第30話(フェデリコ視点)面白くない
「おや、偶然ですね、イレーヌ様。イレーヌ様も、騎士団の視察ですか?」
声をかけると、イレーヌはあからさまに緊張した表情になり、一瞬の後、ええ、と優雅としか言いようがない微笑みを浮かべた。
今日の彼女はシンプルな薄桃色のドレスに身を包み、長い髪を三つ編みにしてまとめている。
相変わらず、綺麗な人だ。
ティーグル王国の王女が美人だという話は、フェデリコの耳にもよく届いていた。とはいえ、王侯貴族の美貌など過剰に宣伝されるもの。
会ってみればたいしたことはないだろう……と、会うまでは思っていた。
手のひらにおさまりそうなほど小さな顔、バランスよく配置されたパーツ、吸い込まれそうなほど大きな水色の瞳。
華やかでありながら、小動物のような愛らしさも備えた小柄な彼女は、か弱いだけの少女ではないらしい。
そんな話を聞けば、フェデリコが興味を持つのも当然だろう。
「実は僕も、訓練を見学させていただくことになっているんですよ。ご一緒できて光栄です」
「……こちらこそ」
微笑んでいるが、それだけだ。イレーヌからは好意が伝わってこない。今まで出会ってきた女性は皆、多かれ少なかれ、フェデリコへ好意を向けてきたというのに。
茶会に誘った時の反応も芳しくなかったし、王女という立場上、フェデリコを警戒しているのだろうか。
まあ、簡単に落ちる相手より、よっぽど燃えるからいいんだけど。
今まで、フェデリコに落ちなかった女はいない。なにせ、神はフェデリコに三物を与えたのだ。
尊い血筋、目を見張る美貌、そして国内一と称されるほどの剣術。
帰る頃にはイレーヌ様も、帰らないで! なんて言ってくるに違いない。
◆
騎士団の訓練場は、予想通りかなり立派な造りをしていた。
それだけでなく、団員一人ひとりのレベルもかなり高い。隊長であるイヴァンの名前はパンテーラ王国にも届いているが、それ以外の団員もかなりのものだ。
騎馬部隊が負けることはないだろうけど……敵に回すのは厄介だな、やっぱり。
パンテーラ王国は元々、いくつかの小さな国家の集まりだった。争いによって一つの国にまとまったものの、国内に問題がないわけではない。
そのため強い軍隊を持つことが重要であり、フェデリコも幼い時から軍人としての訓練を受けてきた。
「わざわざお越しくださり、ありがとうございます。イレーヌ殿下、フェデリコ王子」
挨拶にきたのはイヴァンだ。大国であるティーグル王国で騎士団長を務めるだけあって隙がない。
「こちらこそ、見学の許可をくださりありがとうございます。今日は学ばせていただきますね」
頭を下げつつ、ちら、と横目でイレーヌを確認する。
騎士団の視察をすると言っても、あくまでそれは形式的なもの。
王女自らが騎士団を気にかけているという事実が重要なのであり、イレーヌ個人が訓練の見学を楽しんでいるわけではない……そう思っていたのだが。
彼女は瞳を輝かせ、訓練に夢中になっている。視線の先にいるのは、彼女の護衛騎士だという男だ。
愛想がなく、優美さにも欠ける。しかし一目見ただけで、油断できない人物だとは分かった。
「イレーヌ様の護衛騎士の方ですね。確か、オリヴィエ殿でしたっけ」
イレーヌの隣に並び、話を振ってみる。そうですわ、と頷いたイレーヌの目は、ちっともフェデリコに向いていない。
面白くないな。
「優れた騎士だと、一目見ただけで分かりましたよ。さすがイレーヌ様の……」
「分かります!?」
騎士ですね、と続けようとしたフェデリコの言葉は、イレーヌの大声によって遮られてしまった。
「そうですのよ。オリヴィエは素晴らしい騎士ですの。わたくしの護衛騎士として働きながら、こうして騎士団としても訓練に励んでいて……あっ」
しまった、とでも言いたげな顔をして、イレーヌは急に黙り込んだ。
いきいきとした表情から、作り物めいた微笑みへ変わる。
「……イレーヌ様は、よほど彼のことを気に入っていらっしゃるようですね」
茶会に護衛騎士を連れてきた時は少々驚いたが、ティーグル王国の文化だと思えば納得はできた。
しかし蛇が現れた際、幼い子供のように騎士へ抱き着くイレーヌを見て、彼を邪魔だと感じた。
イレーヌ様はきっと、護衛騎士のあの男を兄のように慕っているのだろう。そう思っていたが、それだけではないのかもしれない。
「だ、だって彼は、その……最も強い騎士ですもの!」
イレーヌの大声に反応したのは、フェデリコだけではない。
傍に控えていたイヴァンも、訓練中の他の騎士たちも、イレーヌに注目している。
この場にいる男たちのほとんどは、剣術に人並みならぬ自信を持つ者である。
そんな中でイレーヌは、とんでもない発言をしたのだ。
「へえ……最も、ですか」
「そうですわ」
胸を張ったイレーヌは誇らしげだ。どう反応しようかと迷っていると、護衛騎士が小走りでやってきた。
「殿下!」
男の声を聞いた瞬間、イレーヌの頬がわずかに緩む。隠しているつもりだろうが、フェデリコには分かった。
戦場では、一瞬の油断も危険に繋がる。そんな状況を何度も経験したおかげで、観察眼には自信があるのだ。
「なにかありましたか。殿下の大声が聞こえましたが」
「オリヴィエのことを紹介していただけよ。フェデリコ様が、貴方に興味を持っているようだから」
「……そうでしたか」
にこりともせず、オリヴィエはフェデリコを見つめた。当然フェデリコも、似たような顔で見つめ返す。
イレーヌ様はこのような男が好みなのか? 不愛想で生真面目そうなこの男のどこがいいんだ?
「よろしく、オリヴィエ殿」
右手を差し出すと、オリヴィエはあっさり握手に応じた。当たり前だ。ただの握手なのだから。
それなのになぜか、イレーヌは焦ったような顔でオリヴィエだけを見つめている。
やっぱり面白くない。
溜息を吐く代わりに、フェデリコはオリヴィエの手を握る力を強めたのだった。




