第4話 初めての友達
セシリアをいじめていた男たちはいきなり現れた王女を見て目を丸くし、その後、勢いよく地面に頭をこすりつけた。
寮で生活をする文官は、貴族とはいえ、下級貴族だけだ。本来、イレーヌと言葉を交わすことすら一生ないような者ばかりである。
ただ一人、セシリアだけが立ち上がったまま、驚いた顔でイレーヌを見つめている。
「セシリア・ルサージュ。仕事は終わったのよね?」
「……はい。ですがその……」
「まだなにかあるの?」
「寮の清掃をするようにと、彼らに言われておりまして」
寮の清掃なんて、当然文官の仕事ではない。度を越した嫌がらせだ。
「貴方たち」
土下座したままの男たちの前に仁王立ちし、精一杯厳かな声を作って命ずる。
「今から、セシリアはわたくしの友人よ。今後、そう思ってお過ごしなさい!」
はいっ! と情けない声で返事をした男たちに、顔を上げるよう伝える。罰されることを恐れているのだろう、彼らの顔は青ざめていた。
腹が立つし、クビにしてやってもいいところだけど、こんな連中にも恨まれるのはよくないわね。
悩んだ結果、イレーヌは優雅な微笑みを浮かべ、立ち上がるよう彼らに促した。
「誰だって間違えることはあるわ。でも誰だって、反省することができると思っておりますの」
「……イレーヌ殿下……」
「今日のことは、わたくしの胸にしまっておくわ。わたくしは貴方たちのことを信じているもの」
そう言った後、くるっ、と身体の向きを変え、セシリアを見つめる。
「夕飯でも食べながら、わたくしと話をしてくれないかしら、セシリア?」
セシリアのことを考えれば、この男たちは厳しく罰するべきなんでしょうけど、とにかく敵は増やしたくないのよね。
これで、セシリアも納得してくれればいいんだけど。
「……もちろんです、イレーヌ殿下」
頷いたセシリアの瞳は、昼間声をかけた時とは比べ物にならないほど輝いていた。
◆
「私、イレーヌ殿下の聡明さに感激いたしました!」
部屋に入るなり、セシリアは大声でイレーヌを褒め始めた。
「あの場であの者たちを厳しく叱責すれば、私はどうせ、イレーヌ殿下のいない場所で引き続きいじめられていたでしょう。ですがあえて優しくなさったことで、彼らは私に手出しできなくなりました」
さすがです、とセシリアは言うが、イレーヌはそこまで考えていたわけではない。
単純に、恨まれたくなかっただけだ。
「昼間は申し訳ありません。その、イレーヌ殿下のことを勘違いしておりました」
「……勘違い、って?」
「ワガママで、好き放題して家臣たちを困らせる、厄介な王女だと……」
やっぱり、まだそういうイメージなのね。
クロエのおかげでちょっとはイメージがよくなったでしょうけど、それも一部の間でだけだわ。
もっと印象をよくするために、あらゆる立場の人間へいい顔を見せる必要があるわね。
「いいのよ。実際、少し前までわたくしはワガママなだけの王女だったもの」
「……最近、なにかあったのですか?」
ワガママ過ぎて処刑される予知夢を見たから、とは言えない。信じてもらえる気がしないし、なにより、そんなことを言っても好感度が上がらないからだ。
でも、なにかきっかけは必要よね。いきなり変わった、じゃ不自然だもの。
みんなが納得しそうで、なおかつ、わたくしのイメージがよくなる理由。
そうだわ!
「勉強の面白さに気づいたの」
「……勉強の?」
「ええ。それで、いろんなことを考えるようになったのよ。貴女と話してみたいと思ったのも、勉強が好きだと聞いたからなの」
「イレーヌ殿下……!」
ふふ、どうやら正解だったみたいね。
セシリアったら、わたくしを見る目がどんどん輝いていくんだもの。
「遅くなってしまうかもしれないけれど、いろいろと貴女の考えを聞かせてくれないかしら? 王女として、きちんと国の未来を考えたいの」
「もちろんです、イレーヌ殿下……! 未熟な身ではありますが、今後は殿下のために、命をかけて仕えさせていただきます……!」
◆
「それでですね、私は思うんです。優秀な人物の登用は国の発展に必須ですが、同時に弱者救済の術がなくては……」
次から次へ、セシリアの口からいろんな考えが飛び出てくる。
しかしもう、イレーヌの頭の中にはほとんど何も入ってこない。
「ね、ねえセシリア、さすがにもう……」
「それでですね、イレーヌ殿下。私が思ったのは、まず教育の過程で……」
ちょっと! セシリア、ぜんっぜんわたくしの話を聞かないじゃない!
窓の外は、暗闇を通り越して明るくなりつつある。つまり一晩中、眠りもせずにセシリアは語り続けているのだ。
最初は彼女の知識や見識の深さに感動したものの、もうそんな元気は残っていない。
眠たい。とにかく、今すぐベッドに飛び込んで寝てしまいたいわ!
すぐ傍にベッドがあるのに、眠ることすらできないなんて。
ふわあ、と何度目かも分からないあくびをすると、ようやくセシリアの口が一瞬とまった。
「……申し訳ありません。私、話し出すとついとまらなくなってしまって。だからでしょうか。その、友達も少なくて……」
明らかに落ち込んだ顔で俯くセシリアを見ていられなくなって、そっと肩を叩いた。
確かにセシリアは人の話を聞かないし、思い込みが激しい。たくさん友達を作れるような性格の持ち主ではないだろう。
だけど、まあ……。
「友達がいないのは、わたくしも一緒よ。友達が少ない同士、仲良くしたらいいじゃない」
ね? と微笑んで、そっと手を差し出す。
口にした言葉は本心だ。ひたすら媚びを売って、裏でなにを考えているか分からない連中より、セシリアの方がずっといい。
「イレーヌ殿下……!」
「これからよろしくね、セシリア」
握手をしながら、イレーヌは数時間後にあるクロエの授業のことを思い出してしまった。
今日の授業、絶対寝ちゃうわね……。




