第8話(オリヴィエ視点)騎士の決意
「オリヴィエ! お前、いったい何をやったんだ!?」
イレーヌと別れて父と兄のもとへ戻ると、二人は大興奮していた。
無理はない。幼い頃から剣術の訓練にしか興味がなく、浮いた話など一切なかったオリヴィエが、王女からダンスに誘われたのだから。
「……いや、俺は何もしてないが」
「それは知っている! お前が女性から誘われるような振る舞いができるとは思えないからな」
実の父ながら酷い言い草だが、年の離れた兄もうんうんと深く頷いている。
「それで、イレーヌ殿下はなんと? なぜお前を誘ったのか、教えてくれたのか?」
「……俺が退屈そうにしていたから、と」
「は?」
退屈そうだった、というのは、パーティーで異性をダンスに誘う理由としては不十分だろう。
しかしイレーヌは、はっきりとそう言った。
つまり、だ。
「イレーヌ殿下は、俺に気を遣ってくれたんだと思う」
貴族の大半はパーティーが好きだ。特に今日は王女の誕生日パーティーである。
大半の者は招かれたという事実だけで大はしゃぎだろうし、実際、ほとんどの人間が楽しそうに過ごしている。
そんな中で退屈そうにしていたオリヴィエを見て、イレーヌが不快になったっておかしくない。
それなのにイレーヌはオリヴィエを気遣い、ダンスに誘うという特別扱いをしてくれた。
俺は伯爵家の次男で、もっと殿下に相応しい相手はいくらでもいるのに。
「……なんて慈悲深い御方なんだ」
自分が主役のパーティーにも関わらず、退屈そうにしている人を気にしてやるなんて、誰にでもできることじゃない。
「確かに、殿下は平民のために自らのドレス代を減らし、寄付を行うような御方。だからこそ、オリヴィエのことも気にしてくださったのだろう」
周りでオリヴィエたちの話を盗み聞いていた貴族たちも、さすが殿下……! と感嘆の声を漏らし始めた。
目を閉じて、先程のダンスを思い出す。
ダンスなんて得意ではないから、イレーヌを上手くリードすることはできなかった。それでもイレーヌは文句ひとつ口にしなかった。
それだけじゃない。
オリヴィエの手を、鍛えている人間の手だと褒めてくれた。
「父さん」
「オリヴィエ、どうかしたか?」
「帰る。さっさと帰って、訓練しないと」
「オリヴィエ!? どういうつもりだ!?」
生まれた時から騎士になるために、厳しい訓練に耐えてきた。辛いと思ったことも、疑問に思ったこともない。
ただ、情熱もなかった。
大事なものを護るためと叔父は言っていたが、騎士が仕えるのは王家。
だがオリヴィエは、王家を大事なものと思えなかったのだ。
病弱な国王は仕方ないにしても、王妃すら騎士団の前に顔を見せようともしない。日頃から真面目に訓練をしている騎士たちではなく、お世辞だけが上手い貴族たちを重用する。
野蛮だからという理由で、騎士団の訓練の視察が取りやめになったとも聞いた。
社交界デビューも果たしていない王女のことはあまり知らなかったが、どうせ王妃に似てワガママな少女なのだろう。そう思っていた。
なのに……!
「イレーヌ殿下のために、俺はもっと強くならないといけない」
「……オリヴィエ?」
「こんなところで油を売っている暇はないだろう。帰る」
「おい、待てオリヴィエ。そんなことをすれば殿下の不興を……!」
父の手を振り払って広間の外に出ようとしたオリヴィエに声をかけたのはイレーヌだった。
「オリヴィエ」
振り返ると、片手にグラスを持ったイレーヌが笑っている。少し息が乱れているのは、急いでオリヴィエのところへやってきたからだろうか。
「……殿下」
「まさか貴方、帰ろうとしているの?」
オリヴィエが返事をする前に頭を下げたのは父と兄だ。
誕生日パーティーを途中で帰るなど、あまりにも失礼な態度である。
「で、殿下! いえ、そんなことは、いやあの、その……」
「弟は本当に訓練好きで! 長くパーティーにいると倒れてしまう病なのです!」
お前も頭を下げろ! と兄に耳元で囁かれ、オリヴィエも慌てて頭を下げる。
確かに、パーティーの途中で帰るというのはまずかったか……?
だが、ここには大量の人がいる。なんで殿下は、俺が帰ろうとしていることに気づいたんだ?
「帰りたいなら帰ってもいいわ。でも最後に、わたくしに挨拶くらいしてもいいじゃない」
「……申し訳ありません」
「謝らなくていいわよ。本当貴方って……いえ、なんでもないわ」
ふふ、と優雅に笑ったイレーヌはあまりにも美しかった。人の美醜になど関心がなかったオリヴィエが見惚れてしまうくらいには。
「ねえ、オリヴィエ。貴方はもう、騎士団に入団済みよね?」
「はい」
「じゃあ今度、お母様の代わりにわたくしが様子を見にいこうかしら」
「……本気ですか?」
「ええ、本気よ」
当たり前じゃない、とイレーヌは胸を張った。堂々としたその姿には、王女としての威厳を感じる。
しかし、彼女はただ偉そうにふんぞり返っている他の王族や上級貴族とは違う。
慈悲深い上に、人の上に立つ者としての風格まで兼ね備えているのか……!
「じゃあまたね、オリヴィエ」
笑顔で手を振って、イレーヌは去っていった。すぐに周囲の人々か彼女に話しかける。
俺に話しかけるためだけに、他の者との会話を中断してくださったのか?
俺が帰ろうとしていたから……気を遣って?
いや、おそらくそれだけではない。自然な流れで、騎士団を視察することを匂わせたかったのだろう。
聡明な彼女は、騎士団が王家への忠誠心を失いつつあることに気づいていたのだ。
「……殿下の了承も得たから、俺は帰る」
イレーヌ殿下は聡明で慈悲深い方だ。
だが、だからこそ彼女の敵になる者も多いかもしれない。
彼女を護るために強くなろう。
広間から立ち去るオリヴィエがそんな決意を固めたことを、当然イレーヌは知らない。
なぜなら、少しでも好感度を上げるために、他の参加者と必死に会話をしていたからである。




