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一枚の初恋は、八時三十分から現実に  作者: 覡天狐


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9/10

第九話 お礼は十分頂きました

「うわー、広いねー」

「なー、あー涼しー」


 今は一時二十分を少し過ぎた頃。図書館に到着した僕達はようやく灼熱の外気から解放された。


 初めてやってきた松永はどうやら極楽みたいな寒気以上に図書館の広さに驚いている様子。それもそのはず、この図書館はただの図書館ではない。施設内にカフェ、程よい広さの講堂。外側には小さな公園が併設された複合型施設。勉強や読書のための利用客だけでなく、平日の昼間には子供を外の公園で遊ばせたお母様方がカフェで談笑されている光景をよく目にする。


 僕達が勉強する時によく利用している辺りの席を見渡してみてもまだ透は来ていない。もう少し二人で居られることにたまらずガッツポーズをとってしまう。今日ばっかりはいつも遅刻してくる透に大遅刻を望もう。


 喜びを静かに表現していた肩がトントンと叩かれる。


「ねぇ、図書カードってどうやって作るか知ってる?」


 いつの間にか興味津々に周りを見渡していた松永はすぐ近くに来ていた。突然の接近に驚きつつ距離を少し確保する。

 

「図書カード? 受付に行って、身分証明書を見せて、家の電話番号とか書いた……気がする」


 自分の場合は近隣の小学校であったため、授業活動で必要となり一年生の頃にクラス全体でもらったため詳しくは覚えていない。しかし、中学に入ってから作った透曰く、そんな感じだったはずだ。


「身分証明書? 持ってないかも……」


 松永は不安そうにカバンから取り出した財布を漁り始める。僕の使っている開く時にバリバリと音がなるものとは違いシンプルなポーチのような形。


「学生証でもいけるんだけど、持ってる?」


「持ってる持ってる! これでしょ! よかった」


 ドヤッとした顔で指と指の間に挟んで見せつけるのはまさしく我らが中学校の学生証。


「電話番号の方は大丈夫そう?」


「大丈夫! おばあちゃん家の番号も覚えてるから」


「おー、それは凄いね」


 うちでは祖父母とラインで繋がっているため知る必要はない。つまり、知らない。僕の知っている番号といえば家の電話と両親の携帯だけだ。両親曰く、昔は友達の家の電話番号も覚えていたらしい。そして、遊ぶ約束は学校でするか、電話をかけていたらしい。とてもじゃないが信じられない。


「でしょー。……実はおばあちゃん家の電話、黒電話って言ってすっごく古いんだよ。クルクル回して使うんだけど、知ってる?」


 空で手をクルクルさせながら説明してくれるが全然分からない。どこを回すのだろうか?


「聞いたことはあるよ。流石に見たことはないけど、松永さん使えるの?」


「うーん、一回使い方教えてもらったんだけど、忘れちゃった。多分無理かも。あはは」


 松永は眉をハの字に曲げたかと思うとすぐにそのシワを伸ばし、快活に笑って見せる。


「やっぱり、結構難しいんだ」


「そうでもない、よ? 何か、番号のとこまで回す? 感じ!」


 首を傾げながらのなんともいえない説明。


「へー……」


 全く分からない。しかし、それを気取られないように適当に頷いておく。


 そして、ようやくどことなく話があえて長引かれている感覚に気が付いた。


「……」


「……行かないの? 作りに」


 つい一日前にも味わった空気。


「うん。……行く、行くよ」


 花のような笑み。嘘つきの顔。


 無理を取り繕っている。しかし、その無理がどの無理なのか見極めなければいけない。


「僕はそろそろ透も来るし席取っておこうかな」


「……埋まっちゃったら、一緒にできないもんね」


「うん」


 カードを作る際に個人情報が僕に聞かれるのが嫌なのかもしれない。そう思って離れる素振りを取ってみたのだが……。


「…………」


 その表情は一度見たことがある。


「……あー、あれだったら、カード作るの、ついていこっか?」

 

「えー! いいの!?」


 満開の笑顔が咲き溢れる。


「――――。いいよいいよ。席まだまだ開いてるし、透来るまで暇だから」


 緊張が解れ興奮しているのかグイグイと近づいてくる松永を手で静止しながら後退る。


「ありがとう!」


 注意されそうな大きさギリギリの感謝を口にすると彼女はくるりと踵を返し、後ろ気をすることなく受付へと進み出す。

 

 昨日の今日で確信した。松永はどうやら少し恥ずかしがり屋さんみたいだ。職員室や図書館の職員さんに話しかけるのが苦手なのだろう。その気持ちは僕もすごく理解できる。大人の空間というか、真面目で角張った雰囲気に苦手意識を持つ者は少なくない。多くの人は友達と一緒に行うことで空気を紛らわせるのだが、彼女は人に助けを求めるのも恥ずかしくなってしまうようだ。……そういった場にいたのが僕ではなく、吉岡や村上だったなら話は変わってくるかもしれないが。


 図書館にやってきたとき以上に浮かれた足取りの松永においていかれないようにその背を追っていく。




 

 それから数分、ピカピカのカードを掲げながら松永は僕の隣を歩く。作られて数年経過した自分のものと比べても一際輝いて見える。いや、彼女が持っているからそう見えるのかもしれない。

 

「またまた助けられちゃった!」


「今回はマジで何もしてないって」


 本当にやり取りの後ろで保護者のごとく突っ立っていただけだなのだ。感謝されるわけには行かない。


「いやいや、ついてきてくれただけですっごく心強かったから」


「そう……?」


「そう! ありがと!」


「どう、いたしまして……」


 有無を言わせぬ圧にたまらず、感謝を受け取ってしまう。


 その返答に満足したのか、二度頷いた松永はポケットからスマホを取り出して時間を見せてくれる。


「もう半になっちゃったけど、清水くんまだ来てないよね? バス乗り遅れちゃったのかな?」


「バス? あいつはいつも自転車だから、普通の遅刻だと思う。よくあることだから、大丈夫」


 心配そうな表情を浮かべてくれているみたいだが、おそらくそれは杞憂に終わるだろう。透の体裁のため一応遅刻は「よくある」としておいたが、正しくは「いつも」だ。それも今回ばかりは感謝している。

 

「大丈夫ならいいんだけど」


 ホッ息を吐いた松永を横目に見据えて、今浮かんだ疑問を投げかけてみる。


「そういえば松永さんってバスで来たの?」


 今の透への勘違いや今日彼女を見つけた場所を考えてみれば、そんな推測ができる。


「そうそう」


「結構遠いの?」


 地元の公共施設の利用にバスを使うなんて話あまり聞いたことはない。松永が住んでいた場所はそれが普通なのだろうか?


「遠くはないんだけど……、……そうだ! そんなことより高橋くんにはお礼しなくちゃ!」


「え? お礼?」


 慌てたように言葉を捲し立てる松永。


 明らかに話を逸らされたが、話を逸らすということは言いたくないことがあったということ。言いたくないことを聞き出すことはできない。


「お礼。昨日の今日で三回も助けてもらったのに、私何もしてないじゃん」


「それは僕が勝手にやったことだし……、全然気にしないで」


 松永に伝えることはできないがそもそもこうして休日に会えて、過ごせたことがお礼みたいなものなのだ。


「うーん。………………じゃあ私も勝手にお返しするのはいいよね?」


 腕を組んで暫しの思考の末の強気過ぎる返しに無意識に体が震える。その可愛らしい表情の奥底に『絶対にお返しをする』という意思の熱を感じる。話を変えたその先に本気の熱意を見つけたらしい。


「いいもなにも……、考えてみて。一回目はついでで、二回目はあの人を助けたんだし、三回目は立ってただけだよ?」


「それでも私は助けられました!」


 指を立てて否定してみたが、それを松永は首を振って肯定してきてくれる。


 我儘なお姫様。


「えー」


「何か困ってませんか?」


 松永は握った拳をインタビューのマイクのように僕の口元に向けてくる。


「困ってません」


 ほころびかけた表情筋を引き締めながら首を振る。


 図書館の中のため決して大きな声ではない。緩やかで穏やかな押し問答。ここにいる僕達以外は聞き取ることのできない内容。


 そのまま言い合いを続けながら席に向かって進んでいく。この時間がもう少しだけ続くことを神に……そして透に祈りながら。

 

 

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