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一枚の初恋は、八時三十分から現実に  作者: 覡天狐


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第五話 一度の失敗なんて気にしない

 顔から火を発しながら走り出すギリギリの速度で廊下を歩いていく。歪んで見える世界は僕の心情そのままのようだ。


 松永から離れていく。近くには居られない。


 これまで自分の頑張りを全て打ち消す最悪のありがた迷惑。勘違いも甚だしい。


 ついさっき行ってしまった恥ずかしい行為を燃料に、自分の脳内が加速していく。一人になればなるほど速度を上げて。


 盛大に間違えた。終わりだ。調子に乗ってしまっていたのだ。一度できた会話。再びできた会話。そこそこ喋れたことに自信を持ってしまったのだ。


「落ち着け……落ち着け……」


 小さく口に出しても効果は薄い。


 気を紛らわせるために何かジュースでも買おう。そうしよう。普段は学校で無駄遣いはしないが、仕方ない。


 自動販売機は教室棟にはない。職員室や会議室、視聴覚室などがある別棟の方へと向かっていく。それはその別棟の一階、入口付近に二つ並んでいる。


 財布から取り出した小銭を入れると、小さい缶コーラを引き出す。


 プシュッ


 爽やかな音が広がるとすぐに、赤くなるほど熱くなった口内から食道まで、冷気と炭酸の衝撃が駆け抜けていく。


 夏も直前のこの季節、太陽の下で飲むキンキンのコーラは何物にも代えがたい美味しさを感じる。


 恥ずかしさも一緒に消えていく、こともないが。楽にはなった。


 近くのベンチに腰を下ろす。部活も始まっているのか、グラウンドや体育館、音楽室から生徒たちの熱気がここまで届いてくる。


 この周辺で下校している生徒はほとんどいない。部活動がない生徒は既に帰った後ということだろう。


 よかった。校門付近のこのベンチは嫌でも生徒から目を引いてしまう。今人の目を浴びれば恥ずかしさがぶり返しかねない。


 ゴクッ


 残っていたコーラを飲み干すと自販機の近くにあるゴミ箱へと入れる。


 「…………?」


 ふと、視線を上げれば金の何かが窓の向こうに輝いて見えた。


 何か、とは言うか誰であるかは明白だ。別棟の二階。そこには職員室がある。であれば、そこに鍵を返しに行った彼女が居ることは当然と言える。

 

 だが、何か様子がおかしい。


 手にはまだ鍵を持っている。ついているタグが大きく目立つためここからでもはっきりと分かった。


 …………。


 そして、一向に返しにいこうとしない。部屋の前の扉の前をゆっくりと往復するだけ。


 …………。


 もう一つ、可能性が思い浮かんだ。


 また間違いかもしれない。二回目の勘違いは今度こそ本当に気持ち悪がられる。それも一度別れたというのにわざわざ、職員室まで追ってくるところが更に業を深めるだろう。もはや、ストーカーと思われてもおかしくない。


 

 ――それがどうした。


 下駄箱へと走る。


 投げ捨てるように箱から上履きを取り出して、履いていた靴は床においたまま。しまっている暇はない。

 

 バッグは邪魔だ。どうせここに置いておいても盗まれはしない。ちょうど床にある靴のすぐ近くに置いておけば靴を忘れ物と思われることもなくなるはずだ。


 身軽になった体を全力で稼働させる。


 目指すは別棟二階。廊下を全力で疾走する。ルールなんか知ったことか。コーラだった液体は胃の中を暴れ、ボディブローのように腹痛を生じさせているが気にしてやらない。二階へと続く階段を駆け上がる。懸念していた鍵を返し終えた松永とすれ違うこともない。


「はぁ、はぁ。……ふーっ」


 手すりに体を預けながら息を整える。


 あっという間だった。加速した脳内が、体感時間を縮めてくれたのもあるが、足の速さには自信がある。


 ここは松永が居るであろう、職員室の廊下に繋がる階段の踊り場。


 呼吸を整え、汗を袖で拭って平然を装う。準備はできた。


 意を決して廊下へと進み出る。


 ――――いた。


 

 廊下に出ればすぐに彼女が目に入った。彼女は職員室の扉の前で固まっている。僕がここに来たことに気が付いている様子はない。


 松永に近づくにつれて胸の鼓動が早まる。比例するように歩く速度が上がっていく。


 ここまで僕は来てしまった。引き返すことはしない。気持ち悪がられても、また挽回すればいい。きっと、透も手伝ってくれる。


「松永さん」


「わっ! ……高橋くん? なんでここに?」


 彼女は僕の声にビクッと小さく震えると、驚いたようにまん丸い瞳を向けてくれる。


 その瞳に驚きと疑問の色を浮かべているが、それ以外の、――ドン引きするような嫌な色は見られない。


 少し胸を撫で下ろす。どうやら気持ち悪がられてはいないようだ。


 ふぅっと息を吐くと気取られないように、わざとらしくならないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……職員室に用があって、鍵まだならさ、ついでに鍵返しておくけど?」


「え! いいの!」


 大輪の花が開く。長い金の髪より爛々と輝いていた。


「――――、いいよいいよ。任せてくれ」


 ようやく彼女らしい笑顔がみられた。松永の表情に陰りはない。疑問や緊張、僕に対する嫌悪感も何も無い。

 

 差し出された鍵をできるだけ彼女の手に触れないように受け取る。


 花束でも向けられた気持ちだった。その笑顔を瞼の裏に焼き付けて、職員室へと進む。


 今日という日に後悔は残らない。


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