第6話 退屈そうな騎士
「お綺麗です、姫様……!」
誕生日パーティーのために身支度を整えたイレーヌを見て、デボラがうっとりとした声を漏らした。
特注のドレスでないとはいえ、今日のために用意したドレスはかなり華やかな物である。
イレーヌは、桃色の髪と水色の瞳を持つ美少女だ。どんな色のドレスでも似合うが、彼女の美しさを最も際立たせる色は純白である。
それを熟知している母によって、今回は真っ白なドレスが選ばれた。
袖や裾には繊細なフリルとレースが縫いつけられ、ところどころに宝石が散りばめられている。
宝石といっても、当初予定していたような高価な物ではない。
それに、ところどころ、偽物の宝石も混ざっている。
でもまあ、物の値段って、遠目から見たら意外と分からないものね。
鏡に映る自分を見ながら、イレーヌはそんなことを考えた。
宝石の質やドレスの生地の質は、もちろん近くで詳しい人間が見れば分かる。しかし、遠目にはその差は分からない。
それにわたくしは、どんなドレスだってとっても可愛いもの!
予知夢でも、美貌だけが取り柄、と散々悪口を言われていた。裏を返せば、イレーヌの美貌には誰も文句を言えないということだ。
当たり前だが、美貌は武器になる。しかし同時に、反感を買う可能性もある。
今日のパーティー、慎重に動く必要があるわね。
◆
会場に入ると、大歓声がイレーヌを包んだ。当たり前だわ、と内心思いつつ、穏やかな微笑みを保って広間の中心へ向かう。
病弱な父は、今日のパーティーも欠席だ。そのためパーティーの主催者は王妃のアゼリーである。
「イレーヌ!」
駆け寄ってきたアゼリーは、真っ赤なドレスに身を包んでいる。これほど派手な色が似合う者は、この会場の中でもそうはいないだろう。
このドレスは、アゼリーのお気に入りのドレスだ。
だから、娘の晴れ舞台である今日、アゼリーはこのドレスを着てきた。
前ならあり得ないことだわ。お母様が、一度着たドレスでパーティーに出席するなんて。
アゼリーは基本的に、パーティーのたびに新しいドレスを仕立てる。気に入った物は後日着用することもあるけれど、一度着ただけで捨ててしまうドレスも少なくない。
気に入った物ですら、パーティーには二度と着ないのだ。
そんなアゼリーが、今回は新しいドレスを作らず、その分の金を寄付に回した。イレーヌに倣って、と彼女が笑顔で言えば、他の貴族も見習わないわけにはいかない。
結果として、貴族の間で寄付が大流行した。
この件で、だいぶ平民からの印象はよくなったはずよ。
「みんな、貴女を待っていたわ。もう準備はできているの」
「ありがとうございます、お母様」
パーティーの経験はないけれど、リアル過ぎる予知夢で何度も経験している。
今さら緊張なんてしないが、わざと緊張しているふりをして、震える手でグラスに手を伸ばした。
「皆様、本日はわたくしのためにお集まりいただき、ありがとうございますわ」
腹から声を出して挨拶し、できる限り多くの参列者と目を合わせる。
もちろん、目が合うたびに笑うことも忘れない。
「それでは、乾杯!」
そう言った瞬間、イレーヌは壁際に立つ一人の青年に気づいた。
日に焼けた鍛えられた身体には、パーティー用の正装は窮屈そうだ。邪魔なのか、長い黒髪はいつも通り後ろで一つにまとめられている。
オリヴィエじゃない!
駆け寄って肩を叩きたくなる衝動を抑え、イレーヌと乾杯したくて近寄ってきた一人ひとりとグラスを重ねる。
しかしイレーヌの頭の中は、オリヴィエのことでいっぱいだった。
オリヴィエはこないでしょうね。
パーティーなんて面倒だから、今すぐ帰りたい、とでも思ってるはずだわ。
オリヴィエは伯爵家の次男だ。長男以外の貴族は、文官や武官として働くか、婿養子として他家の娘と結婚する。
オリヴィエは騎士になる道を選び、王家直属の騎士団に入団した。
そして、真面目さと家柄のよさが評価され、王女付きの騎士という名誉を賜ったのである。
まあ、オリヴィエはちっとも望んでいなかったんでしょうけど。
おそらくオリヴィエは、実戦から縁遠い王女付きの騎士になどなりたくなかったのだ。
それでも彼は仕事だからと、最期までイレーヌのことを守ってくれた。
いつも仏頂面で、愛想よく笑ったことなんて一度もないし、わたくしの美貌を前にしても平然としていたのに。
せっかくだし、落ち着いたら話しかけてみようかしら?
◆
って、ぜんっぜん、落ち着かないじゃない……!
イレーヌと話をしたい貴族たちの行列がやっと終わったかと思えば、次はダンスに誘いたい令息たちに囲まれてしまった。
しかも、その中には婚約者がいる令息もいる。
ああもう、そういうの、本当にやめてくれないかしら!?
婚約者らしき令嬢たちが泣きそうな顔してるじゃないの!
前のイレーヌなら、得意げな顔で婚約者持ちの男とダンスを踊ってやっただろう。
婚約者に勝ち誇った笑みを向け、美貌を誇示していたに違いない。
わたくしって、本当に阿呆だったのね……。
「イレーヌ殿下。私と踊ってくれませんか」
「いえ、私と!」
「いいえ、私と踊ってください!」
必死な顔で手を差し出してくる令息たちを観察する。
全員がそれなりの家の息子だが、もちろん、王女であるイレーヌと釣り合うレベルではない。
婚約者のいない者全員と踊る、というのは無理だ。時間がない。
かといって、選びたい男もいない。
だってここにいる全員、都合が悪くなったら、わたくしを裏切って敵国についた連中ですもの!
ふとオリヴィエのことを思い出し、イレーヌは必死に彼の姿を探した。
相変わらず壁際に一人でたたずみ、退屈そうにグラスを傾けている。
……決めたわ。
「ごめんなさい、皆様。わたくし、もう踊る方は決まっていますの」
イレーヌの言葉に、令息たちだけでなく、広間にいる全員が驚いた。
当たり前だ。イレーヌにはまだ婚約者がおらず、ぜひうちの息子を! と気合が入っている者ばかりなのだから。
そういう貴族同士の争いに巻き込まれるのもまっぴらよ。わたくしに得がないんだもの。
驚いて何も言えなくなってしまった令息たちを放置し、イレーヌは真っ直ぐにオリヴィエの前へ向かった。
そして、笑顔で手を差し出す。
「ねえ、貴方。わたくしと踊ってくれない?」




