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【一話完結】優しい王子様―番外編―王子の決断とささやかな後日譚

掲載日:2026/10/25

※本作は、短編『優しい王子様』の読後推奨の番外編(後日談)となっております。本編のネタバレを含みますので、未読の方はぜひ本編からお楽しみください。


 ヴァンクリーフ・ノースファルド辺境伯は、落ち着かない様子で部屋の中を歩き回っていた。


「旦那様、お掛けになられたら如何ですか。茶を入れ直しますので」


声を掛けたのは、この地まで付いてきてくれた元側近のダルゴである。ヴァンクリーフは、頷いたものの座る様子はない。


入れ直された紅茶もすっかり冷めてしまった頃、急に屋敷の中が慌ただしくなった。ヴァンクリーフが扉を見つめていると、ノックもせずに部屋の扉が開け放された。


「お生まれになりました! ご嫡男です!」

「シアは、シアは無事か!」

「は、はい。奥様も……グスッ……ご無事です」

「あ、会えるのか」

「今は、お部屋を整えていますので……もう少しだけお待ちを」


嬉しい報せを持ってきたカーラも涙を溜め興奮冷めやらぬ様子で部屋を辞した。


「そうか。男の子か……」


 ヴァンクリーフは、漸くソファに腰を下ろし、目の前にある冷めきった紅茶を一気に飲み干した。まだ、自分が父親になったという実感は湧かない。ただ、シアが無事だった事に安堵しただけだった。


 初産ということもあってか、シアが産気付いてからが長かった。

外は日が昇り始めたようだ。このノースファルド辺境伯領は、北の外れにあり、春になったというのにまだ冷え込む日がある。


 ヴァンクリーフが王子の座を降りてノースファルド辺境伯となってから、一年半ほどしか経っていない。一冬は越したもののこの地の環境に慣れたとも言えなかった。手始めに荒れ地の多いこの土地に合った小麦の開発の研究にせいを出したが、まだまだ成果を得られていない。シアが妊娠中、よく食べていたベリーも特産品として加工するにはまだ足りない。問題は山積みだった。


 しかし、シアの妊娠がわかってからは、極力心配をさせないように領民の頼み事に耳を貸しても安請け合いはしないよう努力してきた。自分で出来る事以外は、必ずシアか、ダルゴに相談するようにした。


――初めからそうしておけば、シアをこのような地に追いやる事もなかったはずなのだ。誰もが憧れる社交界の華であった公爵令嬢テレイシアを私のせいで葬り、新たな名を持たせ平民の身に落としてしまった。その彼女が私の子を産んでくれた。どれだけ感謝してもしきれないな。



******


 丁度、二年前、弟セシルに王太子の座を譲った『立太子の儀』の夜、ヴァンクリーフは国王の私室に呼ばれていた。


「ヴァンクリーフ、お前にはこのまま王族としてセシルを支えて欲しいと思っている」

「陛下、その場合、テレイシアはどうなりますか」


国王は、一度息を付き静かにヴァンクリーフを見つめた。


「処罰なさるおつもりなのですね」

「やむを得んだろう。元公爵令嬢とはいえ、籍を抜いた今はただの平民だ。『立太子の儀』に参列する事も異を唱えることも不敬に値する。議会の後ろ楯がなければ、ドルヴァン公爵家の反乱と捉えられてもおかしくない案件だ」

「元はと言えば私の罪なのにですか」

「お前は、王太子の座をセシルに譲った事で罰は受けただろう」

「これが罰ですか?」


ヴァンクリーフは、口許を緩め目を潤ませた。


「この愚か者を救おうとしただけではなく、国を救ったに等しい彼女を処刑なさろうと言うのですね……私は王家には残りません。どこか遠い地に行かせてください」

「ヴ、ヴァンクリーフ、余も王妃もお前を手放すつもりはない」

「いいえ。示しが付かないとおっしゃるなら、私を王家に残す事自体皆の総意に反することと思われます」

「しかし……」


ヴァンクリーフは、優しく目を細め、国王に微笑んで見せた。


「ドノヴァン公爵令嬢の処刑を認めましょう」

「良いのだな。ならば、お前には最北の地を与えよう。それで良いのだな」

「承りました。但し、その地に移る際、私は平民の娘を妻に迎えたいと思います」

「平民の娘!? お、お前は何を言っておる!」

「テレイシア、いえ、シアという娘を妻に迎えたく存じます」

「……」


国王は、暫く思案している様子であったが、漸く結論が出たようで

姿勢を正しヴァンクリーフに向き合った。


「ヴァンクリーフ第一王子、改め、そなたには辺境伯ヴァンクリーフ・ノースファルドと言う名を授ける。与える最北の地はまだまだ開発途中の土地であるが、心して治めよ。前ドノヴァン公爵令嬢テレイシアは処刑の後、その名誉を回復し籍を公爵家に戻し、その功績を公に知らしめす。そして、そなたが辺境伯の任に付くおり平民の娘シアなる者を妻とする事を認める。尚、その者に謁見の義務はない」

「ありがとう存じます。辺境伯ヴァンクリーフ・ノースファルド、国に貢献できるよう精一杯治めさせて頂きます」

「その娘にとっても茨の道になるぞ。後悔はするなよ」

「はい。彼女を幸せに、いえ、彼女と幸せになれるように努力いたします。父上、お健やかにお過ごしください。母上にも良しなに」


国王は、静かに頷いた。ヴァンクリーフは、深く一礼するとその場を辞した。一人になった国王は、寂しそうに微笑んだ。


「王妃にどう伝えるかな……暫くは口を利いてもらえぬな」


 ヴァンクリーフは、自室に控えていたテレイシアの元に戻ると国王の沙汰を伝えた。彼女は、静かに彼の話を聞いていた。


「北の外れの地は荒れ地で過酷と思われる。でも、私は君に付いてきて欲しいと思っている」

「貴方から全てを奪った私で宜しいのですか」

「君が私を選んでくれたように、君を選んだとは思ってはくれないのかい」


 テレイシアは、堪えていた涙が取り留めなく溢れ、ただ頷いた。ヴァンクリーフは、彼女をそっと抱き締めた。彼の目にも涙が伝っていた。



******


 ヴァンクリーフは、愛する妻と我が子の眠る部屋を訪れた。


「シア、頑張ったね」

「旦那様、元気な男の子です。貴方に似て亜麻色の髪をしています。瞳はまだよくわかりませんが、透き通った碧色のようです」

「綺麗な君に似た方が良かったのに」

「私は貴方のお色が好きです」

「……うん。性格が君に似る事を祈ろう。そうしないと君にまた迷惑を掛けるからな」

「その時は、貴方も助けてくださいますでしょ」

「ああ。二人で見守ろう」

「さあ、お顔を見てやってくださいませ」


 ヴァンクリーフは、シアの手からその小さな生き物を恐々と受け取った。思った以上に軽かった。


「赤子と言うものはこんなにも小さいものなのだな……こんなに小さいのにお前も頑張って産まれて来てくれたのだな」


 暫くその寝顔を眺めてから、そっと、シアに返した。おくるみから出た小さな手が何かを掴もうとしている。思わずヴァンクリーフが指を出すとしっかりと掴まれた。


「力強いのだな。私の指を離さないぞ」

「ふふ、赤子は持てる力全てで幸せを掴もうとするものだと母の手紙にありました」

「自ら幸せを掴みに行くのか。そうか。頼もしいな」

「私共も赤子でしたのよ」

「そうだな。私達も幸せを掴みに行かなくてはならないな。この子と一緒に三人で掴まねばな。この子を授けてくれてありがとう。いろいろあったけれど、私は、今とても幸せだ。これからも苦労を掛けると思う。でも、もっと、もっと幸せになろう、テレイシア」

「ヴァンクリーフ様……」


 シアは、王太子の座を捨てさせた彼女が一番欲しかった言葉をヴァンクリーフからもらった。頬を伝う涙と共に一緒に暮らしていてもずっと心の中に刺さっていた棘が漸く抜けた思いがした。



 この後も名付けに迷いに迷ったヴァンクリーフは、周りから急かされて漸くこの子の名を決めた。


「レフレシルとしようと思う。よく考えて行動して欲しいからね」

「ふふ、思慮深いという意味ですのね。良いお名前でございます。レフレシル、お父様が貴方に良いお名前を付けてくださいましたよ」

「お父様か……」

「はい。この子のお父様ですわ」


ヴァンクリーフは少し照れ臭そうに目を反らした。ふと目があった二人は幸せそうに微笑み合った。

レフレシルは、シアの腕の中で小さな欠伸をして、すやすやと寝息を立てていた。


 ヴァンクリーフには、この幸せそうな寝顔はこれからの三人に訪れるどんな苦難であっても幸福に変えてくれそうに思えたのだった。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

王子の決断の様子と後日譚を少し番外編として書いてみました。

まだまだ、この最北の領地では大変な事が多いのでしょうが、二人ならば乗り越え、幸せを掴む事ができると思っております。

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