立っているわけじゃないのよ、と自分を慰めもする。
「どうする? グレイ。待つの? 随分と早く着いてしまったけれど。それとも、連絡して呼ぶ? 別にそれでも問題はない、というより、その方が迷惑も掛からない気もするし」
わたしの提案。こんなところで馬鹿みたいに一目を引いているのは嫌。さっきも警察のお偉いさんらしき人のリムジンにクラクションを鳴らされた。
鳴らし返したグレイを叱り飛ばして、移動させた。みっともないったら、ありゃしないんだから。
普通の署員は屋上の駐車スペースにエアカーを停め、署内に入る。エントランスにエアカーで乗りつけるのはそういったお偉いさん方がほとんどだ。
大抵は黒塗りのリムジン。わたし達みたいなスポーツタイプはまったく見当たらない。まさに場違い。
「どっちでも。ほら、ペネロペ、あのおっさんこっち見てる。顔真っ赤にして茹でダコみたいだ。うわっ、こっち来んな」
「馬鹿。あれは副署長よ。さっさと車移動して。ほら向こうの端が空いてるから。邪魔にならないところに、早く」
わたしが急かす。グレイは車内ですら、じっとはしていられないようで、いつの間にか再びエントランスの中心方向へエアカーを移動させていた。
グレイは副署長を挑発するように、空吹かしすると渋々ながらもわたしに従った。
「番号調べたから、ドーソンの部下=娘にかけなさいよ。わたし、これ以上恥を晒したくないから」
そう言って、サングラスの内側にPWPのナンバーを浮かび上がらせる。
グレイはエアカーのナビステーションに差しっぱなしだった自分のPWPを抜き取って番号をプッシュする。
次々と押されたボタンがリズミカルにドレミを奏でた。大きい音。グレイは何故か、この音量を高くしてる。前に聞いたら「前の職業じゃ目立つことは御法度だったから、その分を取り返してる」とか、わけ分かんないこと言ってた。
とにかく、グレイの意味不明な(少なくともわたしには)行動にはグレイなりの理由が存在するらしい。それでわたしに、周囲の人々に、迷惑が掛かるのは考えものだけれど。
「あー、情報管理局の者ですが、着いたから早く出てきて。なんか、ペネロペがうるさいから。でも、ここにいると目立って楽しいから、別に遅くてもいいよ」
呼び出し音が三度と鳴らないうちに、返答があった。
グレイはいきなり、聞き捨てならない、且つ矛盾しまくったせりふを吐き出している。
『あ? わけ分かんねえよ、てめぇ。俺がてめぇらを手伝ってやるんだから、そっちから挨拶に来るのが筋だろぉが? ごちゃごちゃぬかしてないで、さっさと上がってこい』
ずいぶんと甲高い、高圧的な返事が返ってきた。
どうやら、グレイは番号を間違えて掛けてしまったらしい。
どうやったら、警官の番号とヤーさんの事務所の番号とを間違えられるのだろうか? それは天文学的確率なんじゃないかなんてわたしは思った。というより、こんな人種が未だに存在していることにびっくりよ。
グレイもおかしいことは分かるようで「ハニー、番号聞き間違えたみたいなんだけど」と、まともなことを言い出した。
わたしは再びグレイの眼前にナンバーを表示してあげた。
グレイはそれとPWPの画面に表示された、現在コール中のナンバーを見比べてる。
一瞬で済む作業のはずだけど、グレイはずっとうんうん唸ってる。
それもそのはずで、わたしが検索したナンバーと現在コール中のナンバーが、完全に同一のものだったから。
「なんか、俺、間違ってないように見えるんだけど」
かなり、自信なさげにグレイがつぶやく。
「ええ、わたしにもそう見えるわ。どうやら検索システムに異常が発生したみたい。丁重に謝って、通話切っていいわよ。しょうがないから、ドーソンに掛けて聞いてみましょう」
わたしが現在、宿代わりにしているこのU226は、型は古いながらも、耐火、耐水、耐圧、耐ショック、耐無重力、耐高重力と言った性能に秀で、装着者が死ぬことはあっても、U226が破損することは無い、というCMで有名だった商品だ。
それが壊れるというのは、運がないとしか言いようがない。
『おい! てめぇら、全部聞こえてんぞ! 俺を馬鹿にしてんのか? 俺がお前らの探してる、ドーソン・ハルの娘、ケイシィ・ハルだよ。間違ってねぇっつうの!』
PWPから、聞こえてくる怒鳴り声にグレイはきょとんとしたまま。
わたしだって、あっけにとられたわ。だって、質実剛健、職務に勤勉なドーソンの娘が、こんな男言葉の荒っぽい娘だなんて。
でも、ナンバーは恐らく間違ってなくて、相手も本人だと名乗ってる。
「ペネロペ、切っていい?」
『ちょっと待て、なんでそうなるんだよ! ああ、もうめんどくせぇ。お前ら、どこいるんだ、今?』
「エアカー用のエントランススペースだけど」
勢いに飲まれたグレイが、思わず答える。
『おし、分かった。そこ、動くんじゃねえぞ! 逃げやがったら、黒点の果てまで追いかけて、てめぇの汚ねえケツにレイガンぶちこんで、太陽系外まで吹っ飛ばすからな!』
そう言ってドーソンの部下、娘、ケイシィは通話を切った。
とりあえず、その甲高い声から判断して、男という線はなさそう。でも、限りなくチンピラに近い感じはする。
ドーソンは素質はあるって言ってたけど、それはただの親馬鹿? それとも、本当に刑事として才能あるってこと? さっきの感じじゃ、捕まえるよりも捕まる方が似合ってそうだったけど。
「……ペネロペ、今回は二人だけで調査したい気分なんだ、俺」
「知らないわよ、わたし。馬鹿同士仲良くしたら? 案外、気が合うかもしれないじゃない」
わたしは投げやりに言った。どうせ、わたしは補佐に過ぎないし、人間でもない。面倒な人間関係はグレイにまる投げ。
こいつが、その、あんまり言いたくないところにレイガンを入れられたってわたしは別に困らないし、むしろいい気味かも。
普段から、不真面目なグレイにはいい薬かも知れない。
その時、相当な重量のものが地面に激突する轟音と地響きが聞こえてきた。場所は、そう遠くない。
辺り一体はガヤガヤし始めるが、何故か慌てた様子はない。ここではあの音は日常的にしているのだろうか。
(おい、また、あの"鋼鉄娘"だぜ)(やべえ、俺、今日は裏に停めてんだよ)(ご愁傷様、とりあえず愛車の無事を祈っとけよ)(うるせえ、てめぇだってこの前、買ったばっかりの新車、ぺしゃんこにされてべそかいてただろ)(クソッ、ついてねぇぜ、今日は)(ははっ、後で主任に文句言っとけよ)(馬鹿、あの人には世話になってんだ。そんな事言えるかよ)(主任も、もう少し娘の育て方に気を配って欲しかったよ)(それはまったくだ。どうやったら娘をあんな風に育てられるのか、見当もつかねえ)(少しってタマなもんかよ? あの"鋼鉄娘"が)(おいでなすったぜ、お前ら。静かにしねえとぶっとばされるぞ)
その内、ビルの裏手の方からやって来る人影が見えた。あの人影がさっきの騒ぎの正体かしら。まっすぐこっちに来てるように見えるんだけど。
太陽自治区警察機構保安官の制服を着ているのは分かるけど、だらしなく着崩され、履いているのは何故か軍用ブーツ。腰のガンベルトには制式の非致死性ショックガンではなく、これまた軍用の高出力の大型レイガン。よく見れば、電磁パルス手榴弾だけでなく、破砕手榴弾までぶらさげている。
電磁パルス手榴弾は、特殊な電磁パルスで神経系にノイズを発生させ、生物を無力化する武器だが、数日間全身がぴりぴりする程度で致死性はない。しかし、破砕手榴弾は完全な殺傷兵器。
別に、警察機構の保安官なら致死性の銃火器を使用することを認められているけど、彼らは犯人を傷付けずに逮捕することを名誉とする。だから、致死性の武器はあまり使いたがらないのに。
まるで、戦争でもしに行くかのような物々しさ。
「よう、お前が、管理局のお役人かよ?」
やっぱり目指していたのはわたし達だったみたい。エアカーの外にぼーっと突っ立っていたグレイに向かって話しかけてきた。
髪はショートカットで、ここ数ヶ月の間、床屋とも美容院とも縁のないグレイのぼさぼさ頭より短い。
身長は女性にしては高めだが、手足は細く華奢で、とても大型のレイガンを自由に操れる雰囲気はない。
とても、さっきの爆音をたてたのがこの女性だとは思えない。
「いや、お前らと言ったほうがいいのか。情報生命体だったか? あんた。話は聞いてるぜ」
「そう。俺、グレイ。こっちはペネロペ。とりあえず、言っとくけど、逃げなかったんだから、ケツにレイガンぶち込むのは勘弁して欲しい」
グレイはさっきの脅しを気にしてるみたいで、さっきから片方の手を臀部から離そうとしない。いくらなんでも、それは冗談の範囲でしょ、と突っ込みたくなる。
ケイシィらしき女性は、グレイのびびりっぷりに笑っている。
「おいおい、ブラザー、おっとシスターもだったな。そんなに怯えんなよ。さっきのは冗談だ、仲良くやろうぜ」
「ペネロペ、こいつ意外といい奴かも」
「まあ、警察機構の人間が悪人なわけもないでしょ。こちらこそ、よろしく、"鋼鉄娘"さん」
わたしはさっきの喧騒の中で聞いたケイシィのニックネーム? を呼んだ。
すると、とたんに顔をしかめる。
「やめてくれよ。その渾名、あんまし好きじゃねぇんだよ」と、ぶっきらぼうに言われた。
「ところで、さ。あの音は、何だったんだよ? なんか重量のある物が地面に凄い勢いで激突したみたいなやつ」
グレイはさっきの音がまだ気になってるらしい。実はわたしも。なんか、ここじゃ日常茶飯事だったみたいだけど。
それに、あの音と衝撃の犯人は、ケイシィだったみたいだし。
「ん、ああ、あれか。近道、近道。オフィスの窓から、飛び降りた。どうせ、裏には人も滅多にいないしな。踏み潰す心配もねぇよ」
どう飛び降りれば、あんな音が出せるのかしら。そもそもわたしの記憶だと、サンスポット市警凶悪犯罪課があるのって二十階だった気がする。
「お前、丈夫だな。すごいすごい」
グレイは変なところで感心してる。けど、生身の人間が二十階から飛び降りられるわけがない。
「あったりめぇよ。俺のボディは軍用の最新型だぜ。それも脳以外は全部な。さすがに、屋上から飛び降りたら死ぬが、二十階程度ならどうってこともないぜ」
「つまり、全身機械化のサイボーグってことかしら?」
生身ではなく、全身機械化サイボーグなら納得がいった。大型高出力のレイガンもその華奢な腕ではとても操れそうに見えなかったが、サイボーグなら話は違う。さらに大型の武器でもやすやすと振り回せるに違いない。
比喩でもなんでもなく"鋼鉄娘"だったというわけね。
「どうだ? 生身の人間と傍目には、区別つかねえだろ」
確かに、皮膚の質感は完全に人のソレ(安物の人工皮膚はもっとこう、てらてらとして、人工感に溢れている)だし、瞳もただの義眼で偽装したカメラアイでなく有機部品を使ってある。関節の動きは滑らかで、動きは生身の人間よりキレがあるくらい。
「重量だけは、反重力金属を埋め込んでも誤魔化し切れねぇんで、大の男二人分はあるけどな」と、なんだか恥ずかしそうに言う。一応、自身の体重は気になることらしい。
「それにしても、あのドーソンに娘、か。お前の母親の趣味は、俺には、ちょっとばかり理解しかねる。でも、それは個人の自由、か」
「違う、違う」と、ケイシィがぶんぶん手を振る。勢いあまって、隣に駐車してあったエアカーのサイドミラーをへし折ってしまう。
グレイは引いているし、わたしは少し呆れてる。とにかく、わたし達のエアカーじゃなくて幸い。
当の本人は気付いているのか、いないのか。表情も変えずにぺらぺらとまくし立てて来る。
「行政府公務員社会福祉協力制度ってあるだろ。それの一環だ。親父は、給料はそれなりに貰ってるくせに、謙虚なんだか知らないが、たっぷり溜め込んでやがったからな。四十歳以上、独身で、給与、貯蓄額ともに基準以上、人格評価A+ってことで親父が孤児院に居た俺の里親に選ばれたってわけだ」
行政府公務員社会福祉協力制度、言ってしまえば引き取り手のいない孤児を養育能力があると認められた公務員が養子として引き取る制度。
ある事自体は知ってたけど、本当に実施されてる制度だとは思ってなかった。
大体、いくら公務員だからって、養子を取ることまで強制できるはずもないし、進んで孤児を引き受けるお人好しがそんなにいるとは思えないから、有名無実の形骸化した制度だと思ってた。
だけど、あのドーソン刑事ならやるかも知れない。少なくとも、強制ではないにしろ通知が来たら、断れないはずだ。
でも、娘っていうのは、かなり意外。大抵は、中央コンピュータの調査の上で相性が計算、検討され、決定される。数少ない事例では、娘は女性の里親の所へ行く場合がほとんどだし、逆もまた然り。
とは言え、このケイシィの様子を見る限り、中央コンピュータの計算はあながち間違っているとも言い切れない、むしろ最適なのかも知れない。
だって、この娘は普通の里親の下で普通に生活出来たとは思えない。会って数分だから、確かなことは言えないけど。
「つっても、引き取られたのは三年前だから、親子としちゃあ、日が浅いけどな。でも、俺を引き取ったのが親父で良かったよ」
ケイシィは、はにかみながら言った。ドーソン刑事にも教育の才能が多少はあったらしい。方向は大分間違えてるみたいだけど。
「まあ、んなこたぁ、どうでもいい。仕事しようぜ、仕事。親父に給料分は働けって叩き込まれてんだ、これでも」
そう言いながら、ケイシィはグレイ(とわたし)をエアカーの運転席に押し込み、自分はそのまま助手席に座る。
女性とはいえ、全身機械化サイボーグのパワーと重量には、さすがのグレイもどうにもならない。大した抵抗もしない。そんなことより、しきりに助手席を気にしてる。どうやら、助手席のクッションが、ケイシィの重量で駄目になるのが心配らしい。
「そこ、昼寝のとき窪んでたりしたら、嫌なんだけど。空気イスとかで座ってくれない?」
グレイ、あなたも相当無茶言うわね。もちろん、ケイシィは無視、はせずに、グレイをはたいて、エアカーの発進を促す。
「とりあえず、区外に向かいましょう。調査対象が何の目的で区外へ出ようとしているのか、それを知るのが先決。別に、今回は接触を禁止されてはいないから、観光客を装って話しかけても良いし」
かなり稀ではあるが区外への観光、そういったことを目的にする者がいないわけでもない。それとなく装えば、気付かれることなく、相手の意図の一端を掴むことができるかも知れない。
「面倒くさい、けどやるか。給料欲しいし」
「さっさとドンパチして帰りてぇぜ。区外だったら、焼け野原にしたって構うもんか。思う存分、ぶっ放せる」
やる気のない男に血の気が多すぎる女と冷静沈着なわたし、この羅列だけで誰が重要な役目を担っているかは、分かって貰えるに違いない。
「とにかく……、給料分の仕事はしなさいよ?」
この、わたしと同じセリフを多用しているに違いないドーソン・ハルの苦労が忍ばれる。
その言葉を聞いてか聞かずか、グレイが一気にアクセルを踏み込んで、エアカーを急発進させる。
ケイシィは「ヒュー、悪くない性能だな。カスタムしてあるのか?」なんてグレイに言ってる。エアカーの改造は違法。警官が楽しそうに聞いていいのかしら。まさか、返答次第で逮捕するなんてことはないだろうけど。
そのままわたしにはよく分からない、興味もない話を二人は興奮した様子しゃべる。
前見なさいよ、グレイ。事故にあって一番危険なのは、生身のあなたなんだから。
「いきなりで悪いんだけど、聞いておきたいことがあるの。ちょっといいかしら?」
二人の会話に割り込む。グレイは当たり前だけど、ケイシィも特に嫌な顔はしない。
「ケイシィ、あなたの体のことなんだけど。……あんまり話したくない事かも知れないけど、一応聞いておきたいの」
わたしは、おずおずといった調子で尋ねる。彼女の身体が失われた理由について。とはいっても、どうしても彼女が嫌がる場合は、やめるつもりだった。
「ああ、こいつね。いいぜ、別に隠すようなことでもねえしな。俺の生身の身体は、俺が九つの時に僅かな肉片を残して、吹き飛んだ。太陽系共生派のテロだったよ。両親はそれでお陀仏、俺だけが奇跡的に生き残った。まあ、孤児院で与えられてたのは脳味噌を覆う箱と重力子制御技術を用いた牽引ビームつきのマニュピレータぐらいだったんで、さすがに親父が貯金はたいて、高性能な人型の素体を用意してくれたのには感謝したけどな」
予想はしていたけれど、壮絶、と言って差し支えない人生。グレイの底辺人生と比べても見劣りしない気がする。
でも、それを恨んだりはしていないように感じる。そもそも、逆境を大して逆境と感じていない節があるみたい。その点はグレイも似たようなもの、自分に与えられた状況をその都度吟味して、感傷は抱かず、実力で道を切り開く。
その先に何が待っていようと、ね。
今さえ切り抜ければ、未来は未来で何とかなるさが彼らの思考の基盤となっているに違いない。
「へえ、ドーソンが。きっと、いつも射殺してる犯人の分、善行でも積もうとしたんだな。俺はそんなことしない。殺すのも、殺されるのも俺達の自由意志、だ」
グレイはやっぱりズレている。論点が噛み合わない。でも、それも人間の個性というやつだということは既に理解している。もしかしたら、わたしの理解もズレているのかもしれないが。
「まあ、おかげで俺も自由に社会不適合者を存分に始末できるってわけだ。俺もベテランの刑事になって落ち着いたら、孤児を引き取って犯罪者のぶっ殺し方を教えるのさ、親父みたいに。それで太陽も少しは平和になる」
ズレたことを言ったようで、グレイは真実を言い当てていたらしい。
結局のところ、グレイもケイシィも飢えた野獣のようなもの。体制に付いて自らの欲求を満たすだけの知恵があったに過ぎない、それが一つにして最大の犯罪者との相違点なのだろう。グレイは体制との妥協点を見出すまで時間が掛かっているけど。
「あなた達って良いコンビになりそうね、わたしを入れてトリオかしら。でも、混ぜるな危険、のほうが合ってるかも」
「ふむん、俺はペネロペ一筋。でも、この機械の塊とも仲良くはやれそう。ドーソンと同じくらい腕が良ければ」
機械の塊、とは普通のサイボーグが聞けば激怒するだろう、グレイに悪気がなくても。
だけど、ケイシィはそんなこと気にした様子はない。グレイと全く同じ理由、無関心である。他人の評価に左右されないのね。
「気に入ったぜ、お前ら、俺の舎弟にしてやってもいい。弾除けぐらいの役には立つだろ。事件解決のあかつきには飯奢ってやるよ」
やっぱり会話は噛み合わない。
あなた達、自己主張が強すぎよ。少しは周りの迷惑を考えたら? 心(わたしにそんなものが在ればだが)の中で言ってみる。考えるだけなら、自由だ、恐らく発言も自由だろうけど。
だいたい、事件の捜査を手伝う事を依頼したのはこちらで、彼女のほうが協力者なのだが、彼女にそんな理屈は通用されないのだろう。
つまりグレイもケイシィも本質的に、無級市民や一級犯罪者に代表される自由人と同じなのだ。そしてわたしも多分。
グレイがさらにアクセルを踏み込み、アルテミスを加速させた。
「飯、奢ってくれるのか? 良かった、ペネロペ、少し心配事が軽減された。飯食わせてくれるなら、舎弟でも、何でも、なる。ところで舎弟って何だっけ、食える、ペネロペ?」
グレイ、舎弟は食べ物じゃないわ。いくらここが、太陽系至高の恒星殻だとしても、舎弟は食べ物だったりはしない。
でもわたしはそんな野暮は言わないの。だって犯人を捕まえれば、誰も文句は言わないし、誰の舎弟だろうとグレイはグレイ、その事実に変わりはない。
「もっと、飛ばして。ご飯の種が逃げちゃうわよ」
無論、アルテミスはさらに速度を上げ、区外へ向かった。