第9話 嫌われてはならない男
「聞きましたよ、イレーヌ殿下。大胆に殿方をダンスに誘ったそうじゃないですか」
パーティーの翌日、夜になるとセシリアが自室へ押しかけてきた。
彼女との友人関係は続いており、こうして時折、セシリアが自室を訪ねてくるのだ。
夜なのはもちろん、彼女が王女との交流を理由に仕事をサボらない真面目な人間だからである。
「……貴女のところにも、その話は伝わってるの?」
「もちろんです。慈悲深い殿下は、退屈そうにしている殿方をダンスに誘ったと」
さすがです、と瞳を輝かせてセシリアが見つめてくる。
「しかも、騎士団の方だったんですよね。最近は武官の方々は文官に比べ、待遇がよくないと嘆いています。そういった方々も、殿下の行動を褒めておられましたよ!」
「へ、へえ……」
「それに、婚約者がいる殿方とはしっかり距離を置いていたとか。淑女として完璧だと、みんなが噂していました」
周りからの好感度が上がったのなら、それはなによりだ。しかし、あまりにも好意的に解釈されすぎている気がする。
オリヴィエを誘ったのは単純にオリヴィエと話したかったからだし、婚約者がいる男と話さなかったのは恨まれたくなかったから。
とはいえ、わざわざ訂正する必要もない。淑女っぽく頷いておくのがいいだろう。
「ありがとう。でも、なんだか照れるわね」
褒められた時は、過剰に得意げな反応をしない。なかなか難しいことだったけれど、だいぶ慣れてきた。
「それで、殿下は今度、騎士団の視察にも行かれるんですよね?」
「ええ、そのつもりよ」
そんなに熱心に訓練しているのなら、様子を見てやろう……と思っただけなのだが、なぜか、聡明な王女が騎士団にも関心を持っている、ということになってしまった。
「よかったら、私も連れて行ってくれませんか」
「……セシリアを? 構わないけれど……」
「お願いします。休暇は、殿下の都合に合わせて取得しますので」
わざわざ休暇を使わなくても、イレーヌが命令すれば仕事として同行できるはずだ。しかしそれを要求しないのは、特別扱いされることを望んでいないからだろうか。
王女の友人になった、という事実により、セシリアはかなり注目されている。
そんな中、彼女をあからさまに特別扱いすることはイレーヌにとってもよくないはずだ。
もしかして、そこまで考えてくれてるのかしら?
思慮深いセシリアのことだ。可能性は高い。
本当に、この子と友達になれたのは大きかったわね。
「どうしてセシリアは、騎士団の視察に行きたいの?」
「今、文官と武官はあまり仲がいいとは言えないでしょう?」
「そうね」
仲が悪い、とはっきり言ってもいいくらいだろう。
昔から対立構造にある組織ではあるものの、近年はその傾向が顕著だ。それも、王妃による文官贔屓のせいである。
「私はそれを問題視しているんです。今すぐ私に何かができるわけではありませんが、武官たちの様子を見ておくのもいいかと思って」
武官は国のあちこちに配属されているが、騎士団はその中でも一番のエリートだ。
彼らの様子を知ることは、文官であるセシリアにとっても悪いことではないだろう。
それにしても、セシリアは真面目ね。
「わたくしも、前々から文官と武官の仲は問題視していたの。セシリアもそう思ってくれていて嬉しいわ」
もちろん、真っ赤な嘘だ。セシリアの意見に乗っかっただけである。
だが、セシリアはそんなことには気づかない。いつものように感動した瞳でイレーヌを見つめ、さすが殿下……! とうっとりとした声を出したのだった。
◆
セシリアとデボラを引き連れ、イレーヌは騎士団の訓練所へと向かった。
宮殿内にある大きな訓練所の前に、騎士団服を着た壮年の男が立っている。
鍛え上げられた肉体に、短く切りそろえられた髪。いかにも歴戦の猛者、といった風貌の持ち主だ。
「ようこそお越しくださいました、イレーヌ殿下」
目が合うと、男は深々と頭を下げる。直角に折り曲げられた腰が、イレーヌへの好感度の高さを示していた。
よかったわ。予知夢ではわたくし、この人にもとことん嫌われていましたもの。
イヴァン・フォン・ヴァレリー。圧倒的な実力で、子爵家の三男ながら騎士団の団長にまで成り上がった男である。
現在は男児のいなかった男爵家に婿入りし、ヴァレリー男爵家の当主も務める人物だ。
「本日はお時間を作ってくださり、感謝しています、イヴァン殿」
団長として団員からの信頼が厚く、これまでの実績のおかげで国民からの人気も高い。
彼に嫌われてしまえば、一気に武官たちからの好感度が下がってしまうだろう。
それは絶対に避けなきゃいけないわ。いざって時に、ちゃんとわたくしを守ってもらわなきゃ困るもの。
だから昨日、イレーヌは必死に考えたのだ。どうすれば、イヴァンからの好感度を上げられるのか。
そして、一つの答えにたどり着いた。
「今日は、お願いがありますの」
「お願い? なんでしょう?」
イヴァンの眼つきがほんの少し鋭くなる。王女から無茶な要求をされてはたまらない、と警戒したのだろう。
「わたくしに、剣術の稽古をつけてほしいんですの!」




