第十一話 辛い後には幸せが待つ
梅雨の過ぎ去りし、六月下旬。学生たちはテスト期間と呼ばれる緊張の時期を乗り越え、間もなく控える夏休みへと期待を高めていくモラトリアムへと突入する。そして、今はその狭間に位置する時間帯。
「終わったー」
「終わった……」
この直前まで行われていた数学のテストでこの学校のテスト期間は終了した。
クラスの皆々は疲れと一喜一憂をそれぞれ見せながらも、テストという抑圧からの解放に誰もが浮かれていた。自分自身はそれなりに全力を尽くせた自信から、心配する要素は一つとしてない。
特に数学の教科は出題されるほとんどが学校から支給されるワークから数字を変更して出題され、一つか二つ、応用された難しい問題が出るようになっている。つまり、ワークをやり込んでおけばそれだけ点数が取れるため、暗記科目より得意な部類だった。
それでも、自分の夢の関わる英語ほどではないが……。
ググッと伸びをしながら、隣を見れば帰りの支度を死にそうな顔で行っているよく知った顔が見えた。
「透? もしかして……やったか……?」
「うん。やらかしたわ……」
「そうか……、骨は拾ってやるからな!」
「残ってたらな……」
彼は中間テストで赤点を取っているため、今期も赤点を取れば補習が確定する。そのために珍しくテスト期間前から勉強を行っていたのだが、どうやら残念な結果に終わりそうだ。
「それで……今日は部活あんのか?」
「ん? うちは今日からあるから気にせず帰ってくれ」
「了解。補習は、ドンマイ!」
「まだ決まってないだろ!」
今日この日まで学校の授業はテストに集中するために午前中で終了する。明日からはこれまで通り変わらない学校生活が再開される予定だ。それに伴い多くの部活動も多くが明日から活動を再開するのだが、一部の運動部は例外らしい。熱心で良いことなのだろが、何もやっていないものからすると同情を覚える。
スクールバッグに少ない荷物を入れ終えると教室の最後の一人にならないよう足早に外へと向かう。
頭を酷使した二時間のテストのお陰か普段はまだ給食の時間ではないのだが、お腹が空いている感覚。買食いなんて不良の代名詞に手を出すことはしないが、それなりに急いで帰りたい気分だ。
校舎を出ると梅雨明けの鋭い日差しが黒い髪を生やした頭に突き刺さる。信じられない気温だ。四十度へと迫らんとする温度はヘタをすると水泳の授業を止めかねないのだ。個人的には意味がわからない。寒すぎて中止するのは分かるが、暑すぎて中止なんて。
「……」
鉄板のような地面を歩く。歩く。歩く。
数キロメートル歩いた気分だが、まだ校門を抜けていない現実に絶望する。
「――おーい! 高橋くん」
何やら聞き覚えのある声、しかし、決して身近な人のものではない。振り返ると予想通りの人物の顔が飛び込んできた。
「ん? 村上さん? ……あれ、何か忘れ物しちゃってた?」
松永とよくつるんでいる二人の内の一人。村上理恵。もう一人のおっとり系吉岡優子と比べてやや気の強い勝ち気な性格の持ち主で、透、吉岡と同じ一年生も同じクラスだった数少ない同級生だ。
彼女に帰り道で声を掛けられた事は初めてになるがその理由は思い当たらない。
「違う違う。そうじゃなくて、この後時間いい?」
「時間? いいけど。どうしたの?」
「よかったー。すぐ来ると思うから」
「来る……」
村上が校舎の方を振り返り、僕も同じようにその方向を見つめてみるがまだ姿は見えない。誰かを待っているようだが、誰か…………。
「影で待っとこっか」
「――え、村上さん来るって、松永さんが?」
校門付近の木陰に二人で並び、高まる期待を気付かれないように慎重に質問する。
「お、正解。えー、ユーコかも知れないのに即断言って、もしかして……」
「何を言ってますねんー。はははは」
疑うようなジトッした視線に即座に目を逸らす。
苦し紛れに発した焦りの入り混じった作り笑いは乾いた音がしながらセミの鳴き声にかき消されていく。
…………。
勘付かれていないかどうか、伺うように村上に視線を寄せていく。
「ふふっ、何その口調。でも、明莉ちゃん人気だからもし狙うなら頑張らないとダメだよ」
「だから違うって。あれだよ、その、吉岡さんバスケ部でしょ? 透もバスケ部で部活あるって言ってたから、あるのかと思っただけ」
彼女は怪しむ様子を見せず、普段通りに笑っている。どうにか切り抜けられたらしい。誂うような言葉にできる限り自然な返答を心がける。
最近は透に面倒な程いじられていたお陰でこの手の返答はお手の物だ。
「ふーん。やっぱ高橋くん頭いいね。……納得」
「そんなそんな」
どうにか誤解をされずに……、見抜かれずにすんだことにコッソリと胸をなでおろす。
「いやいや、ウチらからしたらアインシュタインみたいだよ」
「んふっ、アインシュタインって、はははっ、賢すぎないか?」
「ホントホント」
絶妙なチョイスについ頬が緩む。
彼女はあまり仲良くない人には少し当たりが強く、苦手な人も居るだろうが実際はこれがかなり面白い。クラスの男子からの女子人気なんてものはよく知らないが、よく集まっているところを見るに女子内での人気は高い人物。
クラス外にも多くの友人が居るようで――危険人物の一人だ。もし彼女に松永に対する好意がバレたら瞬く間に学年中に知れ渡ることになるだろう。
「……うんうん。気を付けないと」
「何が?」
「何でもない。……お! 来たんじゃないか?」
小走りに校舎を出てきた黄金色の髪が輝いていた。あの休日以来深く関わりがなかったために特に眩しく見える。
「あ! おーい! 明莉ー! こっちこっち」
「ごめんっ! 待った?」
息が微かに上がりながらの笑顔の謝罪に誰が責められようか。
「いや」
「全然」
「良かった! 帰ろ!」
僕たちの返答を受け、更に大きく広げた大輪の笑顔を掲げながら三人は歩き出した。




