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一枚の初恋は、八時三十分から現実に  作者: 覡天狐


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第二話 僕の親友は保健委員

 あの日ここ海北中学校に走った激震は瞬く間に全てのクラス、学年へと轟いた。


 転校生松永明莉(まつながあかり)


 金髪に碧眼を携えた、日本人離れした特徴を持つ同級生。百七十に届かんとする高い身長に、女性的な起伏に富んだとても中学生とは思えない美しい少女だ。


 しかし、血縁的には母方のお爺さんがスウェーデン出身のクォーターらしい。ここまで特徴が出ているのは父方の遠縁にも北欧の血が入っているようで、よく見れば顔つきは日本人よりに見える。


 好きなものは『ちいかわ』。嫌いなものは虫と感性は中学生そのもの。というより、中身は同級生と比べやや幼い印象を受ける。


 これがあの日の一時間目を削って行われた自己紹介の内容。


 当然と言えば当然だが、一週間に渡って休憩時間中の教室人口平均が圧倒的に増加した。普段学年を超えた移動はほとんど行われないはずだが下級生も、上級生も顔を見ようとやってきていた。露骨に接触する人自体は少なかったが、彼女にしてみれば大変な一週間だっただろう。


 それでも子供はやっぱり飽き性なもの。こんな学校という小さな社会においても時間が簡単に新しい話題を運んできてくれる。古いものは直ぐに流されてしまうのだ。つまり、あれほど騒がしかった教室は一ヶ月もすれば新しい平静を取り戻していた。依然として教室の人の出入りはましているが、落ち着いたものだ。


 彼女も教室のピースの一つとして既に馴染んでいる。友人も出来たようで、一人で行動している姿は見かけない。


 よって話しかけにいくタイミングもない。厳密にはないこともないが。


「あの、松永さ――」


「なに? 今私達話してるんだけど……? それで、ユーコがさ」


「そうなんだ! ユーコちゃん凄いね」


「えへへ」

 


「……あ、いや。何でも無い、です」


 鉄壁の守りがついてしまっている。


 今話しかけに行ったのは2-B(隣のクラス)で一番イケメンと言っても過言ではない田中。面識はないが、悪いやつでもないとの噂。そんなアイツでもあの守護を通り抜けられない。もちろん僕に希望はないのだ。


 …………。


 この問題も転校から一週間ほどの時に、三年生の先輩がやや無理やり連絡先を交換しようと迫った事に端を発している。そいつが余計な事をしてくれなければ、クラスラインから個人ラインを手に入れる事ができたものを……。


 だが、過ぎたことに文句を言っても意味はない。


 彼女が現れて一ヶ月。同じクラスであるため、全く面識がないわけでもない。


 給食の配膳の際には一言二言交わしている。話をした回数としてはカウント出来ないが、名前とまでは言わないものの、顔ぐらいは覚えられているはずだ。……多分。


「…………」


「って、おい! 世界、聞いてるか?」


 無意識に引き寄せられていた視線を正面の男に戻す。給食が終り、昼の休み時間が始まると直ぐに僕の机の方にやってきた暇な奴だ。


「聞いてる聞いてる」

「絶対聞いてない!」

「聞いてるって」

「じゃあ、何話してた言ってみろ」

「そりゃ、あれだろ。明日……の天気?」


 捲し立てるように迫りくる言葉に視線を明後日の方向に移しながら適当に口を動かす。

 

「んなわけあるか!」


 苦し紛れの言葉は当たり前のように不正解。


 言い訳にはなるが、僕も暇ではないのだ。どうにか松永に接触して仲良くなりたい。連絡先も交換したいのだ。その隙を伺うために今のような休憩時間の大半は割いている。こんな見慣れた男の話に意識を向けてはいられない。


 だが、このまま長引かせるよりはさっさと話を終わらせたほうが、本日のチャンスを見極める時間が作れるだろう。


「……ベタなやり取りはもういいだろ。何の話?」


「だから、お前の話だよ! 最近変だぞ、だいたい原因は予想できるけど……」


 透は自身の背後、教室の前方の扉に一番近い角席、つまり松永の方に視線を向ける。それが意味することは――。


「は!? は? 何、いってんの?」


 爆発したように出た声を直ぐに落ち着けながら平静を装う。


「分かりやすっ。まだ何も言ってないぞ」


 若干引き気味の目を向けてくる透。自分でも驚いているが、突然言われればあんな反応をとってしまうのは仕方ないと思う。


「…………」


「どうなんだ?」


「……ノーコメント」


「そうか……、綺麗だもんな松永さん」


「……おぅ…………」


 珍しく僕達にしては静かなやり取り。


 肯定するべきか、否定するべきか分からず。苦し紛れに出たのはそんな言葉にもならない音。


「松永さんが来た日、世界が椅子から転げ落ちたのはギャグとしては面白かったけど……、アレ、マジだったんだな」


 あの日、松永が自己紹介を終えた直後、僕は椅子から無惨にも転げ落ちてしまった。背筋は冷めきったが、実際には教室中は笑いで沸き立っていた。僕の真意は誰にも読み取られる事なく、新手のジョークだと解釈してもらえたのだ。九死に一生を得るとはこのこと。


「マジって、……何だよ」


 動搖を隠せず視線は下がり続け、今は机の上しか写していない。


「はいはい。で、連絡先は交換したのか?」


「まだ……」


 フルフルと首を振る。


「だと思った。見たことないけど、何か話したりはしてるのか?」


「いや……」


 再び首を振る。


「結構奥手だな。巷で話題の草食系ってやつか?」


「だから、何が……」


「じゃあ、分かった。ちょっくら行ってくるわ」


「お、おい! やめとけって」


 なんて有り難い。間違いなく、こいつはやる男だ。しかし、体裁上は止めなければいけない。


 僕の机から離れて松永の元に進みだした透の肩に手を伸ばす。添える程度で。


「引き止める力がハムスター並だな……、安心しろ。いきなり世界が松永さんに気があるとか言わないから」


「……おぅ」


 ありがとう。


 僕は初めて透に心から感謝をした。


 感謝と期待を伸ばした手から送り届けると、背中を押すように肩から離す。松永の席に勇猛果敢に進んでいく背とその続きを眺めはしない。できない。机に突っ伏しながら静かに耳を鋭敏化させる。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……?


 松永と女子たちの会話は誰に遮られることもなく続いている。


 もう到達してもおかしくない時間が経った。疑問に思い、チラリと視線を上げる。――と、直線上に進んでいたはずの透が教室から出ていく姿が見えた。


 何でだよ!


 喉までせり上がったツッコミを飲み下す。


 透を信じた僕が馬鹿だった。奴はやれない男ということ。……いや、責めるのはお門違いか。そもそも、こういう事を誰かに手伝ってもらうこと自体が――。


「ごめん、村上さん、吉岡さん、ちょっと」


 聞き慣れた声が教室の入口から耳に届く。


 出来る限り顔を動かさないように視界を確保する。透が呼んだ名前は松永の席に常駐している護衛二人のもので、フルネームを村上理恵、吉岡優子。


 やや気の強めな村上とおっとりめな吉岡のコンビは松永がやってくるまではよく二人でいる姿を見かけた。僕や透との仲はこれといって良い訳では無いが、透と同じこのクラスでは数少ない一年生の頃も同じクラスだった生徒。


「? どうしたの清水くん?」


「俺保健委員なんだけど、昼休の間に石鹸の補充があってさ。一瞬でいいから女子トイレの石鹸見てきてくれないか? 多分大丈夫だと思うんだけど」


 学校で使われているのは石鹸とは言うものの、固形のよく見る石鹸ではない。消毒液などに見られるプシュッと押して出てくる形の液体石鹸。保健委員によって週に一度中身の確認と補充が行われていることは透から僕も聞かされていた。


「今日は金曜だもんね。清水っちも大変だねー。あれ……、女子の保健委員って、私だ!」


「ユーコ何やってんの……あー、いいよ。明莉ちゃんは座ってて。ウチらで行くから」


 一緒に行こうと席を立ち上がりかけた松永を手で制し、村上と吉岡は廊下へと向かう。


 席に引っ付いていた二人が離れ、松永は少し申し訳なさを思わせる表情を見せたが、すぐに切り替わる。


「そう……? じゃあ、行ってらっしゃい!」


 見送る彼女は警察官の取る礼節のように手をおでこに付けている。


「「行ってきます!」」


「明莉? ユーコ? 何で敬礼? てか、清水くんまで……」


 そんな見送りに対して同じ様に返す透と吉岡。よく分からないノリだが、恐らく僕があの場にいても敬礼を返していただろう。


 しかし、そんな愛嬌光線を受けても微動だにしない村上。尋常ではない精神をしているのかもしれない。


「ん? 理恵も早く早く!」


「……ほら、……さっさと行くよ」


 吉岡に促され、周りをキョロキョロと見回した末に村上も敬礼をして、その流れで三人の姿が廊下の奥へと進んでいく。


 …………。


 護衛の二人が消えた。


 つまり、この間に僕が松永に話しかけろってことか……?


「――――」


 ドクンドクンと心拍が上昇する。


 いやいやいや、無理だ。この状況を作ってくれたことには感謝するが、ここで急に話しかけに行くのは難しい。難しすぎる。竹槍で城攻めをするようなものだ。例え城壁がなくなろうが、城内に入り込めるかはまた別の話。無理なものは無理。大変ありがたい助力だけど、それは無理だ。僕を見くびっている。僕はやれない男なんだ。


 ガタガタと教室の真ん中で震えながら、透への申し訳なさと自分の不甲斐なさに打ちひしがれる。


 

「あ、松永さん」


 

 いなくなったはずの声が同じ方向から聞こえてきた。


「……? どうしたの清水くん?」

 

 視線を戻せば、護衛二人とトイレに向かったはずの透が再び廊下から姿を見せている。


 そして、一度僕に視線を向けて松永に向き直る。手にはいつの間にか僕の机においていたはずのシャーペンを握って。


「このペンさ、世界の、高橋世界って分かる?」


「うん。椅子から落ちてた人だよね?」


「……!」


 名前を覚えてもらっていた。少しばかり不名誉な印象だが、無名よりはいい。


「あははっ、その高橋から借りていてさ、明莉さんから返しておいてくれないか? 時間的に急いで保健室で石鹸詰め替えてこなきゃいけなくて」


「全然いいよ。保健委員頑張って!」


「うん。ありがとう」


 彼女に手渡されたペン。


 まさしく僕のペン。


 松永もそれを知っていて。


 僕にペンを渡しに来てくれる。


「……!」


 言葉にならない興奮が脳を駆け巡る。手に汗が滲み出てくる。一度上がった脈拍が更に上がっていく。


 透。お前は親友だ。


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