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令嬢シリーズ

追放されたメイドが極めすぎた【炎魔法】で運命を焼き尽くしたら

作者: 無色
掲載日:2026/04/03

 昼下がりの静かな時間。

 メイドたちが淡々と仕事をこなす中。


「おい、そこのメイド」


 豪奢な衣装に身を包んだ、第二王子アレイシアが尊大な態度で一人のメイドを呼び止めた。


「はい、なんでございましょう」

「名前は何という?」

「シーニャと申します」

「ふむ。シーニャか、なかなか悪くない名と顔だ。合格としてやる。今から私の部屋に来い」


 どこか粘つくような視線。

 他のメイドたちは、それがお手付きであることを察した。

 アレイシアは音に聞こえた女好きであり、婚約者がありながら他の令嬢やメイドに手を出し、その度に厳しい叱責を受けてきた。

 即物的で周囲の評判も良くない彼が尊大に振る舞っているのは、他ならぬ彼が王位継承権の第一位であるためだ。

 にも関わらず、今また一人のメイドに手を出そうとしている。


「アレイシア殿下ってばまた……この間お叱りを受けたばかりなのに……」

「第一王子殿下がご健在なら、あんな低俗な方が王位になんて……」

「しっ、誰かに聞かれたらどうするの」


 その様子を見ていたメイドたちは、助けようとせず、自分たちに火の粉が振りかからないようにと密かにその場から退散した。


「お部屋のお掃除ですか?」


 シーニャが小さく震えながら訊ねると、そんな弱々しい反応を気に入ったらしい。

 アレイシアはフッと下卑た笑みを浮かべた。


「ああ掃除を頼む。しばらく使っていないから埃を被ってるかもしれないからな」


 下腹部に熱を宿し、シーニャの腰に手を回す。


「王子たる私に寵愛を受けるのだ。光栄に思え」


 シーニャが固く目を瞑ったその瞬間。


「いけません殿下!!」

「おおッ?!!」


 アレイシアの視界が炎で埋まった。


「男女共に親と夫婦以外に肌を許すことなかれ、です! 未婚の女性に男性が触れるなんて、灰になっても許されないんですよ!」

「あ、あの……」

「あ、シーニャさん。お疲れ様です。メイド長が探してましたよ。午後の業務で伝えたいことがあるとか」

「き、さま……!!」


 アレイシアは眉間に皺を刻むと、自分の前髪を焼いたそのメイドに向かって声を荒げた。


「私を突き飛ばした……いや体当たりするなど……何のつもりだメイド!! 名を名乗れ!!」

「はい! 本日正午より王城でのメイドの任を賜わりました、リゼルと申します! どうかお見知りおきを――――」

「クビだ!!」

「…………ほぇ?」

「お前のような無礼者を城に置いておけるか!! 追放だ!! 誰かこの女を外へ連れ出せ!!」


 勤務初日。勤務時間、五十三分。

 リゼルは王城を追放された。






「ふえぇ……いきなりクビになっちゃったよ……」


 リゼルは荷物を抱え、背中を丸めて街を歩いていた。


「せっかく憧れのメイドになれたのに」


 あまりに唐突で、メイド服を着替える間も無かった。

 リゼルは深いため息を一つ、それから背すじを伸ばして両の手で頬を叩いた。


「まだ諦めちゃダメ! 王城がダメでも他のお屋敷なら!」


 そう職業斡旋所に勇んで乗り込んだはものの。


「紹介出来るメイドの仕事は無いね」

「な、なんで?!!」


 悉くを断られた。

 王城を追放されたメイドの噂は一瞬で王都に広まってしまった様子。

 加えて第二王子を怒らせたともなれば、雇っただけでどんな憂き目を見るかわからない。

 今や王都にリゼルが働ける屋敷は存在しない。

 せいぜいが娼館で客を相手に奉仕する程度だ。


「お願いします! 何とか紹介してもらえませんか? でないと野宿に……というか明日からの食い扶持も……」

「そうは言ってもね」


 斡旋所の主は子犬のように目を潤ませるリゼルを見て気の毒そうに唸り、それから思い出したように一枚の紙を差し出した。


「そういえばこの紹介があった。王都から遠く離れた北の街なんだが、そこで働き手を募集してたはず……ああダメだこれは」

「ま、まっ、待ってください!! なんでダメなんですか?! 期待させておいてそれはないですよ!!」

「こいつは魔法使い専門の募集なんだよ」

「なら大丈夫です私魔法はちょっと使えるので!!」

「北の街はあんたみたいな女の子にはキツいところだぞ……」

「メイドなら仕事がキツいのは当然です!! 選り好みはしません!! だからお願いしますその仕事ください〜!!」


 王都にリゼルの懇願が木霊した。






 魔導列車を乗り継ぎ、王都出発から五時間。

 極寒の吹雪に閉ざされた北の街にリゼルはやって来た。


「すごい雪」


 少し前に日の入りは過ぎたが、辺りはすでに魔石の街灯が意味を成さないほど深い夜の闇に覆われている。

 当然外を出歩いている人もいない。

 少し間違えれば街中で遭難、凍死の恐れもありえるためだ。


「えっとお屋敷は……あっちか」


 街の端に位置する屋敷に到着。

 門の呼び鈴を鳴らしてもこの吹雪では聞こえないと、門前で一礼した。


「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか? ごめんください」


 玄関の扉を数度叩くと、執事が一人出迎えた。


「どちら様でしょうか?」

「職業斡旋所で紹介を受けてやってまいりました。リゼルと申します」


 執事は怪訝な目でリゼルを見やった。

 彼女があまりにも軽装だったからだ。

 手荷物が一つ、あとは何も持っていない。

 コートやマフラーなどの防寒具すら。


「あの……?」

「……失礼しました。執事のモナークと申します。遠路はるばる、ご足労をおかけしました」

「いえいえ。メイドたるもの求められれば何処へだろうと」

「募集要項には魔法使いであることを希望する旨を記載していたはずですが。恐れながら、証明していただいても?」

「はい! でも私そんなに大したことは出来ないんですけど」

「構いませんよ」


 モナークは期待していない。

 本音を言うと、リゼルを追い返す気ですらいた。

 ここは働きたいからと来るような場所ではないからだ。

 年中雪が吹き荒び、物流が止まることも度々あるような過酷な地。

 そこにまだ若い女性が一人、それもメイド服を着の身着のままでやって来るなどどう考えてもおかしい。


(怪しすぎる……。元々はセイナ様の道楽での募集だったが、やはり取り止めを勧めた方が)

「じゃあやりますね」


 リゼルが庭に向かって手を翳した瞬間、視界一面の雪が消えた。


「は……?」


 モナークは目を丸くした。

 夜の中でもわかる青々とした芝生。春が来たと勘違いした花々が鮮やかに咲き始めた。

 凍っていたはずの噴水が流れ、空を覆っていた雲は、屋敷の上だけぽっかりと穴を空けている。


「あ、あの、これじゃ、ダメ……ですか? 私【炎魔法】しか使えなくて……あ、で、でも! 一応この街の雪全部溶かすことは出来るんですけど! ほ、ほら、えーい! ねっ、ねっ?! あっ、それと料理も得意です! 料理は火が命なので! 一生懸命頑張ります! どうか私を雇ってください!!」

「は、はい……よろしく、お願いします……」


 モナークは終始、目の前の現実に呆然とした。


「ゴホッ、ゴホッ……雪が止んだ……」


 ベッドの上で窓の外を眺める青年もまた、久しぶりの星空を目に焼き付けていた。





 リゼルは働きぶりは相当に甲斐甲斐しいものであった。

 朝は誰より早く起き、夜は誰より遅くまで仕事をする。


「ゴメンなさいお皿を割りました!」

「ゴメンなさい花瓶も割りました!」

「ゴメンなさい窓も割りました! 三枚!」


 生来的に不器用で幾度と不出来を露呈したが、持ち前の明るさと愛嬌で使用人たちとはすぐ打ち解けた。


「リゼルは楽しそうに働くね」

「はい! メイドは子どもの頃からの夢でしたから!」

「王城で働いていたんでしょう? どうしてこの街に?」

「いやぁ、アハハ……」


 街でも大層な人気であった。

 何せリゼルがやってきてから、この街に雪解けの春が訪れたもので、リゼルを春の使いと呼ぶ者までいる始末。

 本人は顔を赤くして、そんなに大層なものじゃないですよ、と否定したが。

 ともかく街の人々は奇跡の晴れ間を堪能した。


「リゼルちゃん、おはよう!」

「このりんご持っていきな!」

「新作のパンを焼いたんだ! 寄ってってよ!」


 毎日楽しく過ごすリゼルだが、未だ屋敷の主人とは顔を合わせたことがなかった。

 病気で静養中のため、執事のモナークと限られたメイドが世話をしているらしいことを聞かされていた。


「ご主人様ってどんな人なんだろう」






 そんなある日の明け方のこと。

 日課の()()()で庭に出たとき、


「おはよう」


 二階の窓からリゼルに声をかけた人物がいた。

 今にも消え入りそうなくらい儚い、痩身の男性だった。

 さしものリゼルも即座に察した。

 男が顔を覗かせているのは、他でもない主の部屋であったから。


「おはようございます、ご主人様。離れたところから不躾に失礼いたします」

「こちらから声をかけたんだ。気にしないで。それより、今何をしようとしていたの?」

「毎日この時間に空の雲を晴らしているんです」

「雲を、晴らす?」

「生活の妨げになるようなものを少しだけ。本当なら寒波を全部消しちゃう方が楽なんですけど、あんまり大雑把なことをすると後が大変なので」


 男は何を言っているのかわからないと眉根を寄せた。


「ええと……極端な話が、雪が全て無くなると困る人がいる、ということです」


 雪かきが面倒な大人もいれば、雪遊びが好きな子どももいるだろう。

 雪の下や寒さで甘みや旨味を蓄える果物や野菜もある。

 海が冷たければ冷水を好む魚の漁場が形成されることも。

 リゼルはそういったことにならないよう、街全体の雪を溶かしながらも、部分的に気温の調整を行なっている。


(例えるなら、一つの氷を壊さないよう、氷の中に熱の気泡を複数作っているようなものだろうか。そんな高等魔法をメイドが……?)


 男は少し考え込んでから、小さく二度咳き込んだ。


「いけませんご主人様! お身体に障ります!」


 リゼルは慌てて二階の窓まで()()()

 それを見て男は身体のつらさを忘れた。


「君、それは……」

「ほぇ? ああ、これは周りに熱の膜を作って、温度を調節して飛んでるだけです。私【炎魔法】しか使えなくて、こんなことくらいしか」

「こんなことくらい……いや、人が空を飛ぶなんて、そんなのは古の魔法使いしか……。君はいったい……」

「はっ! 名乗るのが遅くなり申し訳ございません! メイドのリゼルと申します!」


 その夜明けの太陽のような笑顔に、男は目を奪われた。


「リゼル……。僕は、セイナだ」

「はい。よろしくお願いいたします、ご主人様」


 リゼルはメイドらしい作法で礼をした。

 宙に浮かんだまま。






 その日から、リゼルは屋敷の主であるセイナの世話係に任命された。

 世話係と言っても料理以外はからきしで、主にセイナとの話し相手が主な業務である。

 内容は主に魔法関連。

 魔法の研究が趣味だというセイナは、興味深くリゼルの話に聞き入った。

 時には一昼夜丸々、談話に花を咲かせることもあった。


「神様が与えた奇跡なんて言い方をする人もいますけど、要は魔法って想像力なんですよ。ああしたい、こうしたい、って強く思えばだいたい何でも出来ます。こうやって」


 右手に炎を宿す。

 炎は鳥の形となって部屋を飛び回り、リゼルの右手に留まった。

 それに花瓶に活けてあった花を近付けたが、花は燃えておらず瑞々しさを保っていた。


「鳥の形をした炎でも温度は全然高くない、みたいなことも出来ます」

「触ってもいいかい?」

「どうぞ」

「本当だ、熱くない。何度見ても驚かされるな。これは本当に【炎魔法】なの?」


 セイナは目を輝かせて炎の鳥に魅入った。


「ご主人様は魔法がお好きなのですね」

「昔からね、何故か心惹かれるものがあるんだ。僕自身も魔法使いだからなのか、魔法に何かを求めているからなのか。それはわからないけれど」

「ご主人様の魔法も見てみたいです。あっ、もしかして、不敬な物言いでしたか……?」

「フフ、いいよ。今日は身体の具合もいいことだし」


 セイナは指の先に氷の花を作った。


「わぁ……綺麗な【氷魔法】……。ご主人様すごいです!」

「君の魔法を見た後だと、小さくて恥ずかしいな」

「そんなことないです! 魔法は……その人そのものです。ですから、こんなに綺麗な魔法を使えるご主人様は、きっと心が綺麗なんですね」


 セイナはかあっと頬を赤くした。


「……そう、なのかな。なんだか照れくさいな。だとすると、君はこの街に光を齎した太陽のような女性だね」

「エヘヘ、そうですか? ひいお婆ちゃん……じゃなかった、曾祖母はもっとすごい魔法使いだったんですけどね。空を覆うドラゴンの群れを一瞬で消滅させられるくらい」

「それは……本当に人間の話をしているのかな……」

「たぶん人間です。"大賢者"……?とか言われてたような。雷を降らせたり、山脈を吹き飛ばしたりしたらしいです。どこまで本当かわかりませんが、ご主人様も病気が治ったらそれくらい強くなれちゃうかもですよ」

「ドラゴンを倒せるくらいかい? ハハハ、そうなったら僕は勇者だね」

「そうですね……あっ、勇者になってもクビにはしないでくださいね?! お願いですよ?! クビって言われても居座り続けますからね?!」


 セイナにとってリゼルと語らう時間は何にも代え難い安らぎであった。

 屋敷に籠もっていた自分に未知の驚きを与え、自分を病人でなく一人の人間として扱ってくれる。

 長く忘れていた、心の陽だまり。

 願わくばこの時間が長く続いてほしいと願って。


「ゴホッ!!」

「ご主人様!!」


 セイナはベッドの上に血を吐いた。






「ご主人様、ご主人様しっかり!!」


 リゼルが傍らで叫ぶ。

 重苦しい沈黙が部屋を満たす中、使用人たちは固唾を飲んでセイナを見守っていた。

 セイナは浅い呼吸を繰り返し、額には脂汗が滲んでいる。


「これ以上は、手の施しようが……」


 医者の言葉にモナークは唇を噛み締める。

 使用人たちは目を伏せ、誰も言葉を発することができなかった。

 その中で一人、リゼルは医者に掴みかかった。


「何とかしてください! お医者様でしょう!」

「無茶を言わないでくれ! 長年医者をやっているが、こんな病は見たことがない! 今まで薬でどうにか症状を緩和出来ていたのが奇跡だ! 病巣が広がりすぎている……私ではこれ以上どうすることも出来ないんだ!」

「そんな……」

「リゼル……」


 弱々しい声にリゼルは振り返った。


「ご主人様! リゼルはここにいます!」

「手を……」


 握った手は冷たい。


「短い間だったけれど、君と会えて良かった……。君は僕の太陽だ……。叶うならば、もっと君と話をしたかった……」

「そんな寂しいこと言わないでください!! ご主人様!!」

「リゼル……僕は……」

「お医者様が治せないなら私が治しますから!!」

「え……?」


 言って、涙ながらにリゼルはセイナを燃やした。

 使用人たちは一斉に驚き悲鳴を上げたが、セイナを包んでいた炎はすぐに消えた。


「今のは……っ?!」


 セイナは目を見開いて身体を起こした。

 

「どういうことだ……身体が……病気が……治っている……?」


 セイナの顔には生気が漲り、青白かった肌には血の気が戻っていた。


「リゼル……君は……」

「ぐすっ……身体の悪いところを全部燃やしたんですけど……本当はあんまりやっちゃいけないんです……。身体の負担になるから……」


 負担とリゼルは言うが、セイナは一切それを感じなかった。

 当然だ。

 細菌単位の燃焼など、感じようと思って感じ取れるものではない。

 

「一応、ご主人様のお身体を気遣ったつもりなんですけど……ううぅ、無事で良かったぁ〜!!」


 病巣の焼却と同時に、身体を内側から燃やし(あたため)活力を与えた。

 健康人よりも健康なセイナは、彼女のしでかした魔法に背すじを奮わせた。

 魔力(マナ)の容量、規模、発想、どれを取っても既存の魔法使いの器ではないと。

 しかし、今はそれすら些細なこと。

 セイナは力いっぱいにリゼルの細い身体を抱きしめた。


「ご、ご主人様……?」

「リゼル、君は……僕の太陽だ」


 そのぬくもりを逃さないよう、めいっぱいに堪能した。






 セイナの容態が完全に回復したその後。


「あれ、病気じゃありませんよ。たぶん毒の魔法だったんじゃないですか? 燃やしたときの感じが違った気がしたので」


 リゼルの一言で事態は急変した。

 長く病魔を患っていたと思われていたセイナは、何者かに魔法を掛けられていたことが判明した。

 【毒魔法】……使い手はセイナの看病に当たっていたメイドだった。

 彼女は毎日、気付かれない程度の毒でセイナの身体を侵してきた。

 取り調べによる犯行の動機を聞いて、セイナは怒りを覚えて立ち上がった。


「王都に戻る」


 王都に冬がやって来た。

 誰かが口ずさんだとおり、王都を白銀の雪が覆った。


「なんだこの騒ぎは……っ?!!」


 アレイシアは、王城の中に荒れ狂う青年の姿を一目見て後ずさった。


「お、お前は……」

「やあ、アレイシア。久しぶりだね。どうかしたか? 亡霊でも見るような目をして。兄弟の再会を喜ぼうじゃないか」

「あ、いや……そ、そうだ、な……。変わりないようで、何より……だ。あ、兄上……」

「ああ。長く療養していたおかげかな。すこぶる調子がいいよ。ところでアレイシア」


 後ろに控えていた兵が捕らえたメイドの姿を見せたとき、アレイシアの表情が引き攣った。


「彼女に見覚えがあるな?」

「っ?!! しし、知らん!! 誰なんだその女は!!」

「あ、アレクシア様……」

「軽々しく名を呼ぶな無礼者め!! お前のような奴は、私が直接首を刎ねてやるぞ!!」

「猿芝居はよせ。もうすでに調べはついている。お前が僕を王位継承権から排するために、暗殺者を送り込んだことは」

「ち、違っ……そんな、私は何も、知らな……」

「わざわざ身分を詐称させてまで、周到なことだ。一度で殺さなかったのは、長く僕を苦しめるためかな? そこまで恨まれていたとは知らなかった。もっとお前と言葉を交わしていれば、今とは違う結末になっていたのかもしれないけど、もう遅いか。今日は礼をしに来たんだ。()()なメイドと、もう一人……最上のメイドを遣わしてくれたお前に」


 アレイシアは震えながら膝から崩れ落ちた。

 目の前にいるのは、かつて氷の魔神とまで謳われた魔法の天才……第一王子、セイナヴァリス。

 冷たい魔力(マナ)を浴びているだけで、やがてその身は氷と化すだろう。

 自分の生が尽きる微かな音を、アレイシアは吹雪の中で聞いた。






 アレイシアは、療養という理由で王都を去った。

 ということに表向きはなっている。

 セイナへの凶行に元々の素行の悪さも加われば、到底表沙汰に出来ない王家の恥であった。

 

「不徳の致すところだな」


 歴史に残ることの無い事件に、王は悩ましげに頭を抱えた。


「そのような言葉では片付けられないでしょう」

「ああ、そうだな。セイナヴァリス、お前が無事でよかった。このまま王位を継いでくれれば儂も安心なのだが」

「生憎と権威に興味が無いもので。私は一度王位継承権を外れた身、このまま北の街で静かに暮らしたいと存じます」

「しかしそれでは王位に空白が出来てしまう」

「父上も母上もまだお若いでしょう」

「……この歳で頑張るのは骨が折れるな」


 と、王は苦く笑った。


「セイナヴァリスよ、たまには帰って顔を見せてくれ」

「次は兄弟が出来たときにでも」

「兄弟を案ずるよりお前自身はどうなんだ。いい歳だ、王籍から抜けるとしても嫁と孫の顔は見せてくれるんだろうな?」

「……まあ、それなりに頑張ってみます」


 セイナも同じく苦笑いした。

 なんせ思う相手は、氷の魔神でも手に余る太陽なのだから。






「おかえりなさい、ご主人様」

「リゼル……いい加減、僕のことはセイナと呼んでくれないか?」

「だって私はメイドですから」

「困ったな……そうなるとクビにしないと名前では呼んでくれないんだね」

「く、クビにしないって約束しましたよね?!」

「君はほら、うちの家財をとことん壊したろう? それに伴う賠償金が発生すると、とてもメイドの給金では贖えなくなってしまうんだ」

「だ、だからクビにするんですか?! ご主人様を治したのは私なのに?! ご主人様の嘘つき! 契約不履行! ダメ雇い主! 恩知らず! 嫌いになっちゃいますよ?! いいんですか……きゃっ?!」


 青空の下、セイナはリゼルを両腕で抱きしめ持ち上げた。


「リゼル、僕の太陽。愛してる。僕と結婚してほしい」

「だ、だだっ、男女共に親と夫婦以外に肌を許すことなかれ、で……」

「じゃあ夫婦になれば解決だ。僕とじゃ、嫌?」

「嫌、では、ない……ですけど、私はメイドで、ご主人様はご主人様で、あの……うぅ。そのお顔は反則ですよ〜!!」


 リゼルは、ぼおっと顔を発火させた。






 ――――――――

 ――――

 ――





 深い雪に閉ざされていた北の街。

 今では晴れ間が時折顔を覗かせるその街には、とある幸せな家族がいる。

 父と母でありながら、主とメイド。魔法使い。

 三人の子宝に恵まれ、夫婦仲睦まじく暮らしている。


「ねえお母さん」

「なあに?」

「なんでお母さんはメイドなの?」


 母は太陽のような笑顔で答えた。


「メイドはね、世界で一番愛する人に、世界で一番幸せを与えられるお仕事だからですよ」


 これは追放されたメイドが、極めすぎた【炎魔法】で運命を焼き尽くした……そんな物語である。

 4月に入ったのに寒すぎ。

 無色です、読んでいただきありがとうございます。


 今回はざまぁより、ちゃんと甘い感じの恋愛に振り切りましたが、如何でしたか?

 前のがつよつよお母様だったり、激重ヤンデレ魔剣だったりしたので……


 なんとなく遊びで、前作『悪役令嬢のお母様』に繋がる設定を入れましたが、伝わった方はいるでしょうか?

 何のことやらの人は、ぜひ読んでみてくださいm(_ _)m


 いつもは異世界百合ファンタジーを書いてますが、短編は恋愛モノを多く書いています。

 そちらも興味があればぜひ。


 おもしろかったと思っていただけたら、リアクション、ブックマーク、感想、☆☆☆☆☆評価などいただけましたら幸いですm(_ _)m

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