第20話 それって!?
「永遠に守り続けることを誓います! なんて、ロマンティックでしたねぇ、姫様」
にやにやと笑いながら、デボラはイレーヌの髪を丁寧にといていく。
叙任式が無事に終わり、オリヴィエとも別れた。後は眠るだけ! という状態なのだが、先程からずっとデボラがこの調子なのだ。
「まるで舞台を見ているようだと思いましたよ。あの時の姫様は本当にお可愛らしい顔をしていました。頬を真っ赤にして、まさに乙女という感じで……」
いい加減にしなさいよ! と怒鳴れないのが悔しい。メイド相手に怒鳴る主人と思われるわけにはいかないのだ。
でも、だからってずっと、この羞恥に耐えなきゃいけないの!?
「姫様。明日はどんな髪型にしましょうか。明日も朝から、オリヴィエ殿がいらっしゃいますものねぇ」
オリヴィエの話はやめて、とさすがに言おうとしたけれど、デボラの目を見てやめた。
彼女の金色の瞳が、あまりにも優しかったから。
デボラは男爵家の生まれだ。一度結婚したが、子供ができないことを理由に離縁された。
アゼリー付きのメイドだったが、イレーヌが生まれてからはずっと、イレーヌに仕えている。
そういえば、未来ではデボラはどうなったのかしら。
敵が城内に入ってきたあの日、たまたまデボラは休みだった。だからあの後、デボラがどうなったかは分からない。
もしあの時一緒にいたら、デボラはわたくしを置いて逃げたのかしら?
デボラも……わたくしの死を喜んだのかしら。
頭を振って考えるのをやめる。そんなことを考えたって意味はない。
「三つ編みがいいわ。ドレスは、それに合う物を用意してくれる?」
「分かりました、姫様」
「それと、いつもより少し早く起こして」
「オリヴィエ殿と朝食を召し上がるからですね?」
返事はしない。けれどデボラはイレーヌの考えなんてお見通しのようで、ふふ、と柔らかい笑みを浮かべたのだった。
◆
「おはようございます、殿下。今日はなにか予定があるのですか?」
護衛騎士の制服を着て現れたオリヴィエは、イレーヌを見るなりそう言った。
「……そういうわけではないの。いつも通り、授業はあるけれど」
「そうですか。てっきり、茶会でもあるのかと思いました。着飾っていらっしゃるので」
相変わらず、イレーヌの後ろでメイドたちがにやにやと笑う。気になって仕方がないのだが、オリヴィエは特に気にならないようだ。
「ちょ、朝食を中庭で食べるでしょ? 誰かに見られた時、ちゃんとしていないとまずいじゃない」
「……なるほど」
いつもは部屋で朝食をとるが、今日は中庭で食べることにした。
天気もいいし、寒すぎず暑すぎない気温の今日は、外での食事も楽しいでしょうとデボラが助言してくれたからだ。
「では行きましょう、殿下」
自然な流れでエスコートされ、どくんっ、とつい心臓が飛び跳ねてしまう。
いつもなら髪で顔を隠せたのに、三つ編みにしてしまったせいで無理だ。
オリヴィエは全然、意識もしてないでしょうね。
ちょっとだけむかつく。けれど些細な苛立ちは、手のひらの温もりにかき消されてしまうのだった。
◆
中庭は立派な庭園があり、その中央にテーブルと椅子が設置されている。
春や秋は、お茶会にもよく使われる場所だ。
「オリヴィエが食べると思って、パンは大量に用意したのよ?」
「ありがとうございます」
大量のパンが、あっという間にオリヴィエの腹の中へ消えていく。用意した物を全て食べる必要がある、とでも思っているのかもしれない。
「ねえ、オリヴィエ。今度また騎士団の訓練も視察したいと思っているのだけれど……」
オリヴィエが食事の手をとめたタイミングで、誰かが庭園に入ってきた。王女が食事をしている最中に庭園へ足を踏み入れるなど、かなりの無礼である。
誰よ!? と立ち上がったイレーヌは、そこにいる人物を見て、内心で叫んだ。
デブ宰相じゃないの!
もちろん、本名ではない。イレーヌがつけたあだ名である。しかしデブ宰相というあだ名に反対する者はほとんどいないだろう。
健康が心配になるほど太った身体に、光り輝く髪の毛のない頭。
ティーグル王国の宰相、ジュリアンである。
「イレーヌ殿下、いきなり申し訳ありません。こちらでお食事をなさっていると聞き、ご挨拶をと思いまして」
「……おはようございますわ」
この男のことは嫌いだ。デブだからではない。無能……いや、ある意味有能ではあるのだが、宰相としては限りなく無能だからである。
ジュリアンは大半の仕事を部下に押し付け、アゼリーに媚びを売ることに集中している。
その結果もあってアゼリーには気に入られているし、前はイレーヌも嫌いではなかった。
彼は常に流行を把握し、美しい物や面白い物を提供してくれる。イレーヌが望む前に最新舞台のチケットを用意し、避暑地への旅行計画を整えてくれることもあった。
だが、最近はほとんど顔を合わせていない。イレーヌがなにかと忙しくしていたからだ。
「今日は殿下に贈り物をと思いまして」
「贈り物?」
「ええ。東方から取り寄せた、珍しい茶葉です。疲労回復効果があり、体力増進にも向いているのですよ」
ジュリアンはそう言って、懐から取り出した茶葉をデボラへ手渡した。
そしてすぐ、別れの挨拶を始める。
「食事中、申し訳ありません。昨晩商人から届いたものですから、すぐに殿下へお渡ししたくて。失礼しますね」
それだけ言うと、本当にジュリアンは去っていった。長居すれば、イレーヌが鬱陶しがることに気づいたのだろう。
自己アピールが過剰ではないところも、この男が周囲から好かれる要因の一つだ。
人の心を読むことだけは得意なのよね。その能力を、他の方面にいかせば宰相としても有能になれるでしょうに。
「デボラ。食後にそのお茶を飲みたいわ。手配してくれる?」
「はい、ただいま」
せっかく珍しい茶葉をもらったのだから、オリヴィエにも披露してあげよう。
疲労回復効果や体力増進効果があるのなら、オリヴィエにもぴったりな茶だ。
って、ちょっと待って。
これ、明らかにオリヴィエ向きのお茶じゃない?
いつもジュリアンは、イレーヌの好みにぴったりと合う物をくれていた。それが今日は、オリヴィエ向きの物をくれた。
それって、オリヴィエにあげるための物をもらえば、わたくしが喜ぶって思われてるってこと!?




