第39話 ワガママはやめられない!
言ってしまった。
言い逃れできないほどはっきりと、これでもかというほど大勢の前で。
フェデリコ相手に真剣で戦うオリヴィエを見て動揺し、あまりにも取り乱してしまった。
冷静さを欠いたまま行動した結果が、先程の大告白である。
「で、殿下……さっ、さすがは殿下。護衛騎士である俺にそこまで言ってくださるとは、殿下ほど愛情深い方はいらっしゃいません!」
オリヴィエもイレーヌに負けない大声で反応した。ざわめきが観客の間に広がっていき、さすがに今のは……いや、しかしさすがに……といろんな呟きが聞こえてくる。
そしてオリヴィエ本人は、困惑しきった様子だ。それでも主君をとっさにフォローしようとしてくれたのは、護衛騎士の鏡である。
「殿下。涙をお拭きください。ここは一度落ち着いて、部屋にでも戻りましょう。人の目も多いですから」
そう言ってオリヴィエは懐から、イレーヌがあげたハンカチを取り出した。ちゃんと使ってくれているのだと思うと、さらに涙があふれてきてしまう。
涙を拭き、取り乱してしまったことを皆に詫びる。
そして先程の発言は恋愛感情に由来するものではなく、護衛騎士として大切に思っているからこそだ、と説明する。
おそらくそれが最適な行動だ。でも……。
「オリヴィエ、きて」
オリヴィエの手を掴み、早足で橋を渡る。そして高官たちが集まっている観客席の前に立つと、イレーヌは大きく息を吸い込んだ。
「今から皆様にお話しすることがありますわ!」
オリヴィエとフェデリコの決闘を見ている最中、生きた心地がしなかった。どうしようもなくオリヴィエのことが好きで、彼が傷つくことを恐れている自分がいた。
わたくしはオリヴィエのことが好き。
どうあがいたって、この事実は変えられないんだわ。
恋心を封じ込めて他の人と結婚するのが、王女としての賢い選択だ。その最有力候補としてフェデリコを考えるのも賢い選択だろう。
しかし賢い選択を重ねた先に、きっとイレーヌの幸福はない。
わたくしが処刑を回避したいのも、わたくしが長生きしたいのも、全部わたくし自身のため。
だったらわたくしが不幸になる選択をする意味なんてないわよ。
「わたくし、イレーヌ・フォン・ティーグルはたった今、オリヴィエ・フォン・リシャールとの婚約を宣言しますわ!」
いきなりの宣言に一瞬、あたりを静寂が包んだ。しかしその数秒後、地面が割れるほどの叫び声があがる。
中でも一際大きな叫び声をあげたのは、宰相であるジュリアンだった。
「でっ、殿下! どういうおつもりなのです、そんなことは一言も……!」
「うるさいわね!」
取り乱すジュリアンを一喝し、気力を振り絞って背筋をピンと伸ばす。
自分がとんでもないことをしている自覚はあるのだ。その証拠に、イレーヌの心臓は破裂しそうなほど速く脈打っている。
王女が大勢の前で、勝手に婚約を宣言する。
あってはならないことだ。当然、前例だってないだろう。
「わたくしが決めたのよ! 文句がある人がいたら、出てきなさい!」
誰も何も言わない。内心でいろいろと不満を抱いている者はいるだろうが、表立ってイレーヌに意見できる人物は王妃くらいだ。
わたくしは王女よ。好き勝手に、欲しいものを全て手に入れることができるわ。威張り散らしている高官たちだって、わたくしの言うことを聞くべきなんだもの。
正しかろうと間違っていようと、イレーヌの望みは全て通る。
そしてありとあらゆるワガママを貫いた結果、イレーヌは処刑された。
分かってるわ。だから今回は、ワガママは封印して生きると決めていたんだもの。
でも、やっぱり無理。自分の希望を押し殺して生きるなんて、そんなのもう、わたくしじゃないわよ。
老衰するまでの長い間、ずーっとワガママをやめるなんて、やっぱり無理!
「オリヴィエにだって文句は言わせないわ。貴方はわたくしのことをただの主君としか思っていないでしょうけど、これは命令よ。わたくしと婚約しなさい!」
これほど大勢の前で言ってしまえば、もう後戻りはできない。
だからこそ、この場で宣言してしまおうと決めた。
高いドレスも宝石も我慢するし、無駄なパーティーだってやめるわ。
嫌いな勉強だって頑張るし、王女として必要なことはなんだってやるわ。
でも、オリヴィエだけは譲れない。このワガママだけはやめられない。
「……殿下、貴方は本当に……なにを考えているのですか」
まったく、とオリヴィエが溜息を吐く。けれどその眼差しは、いつもと変わらず優しいままだ。
「……だって」
「いろいろと言いたいことはありますが、とりあえず、これだけは言っておきます」
オリヴィエは真っ直ぐにイレーヌを見つめ、見たことがないほど甘い笑みを浮かべた。
「俺だって、殿下を愛していますよ」




