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勇者様、世界を救うのは結構ですが国が破産します

作者: yomitoku
掲載日:2026/08/26

勇者レオンが魔王討伐の旅に出た日、アルディア王国は朝から祭りだった。


 城門前には人が溢れ、窓という窓から王国旗が垂れ下がっている。


 国王アルベルトの前へ進んだレオンは、深く頭を下げた。


「必ず魔王を倒して、戻ってまいります」


「勇者様ー!」


「頼んだぞ!」


「絶対帰ってきてくれよ!」


「ガッハッハ。魔王だろうがなんだろうが、ぶん殴ってやるぜ!」


 大柄な武闘家ガルドが拳を打ち合わせる。


「馬鹿ね。私の魔法があれば、あなたが殴る暇もなく魔王なんて消し炭よ」


 魔法使いのセレナが涼しい顔で返し、ヒーラーのミアが困ったように2人をなだめる。


 少し離れたところでは、ガンナーのカインが欠伸をしていた。


「今日くらい仲良くしてくれよ。カイン。お前からも何か言ってくれ」


「興味ない」


「相変わらずだな」


 レオンが笑う。


 その足元へ、風に飛ばされた子供の帽子が転がってきた。


 カインは無言で拾い、子供へ渡した。


「……ありがと! おにいちゃん、まおう、たおしてきてね」


「ああ」


 第一王子ユリウス・アルディア――つまり俺も、この日ばかりは胸が熱くなっていた。


 レオンとは幼い頃からの付き合いだ。


 昔から、困っている人間を見れば考えるより先に走る男だった。


「頼んだぞ、レオン」


「ああ、ユリウス」


「世界を救ってこい」


「任せろ」


 レオンが笑った。


「帰ってきたら、また城下の串焼き食おうぜ」


「魔王を倒した報酬が串焼きでいいのか?」


「あれがうまいんだよ」


「なら、好きなだけ奢ろう」


「約束な!」


 レオンたちは旅立った。


 父アルベルトは、丸い腹を揺らして笑っている。


「ほっほっほ。頼もしいのう」


 母エレノアも微笑んだ。


「きっと大丈夫ですよ」


 妹のセシリアは、小さくなっていく5人へいつまでも手を振っていた。


 俺も同じ気持ちだった。


 レオンたちなら、きっと魔王を倒す。


 ならば俺は、俺の仕事をすればいい。


     ◇


 翌朝。


 俺も王都を出た。


 魔王軍への備えを確認するための国内視察だ。


 北部の穀倉地帯。


 西の砦。


 各地の避難経路。


 数日かけて回った。


「備蓄は?」


「2か月は持ちます」


「避難経路は?」


「整備を進めております」


「急がせろ。だが農作業の人手まで持っていくな」


「はい」


 派手な仕事ではない。


 だが、こういうことをする人間も必要だ。


 馬車の窓から外を見る。


 畑で働く人々。


 道端で遊ぶ子供たち。


 レオンたちは、こういう景色を守るために戦っている。


 ならば。


 その帰る場所を守るのが、俺たちの仕事だ。


     ◇


 数日後。


 王都へ戻った。


「殿下、お帰りなさいませ」


「ああ」


 出迎えた宰相グレゴール・フォン・ハイゼンを見る。


 細身の体。


 眼鏡。


 そして、出発前より少しだけ濃くなった目の下のクマ。


「……留守中、何かあったか?」


「ございます」


「魔王軍か?」


「いえ」


「では何だ?」


 グレゴールは答えず、執務室の扉を開けた。


 机の上に、書類が積まれていた。


「……何だ、それは」


「勇者様一行に関する補償申請です」


「……補償申請?」


 嫌な予感がした。


     ◇


 グレゴールが書類を一枚、俺の前へ置いた。


「聞き間違いか? 魔王軍による被害の補償申請ではなく?」


「勇者様による被害です」


「……もう一度頼む」


「勇者様です」


 民家への無断立ち入り。


 収納家具の開閉。


 壺5点、木箱3点破損。


 銅貨12枚、薬草2束の持ち出し。


「グレゴール」


「はい」


「これは一般的には盗賊の行為ではないか?」


「勇者です」


「呼び名を聞いているわけではない」


 しかも村人は怒っていなかった。


『壺ならまた買えます』


『娘が握手してもらいました』


 むしろ喜んでいる。


「持ち出した銅貨は?」


「勇者パーティの資金になったようです」


「返却させろ」


「はい」


 翌日から勇者の進路上へ特別通達が出た。


『宿泊及び食事について便宜を図られたい。費用は王国が負担する』


『貴重品は鍵付きの収納家具へ移動すること』


『壺、木箱等は安価な物への交換を推奨する』


「……グレゴール」


「はい」


「これは勇者パーティを歓迎するための文書だな?」


「その認識です」


「災害への備えではないな?」


「運用上はかなり近いものがあります」


「その表現は公文書には載せるな」


 さらに一文。


『勇者一行へ緊急性の低い依頼をむやみに持ち込まないこと』


 その一文が必要な理由は、すぐに分かった。


「勇者様! 東の森にゴブリンが!」


「分かった!」


「畑を荒らす魔獣が!」


「任せろ!」


 3日後。


「182名」


「何の人数だ?」


「ギルドから生活支援を求められた冒険者です」


「……理由は?」


「勇者様が初心者向けの依頼まで、鍛錬も兼ねて無料で処理されました」


 目を閉じた。


「冒険者の仕事を根こそぎ奪ったのか」


「はい」


 昼食の席で父へ報告すると、父は楽しそうに笑った。


「地方の魔物が消えたそうじゃな!」


「冒険者の仕事も消えました」


「ほっほっほっ。新しい仕事を用意すればよいことじゃ」


「誰が?」


「ユリウス」


「……俺ですか」


「次期国王じゃろう?」


「冒険者の雇用先ですか……」


「ほっほっほっ」


 この頃はまだ、静かに返せていた。


     ◇


 問題が大きくなったのは、レオンたちが隣国ベルガリアとの国境へ到達してからだった。


 ベルガリアにも魔王軍の被害は出ている。


 当然、レオンは助けに行くだろう。


 だから先にミアへ通信を入れた。


「正式な入国許可が出るまで、決して越境させるな」


『はい!』


「レオンが何を言ってもだ」


『……はい』


「今、間があったな?」


『ありません!』


「カインにも協力させろ」


『興味ない』


「聞こえているぞ」


『そうか』


「お前が一番冷静なんだ。止める側へ回れ」


『外交はお前の仕事だろ』


「こちらも最速で進めている。少しだけ待たせてくれ」


『ユリウス!』


 レオンの声が割り込んだ。


 いつもの明るさがない。


『国境の向こうから煙が上がってる』


「……何? こんな時に限って……」


『村だ。魔物に襲われてる』


「ベルガリア軍は?」


『まだ来てない』


 遠くで悲鳴がした。


『殿下』


 ミアの声。


『屋根に子供が取り残されています』


 言葉が止まった。


 待たせるのが外交上は正しい。


 だが、許可を待っている間にも人は死ぬ。


『俺は行く』


「レオン」


『すまん』


「待て! いや……」


 走り出す音。


『俺も行くぞ!』


『魔物は70前後。東から回り込むわ』


『カインさん!』


『見えてる』


 銃声。


『屋根の周りは片付けた』


『待ってください皆さん! 殿下はまだ――』


 通信が切れた。


 頭を抱えた。


「……馬車を出せ」


     ◇


 ベルガリアへ着いた時、戦いそのものはほとんど終わっていた。


 村は半分焼けている。


 だが、人々は生きていた。


「まだ中にいるぞ!」


 声の方を見る。


 ガルドが崩れかけた家の梁を両腕で支えていた。


 額から血が流れている。


「早く出せ! 俺はいい!」


 梁の下から老夫婦が引きずり出される。


 最後の1人が離れた瞬間、ガルドは梁を横へ投げ捨てた。


「ガルドさん! 怪我を――」


「後だ! もっと酷いやつがいる!」


 ミアが怒鳴りながら後を追う。


 少し離れた場所では、セレナが燃え広がる炎を魔法で押さえていた。


 銃声。


 物陰から飛び出した魔物が、こちらへ飛びかかる前に倒れる。


 鐘楼の上で、カインが次の標的へ銃口を向けていた。


 そして。


「ミア!」


 レオンが燃えかけた家から飛び出してきた。


 腕には火傷。


 背中には女性を背負っている。


「息があります!」


 少女が駆け寄った。


「お母さん!」


 母親の手を握って泣き出す。


「勇者様……ありがとう!」


「……よかった」


 レオンが笑った。


 無断越境だ。


 許可は出ていない。


 外交上は、間違っている。


 それでも。


 こいつは、間違いなく勇者だった。


     ◇


 その後、俺はベルガリア王都へ向かった。


「321名」


 ベルガリア王は言った。


「あの村で救われた民の数じゃ」


「……」


「越境については今回は不問とする」


「よろしいのですか?」


「我が民を救った者を、国境を越えたという理由だけで責めるほど余は狭量ではない」


「……ありがとうございます」


 肩から力が抜けた。


 よかった。


 今回は純粋に人を救っただけだ。


 これで一件片付いた。


 そう思った。


「陛下!」


 兵士が飛び込んできた。


「どうした」


「地下宝物庫へ侵入した魔物を、勇者様方が討伐されました!」


「おお。さすがは勇者殿じゃ」


「ただ――」


 兵士が言いにくそうに口を閉じた。


 嫌な予感がした。


「どうした?」


「封印されていた魔剣グラムハルトを装備し、そのまま出発されました」


 沈黙。


 ベルガリア王と目が合った。


「……あれ、国宝なのじゃが」


 立ち上がった。


「追います」


     ◇


「レオン!」


「あ、ユリウス!」


 夕方。


 ようやく追いついた。


 レオンは当然のように魔剣を腰へ下げていた。


「なぜ俺がここまで来たと思う?」


「会いたかった?」


「返せ」


「え?」


「今すぐだ」


「でもこれ、すげえぞ」


 ガルドが口を挟む。


「岩ごと魔物斬ってた」


 セレナが腕を組む。


「魔王への有効性は高いわ。返却する合理性は――」


「他国の国宝だ」


「でも世界全体の利益を――」


「だとしても、物事には順序というものがあるだろう」


 ミアが青い顔をしている。


「殿下……すみません」


「ミアは悪くない。この4人を1人で止められるなら、お前を宰相に推薦する」


「それは嫌です」


「賢明だ」


 期限付き貸与。


 損傷時はアルディア王国が補償。


 魔王討伐後、即返却。


 契約をまとめるため、俺は再びベルガリア王都へ逆走した。


     ◇


 アルディア王都へ戻れたのは5日後だった。


「……今日は休もう」


 扉が叩かれた。


「殿下。エルフ王国シルヴァーンより緊急使者です」


「勇者か?」


「はい」


「……馬車を出せ」


 魔王軍を追うため、セレナが聖域の森に一直線の道を作った。


 理由は、


「迂回すると2時間17分かかるから」


 だったらしい。


 現地の長老曰く、森が戻るまで100年。


 ただし勇者たちが来なければ、村そのものが100年後まで残っていたか分からない。


 長老の話では、勇者たちが発つ直前、助けられたエルフの少女がセレナへ花冠を差し出したという。


『これ、あげる! 助けてくれたから!』


『私に?』


 セレナは少しだけ黙り、


『……ありがとう』


 と受け取ったらしい。


「それはそれとして、森林復元については」


 長老が俺を見る。


「……承知した」


     ◇


 それからまた数日かけて王都へ戻ると、


「殿下」


「何だ」


「ガルガン王国から通信です」


「……ドワーフだな?」


「はい」


「勇者だな?」


「はい」


「結論だけ」


「鉱山を救いました」


「素晴らしい」


「希少魔石を大量に取得しました」


「はい」


「一括売却しました」


「……」


「相場が3分の1です」


 窓の外を見た。


「馬車をガルガンへ」


 ガルガン王は大喜びだった。


「勇者殿は最高じゃ! 鉱山を取り戻してくれた!」


 その横で財務官が死んだ顔をしている。


「陛下……魔石市場が……」


 目が合った。


 無言で頷いた。


 それで十分だった。


     ◇


 勇者たちは世界を救いながら進んだ。


 俺はその後ろを追いながら、救われた世界を立て直していった。


 そんな中。


 ミアから通信が入った。


『殿下……』


「どうした」


『大規模な奴隷商です』


 声が震えていた。


『子供も、病人もいます』


『ユリウス』


 レオンの声は低かった。


『今すぐ助ける』


「……」


『駄目か?』


 少しだけ考えた。


「いや」


 椅子へ深く座る。


「やれ」


『いいのか?』


「どうせ止めても行くだろう」


『ははっ』


「今回は止めない」


『分かった』


 通信が切れた。


     ◇


 次に連絡が来たのは、夜が明けてからだった。


『殿下』


「終わったか」


『はい』


「何人だ」


『237人です』


 少し黙った。


『ユリウス』


「何だ」


『この人たち、頼めるか?』


「ああ」


『ありがとう』


     ◇


「237名」


「食料、住居、治療、身元確認、受け入れ先だな」


「はい」


「現地政府とも連携して、すべて手配しろ」


「かなりの費用になります」


「構わない」


「国庫が」


「今日は聞かない」


「承知しました」


 そこから先は、報告が来るたび数字が壊れた。


「ポーション価格が3倍です」


「勇者だな?」


「はい。買い占めているようです」


「魔王戦用?」


「はい」


「国内の備蓄を放出して市場を戻せ」


「承知しました」


 もう報告の続きを聞きたくなかった。


 ベルガリア。


 シルヴァーン。


 ガルガン。


 そして、まだ名も覚えていない土地まで。


 俺はひたすら行ったり来たりを繰り返した。


     ◇


 久しぶりに王都で過ごせたある日。


 机に突っ伏していると、扉が開いた。


「お兄様」


 セシリアだった。


 茶と焼き菓子を置く。


「お帰りになっていたのですね」


「ここは俺の家なんだが、もはや宿のようだな」


「勇者様たちは、今日もたくさんの方を助けたそうですね」


「ああ」


「お兄様も?」


「俺は各国に頭を下げて、書類に署名しているだけだよ」


 セシリアは少し考えてから、茶を俺の前へ寄せた。


「でも、勇者様に助けられた方たち、お兄様がいなかったら困ってしまいますね」


「……」


「お茶、冷めますよ」


 一口飲む。


「セシリアは時々、嫌になるほど正しいな」


「まあ、お兄様ったら」


「褒めてない」


 向かいではグレゴールも茶を飲んでいた。


「……美味い」


「宰相様、少しお休みになっては?」


「姫殿下」


「はい?」


「もう一杯いただけますか」


 その夜だけは、よく眠れた。


     ◇


 翌朝。


 通信具が光った。


『殿下』


「どうした」


『魔王軍の将軍を確認しました』


 一気に目が覚める。


「戦力は?」


『現地の兵から情報がありました。何度傷つけても再生するそうです』


『核があるわ』


 セレナの声が割り込んだ。


「分かるのか?」


『魔力の流れを見ればね。核ごと消せば終わる』


「待て。セレナ、何をするつもりだ」


『大魔法よ』


『セレナさん、ここ湖の近くです!』


「他にやり方はないのか?」


『考えてる時間がもったいないわ』


「待て!」


『行くわよ』


 通信が切れた。


「ミア!」


 返事はない。


 しばらくして。


 通信具が再び光った。


『……殿下』


「無事か!?」


『はい。全員無事です。将軍も倒しました』


 息を吐く。


「……よくやった」


『ありがとうございます』


 沈黙。


 嫌な沈黙だった。


「それで?」


『……湖が』


「湖?」


『なくなりました』


「……もう一度頼む」


『湖がなくなりました』


 意味が分からない。


「湖がなくなるとは、どういう意味だ?」


『セレナさんの魔法で水が全部――』


『蒸発しただけよ』


 セレナの声が入る。


「だけ?」


『将軍は倒したわ』


「湖は?」


『なくなったわ』


「それを“だけ”で済ませるな!」


『必要な威力だったのよ』


「どこの湖だ!」


 ミアが申し訳なさそうに答えた。


『ラウゼン王国の……国内最大の湖です』


「……最大……」


『はい』


 目を閉じた。


「馬車を出せっ!!」


     ◇


 ラウゼン王国へ到着した時、湖だった場所には巨大な窪地だけが残っていた。


 水面も。


 湖畔の桟橋も。


 何もない。


「……本当に消えているな」


「はい」


 ラウゼン王は、元湖を見ながら静かに言った。


「魔王軍の将軍は倒れた」


「はい」


「周辺の民も救われた」


「はい」


「勇者殿には感謝しておる」


「ありがとうございます」


「それはそれとして」


 来た。


「周辺の村で飲み水が足りん」


「……はい」


「農地へ引いていた水も止まった」


「……はい」


「どうする?」


 元湖を見る。


 自然に戻るのを待つわけにはいかない。


「……水を生み出せる魔法使いを集めます」


 ラウゼン王がこちらを見た。


「湖を戻すのか?」


「一度に全部は無理でも、生活用水と農業用水を確保しながら水を戻します。人数を集めれば何とかなるはずです」


「殿下」


 グレゴールが眼鏡を押し上げる。


「問題があります」


「もう慣れた。言え」


「ここはアルディアからかなり離れております。魔法使いだけを送るには道中が危険です」


「まだ魔物がいるか」


「はい」


 少し考える。


「なら、冒険者パーティごと雇え」


「パーティごと?」


「水魔法を使える者がいるパーティだ。魔法使いは給水。ほかの者は道中の護衛と物資輸送を任せる」


「なるほど」


 そこで、ふと思い出した。


「グレゴール」


「はい」


「以前、勇者が仕事を片付けすぎて仕事を失った冒険者がいたな」


「182名です」


「その中から探せ」


「全員ではなく?」


「全員連れてきてどうする」


「ごもっともです」


「水魔法を使える者がいるパーティから声をかけろ。足りなければ他の街にも募集を出す」


「承知しました」


 一つ問題を処理できそうだった。


 少しだけ気が楽になる。


「殿下」


「……まだあるのか」


「依頼料」


「払う」


「往復の旅費」


「払う」


「馬車代、食費、宿泊費」


「……払う」


「複数パーティを長距離移動させるとなれば、かなりの額になります」


 元湖を見る。


 次にグレゴールを見る。


「勇者が仕事を奪った冒険者に、勇者の後始末を頼むのか」


「そうなりますね」


「……世の中、うまくできているな」


「国庫以外は」


「それを言うな」


 湖に水が戻る目処は立った。


 国庫に金が戻る目処は、まだ立っていなかった。


     ◇


 その数日後。


 グレゴールが一枚の紙を机へ置いた。


「殿下」


「国庫だな」


「はい」


「結論だけ」


「このまま勇者様が順調に進まれますと、魔王討伐より先に財政が死にます」


 立ち上がった。


「父上!」


     ◇


 玉座の間。


「ほっほっほ。どうしたユリウス」


「勇者一行を一度止めていただけませんか」


「なぜじゃ?」


「国が滅びますっ!!」


「魔王に負けても滅びるではないか」


「それはそうですがっ!!」


「ならば何が問題じゃ?」


「全部ですっ!!」


「全部?」


「壺! 冒険者! 外交! 魔剣! 森! 魔石! ポーション! 湖っ!!」


 息が切れた。


 父はしばらく黙っていた。


「ユリウス」


「……はい」


「勇者殿は人を救った」


「はい」


「お前は、その後を走り回った」


「……はい」


 父は窓の外を見る。


「森も、湖も、国庫も。どうにかなる」


「……」


「世界が残れば、な」


「それは分かっています」


「ならよいではないか」


「よくありません」


「なぜじゃ?」


「その“どうにかする”を全部俺がやっているからです」


 父は少し考えた。


「……大変じゃな」


「他人事みたいに言わないでください」


 一瞬だけ、この王の息子であることが嫌になった。


     ◇


 そしてついに。


『殿下』


 ミアから通信が入った。


 静かな声だった。


「どうした」


『魔王城へ到着しました』


 グレゴールも手を止めた。


『これより、突入します』


「……分かった」


『……今回は、何も言わないのですか?』


 思わず笑った。


 待て。


 戻れ。


 壊すな。


 持っていくな。


 ずっと、止める側だった。


「ミア」


『はい』


「もう止めなくていい」


『え?』


「好きにやらせろ」


『ユリウス!』


 レオンの声。


「好きにやれ」


『……』


「後始末は、こっちで引き受ける」


 少し間を置く。


「だから必ず勝て」


『当たり前だ!』


「それと、生きて帰れ」


『もちろん!』


 通信が切れた。


 静かになった通信具を見る。


 レオンは昔から変わらない。


 困っている人がいれば進む。


 止めても進む。


 そのせいで、俺は何度も世界中を走り回った。


 でも。


 今だけは、それでいい。


「……行ってこい」


     ◇


 それから、何も聞こえなかった。


 10分。


 30分。


 1時間。


 通信具は沈黙したままだ。


 執務室には、俺とグレゴール、それに連絡を待つ役人たちが残っていた。


 誰も余計なことを言わない。


 壁時計の針だけが進んでいく。


 やがて父と母、セシリアも執務室へやってきた。


「……長いな」


「はい」


 それしか言えなかった。


 さらに時間が過ぎた。


 通信具が光った。


 全員が立ち上がる。


「ミア!」


『……殿下』


 声が震えていた。


「どうした」


 一瞬の沈黙。


『勝ちました』


「……」


『魔王を倒しました』


 息が止まった。


「全員いるのか?」


『はい』


「5人とも?」


『はい。全員、生きています』


 そこで初めて、息を吐いた。


「……そうか」


 隣でグレゴールが目を閉じる。


「よくやった」


『ありがとうございます』


 通信の向こうで、誰かが笑った。


 レオンだろう。


「グレゴール」


「はい」


「各国へ連絡を」


「直ちに」


 役人たちが一斉に動き出す。


「魔王討伐成功。勇者一行は全員生存」


 その報せが、各国へ送られていく。


 そして。


 城の鐘が鳴った。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 やがて王都中の鐘が応える。


 魔王討伐。


 勇者一行、全員生存。


 街から歓声が爆発した。


 父が大笑いした。


 母は涙を拭った。


 セシリアが俺に抱きつく。


「お兄様! 勝ったんですね!」


「ああ!」


 久しぶりに何も考えず笑った。


 横を見る。


 グレゴールが椅子へ沈んでいる。


「終わったな」


「はい」


「世界は救われた」


「はい」


「国も残った」


「辛うじて」


「……勝ったな」


「はい」


     ◇


 それから、しばらくして。


 勇者たちが帰ってきた。


 5人とも、旅の跡を全身に残していた。


 装備は傷だらけ。


 それでも、全員いる。


「ユリウス!」


 レオンが手を上げる。


「ただいま!」


 言いたいことは山ほどあった。


 壺。


 冒険者。


 ベルガリア。


 魔剣。


 森。


 魔石。


 湖。


 おそらく、まだ知らないこともある。


 それでも。


「ああ」


 笑った。


「おかえり」


 レオンが少し目を丸くする。


「よくやった」


「ああ!」


「本当に、よくやった」


 ミアが泣き出す。


 ガルドがレオンの背中を叩いた。


「やったな!」


「痛え!」


「ガルドさん! 怪我人なんですよ!」


「それくらい平気だろ!」


「帰ってきてまで騒がしいわね」


「お前が言うな、セレナ」


 カインはもう帰ろうとしていた。


「カイン」


「なんだ」


「少しくらい余韻に浸ったらどうだ?」


「興味ない」


「……そうか」


 ただ、口元がほんの少しだけ笑っていた。


 レオンが俺を見る。


「ユリウス」


「なんだ」


「約束、覚えてるか?」


「……串焼きか」


「好きなだけって言ったよな!」


「世界を救った男が、それでいいのか?」


「あれがいいんだよ」


 笑ってしまった。


「ああ。好きなだけ食え」


「よっしゃ!」


 世界は救われた。


 全部報われた。


 ようやく終わった。


「あ、そうだユリウス」


 嫌な予感がした。


「……なんだ」


「帰り道で、困ってる村があってさ」


「待て」


 ミアが目を逸らす。


「殿下……山から降りてきた魔物が渡っていた橋を、ガルドさんが……」


「ガルド」


「崩した」


「なぜだ」


「魔物が渡ってきてたからな!」


「その橋は?」


 沈黙。


 グレゴールがやってきた。


「殿下。商人組合から使者が」


 目を閉じた。


「……主要街道だったか」


「はい」


 レオンが俺を見る。


「ユリウス」


「なんだ」


「そこは頼んだ!」


「串焼き全部自腹にするぞっ!!」


「それは困る!」


 城門前に笑い声が広がった。


 魔王は倒れた。


 世界は救われた。


 そして俺の戦いは、今日も終わらない。

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